File23.一つ目小僧の運転免許取得と、身体的特異性に対応するアダプティブ・テクノロジーの導入について
「――それで、また落ちてしまいまして……。教官殿には、『君は、空間認識能力が絶望的に欠けている』と……」
事務所のソファで、小さな男の子が肩を落としている。服装は現代的だが、その顔の真ん中には、くりりとした大きな瞳が一つだけ。今回のクライアント、『一つ目小僧』の小豆君だ。
彼の悩みは、極めて現代的かつ個人的なものだった。彼は人間の若者と同じように、自動車の運転免許を取得し、ドライブを楽しむことを夢見ていた。しかしその夢は、彼の身体的特徴の前に無残に打ち砕かれ続けていた。
「九十九さん、これが彼の教習記録です」
オサキが、タブレットにデータを表示する。学科試験は常に満点。しかし技能試験、特に車庫入れやS字クランクといった距離感が重要となる項目で、壊滅的な評価が並んでいた。
「問題の根幹は二つあります」
私は、落ち込む小豆君に優しく、しかし明確に告げた。
「一つは、あなたの『単眼』という身体的特徴。これにより、両目で物体を捉え距離を測る『深視力』が原理的に機能しません。そしてもう一つは、人間の社会システム、すなわち『運転免許制度』が、あなたのような特異性を持つ存在を全く想定していないという制度上の欠陥です」
力ずくで同じ土俵で戦い続けるのは非効率的だ。彼に必要なのは根性論ではない。ハンディキャップを克服し、制度の壁を突破するための『テクノロジー』と『戦略』だ。
「ご提案します。あなたに『失われた深視力を、テクノロジーで補う』ための特注ソリューションを開発します。そして、それを『公式な運転補助具』として制度側に認めさせましょう」
私のコンサルティングは、あやかしの特異性を現代技術と法解釈で乗り越える、前例のない挑戦となった。
一、アダプティブ・テクノロジーの開発。
私は、河童の天才エンジニア集団『河童重工』に、ある特殊な眼鏡の開発を依頼した。
片方には、小豆君の視力に合わせたレンズ。そしてもう片方の、目がない側には、超小型の『LIDARセンサー』と『網膜投影用マイクロプロジェクター』を搭載する。
LIDARが前方の物体までの正確な距離をミリ単位で常時測定。その距離データ(例:ポールまであと2.3m)を、リアルタイムで彼の見ている視界の隅にAR(拡張現実)としてそっと投影するのだ。
「……す、すごい! 見えます……! ポールまでの距離が数字で見えます!」
初めてその眼鏡をかけた小豆君は、驚きと喜びに声を上げた。彼は失われた深視力の代わりに、『絶対的な距離感』という新たな能力を手に入れたのだ。
二、制度への適応。
しかし、この魔法のような眼鏡をそのまま試験で使うことはできない。
私はこの眼鏡を『あやかしの道具』ではなく、『視覚障碍者向けの先進的運転支援技術』として、正式に公安委員会に申請した。
河童重工による詳細な技術仕様書、あやかし専門の医師による『この補助具により、彼の運転能力は健常者の基準を上回る』という診断書、そして過去の判例を徹底的に洗い出した私自身による法的見解書を添付した。
論点はただ一つ。「交通の安全は、二つの目で確保されるべきか、それとも客観的な安全運転能力で確保されるべきか」。答えは火を見るより明らかだった。
数ヶ月後。
前例のない申請にさんざん揉めた挙句、公安委員会はついにこの特注眼鏡を『公式な補助具』として認可した。
そして、卒業検定の日。
検査官は最初こそ怪訝な顔をしていたが、小豆君の運転を見て目を見張った。ミリ単位の正確さで障害物を回避し、寸分の狂いもなく車体を駐車スペースの中心に収める。その運転は、もはやベテランドライバーの風格すら漂っていた。
もちろん結果は、満点での一発合格だった。
後日、ピカピカの初心者マークを付けた軽自動車で、彼が事務所にやってきた。その手には運転免許証が誇らしげに握られていた。
「九十九さん、オサキさん! 本当に、ありがとうございました!」
彼は深々と頭を下げ、一つの小さなお守りを差し出した。それはガラスでできた、美しい一つ目玉の形をしていた。
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」
オサキが、そのお守りを受け取った。
「クライアントより、『看破の義眼』を頂戴しました」
「効果は?」
「はい。今後、我々が交渉相手の『真意』や『本性』を測りかねた時、その相手に関係するもの(写真、書類など)の上にこの義眼を置くことで、その人物の『根源的な欲求』あるいは『最も恐れていること』が、一つの象徴的なビジョンとして我々の脳内に流れ込んでくるとのことです」
それは読心術ではない。相手の行動原理の『核』を一瞬で見抜く、究極のインサイトツールだ。
私は、その不思議な輝きを放つ義眼を厳重に保管した。
「さあ、次の準備だ」
「承知いたしました。次は……少し、現代ならではの厄介なご相談です」
「クライアントは?」
「はい。『化け猫』の一族です」
「彼らが、どうした」
「ええ。インターネットの『可愛い猫動画』や『猫ミーム』文化のせいで、彼ら『恐ろしいあやかし』としてのブランド・イメージが地に落ちている、と。どんなに脅かそうとしても『ツンデレで可愛い』『怒った顔もキュート』などと人間に愛でられてしまい、全く怖がられない。深刻なブランド・アイデンティティの崩壊に悩んでいるそうです」
どうやら次は、インターネットが生んだ巨大な『可愛い』の波に飲み込まれそうになっている古の猛獣たちの、尊厳を取り戻す戦いを手伝うことになりそうだ。
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