File22.超高層ビル建設における原因不明の事業遅延と、不可視インフラFile.22
今回の面談場所は、西新宿に聳え立つ大手ゼネコン『天樹建設』の本社ビル、その最上階にある社長室だった。分厚い絨毯に、磨き上げられた役員机。窓の外には東京の街並みがジオラマのように広がっている。
椅子に座るのは、白髪を綺麗に撫でつけた、日本経済を動かす一人と言っても過言ではない天樹建設の社長その人だ。しかし、その表情は憔悴しきっていた。
「……九十九先生。単刀直入に申し上げます。我が社は、呪われているのかもしれません」
彼が語り始めたのは、にわかには信じがたい話だった。
社の威信をかけ、現在建設中の新宿で最も高くなるはずだった超高層ビル『アストラル・タワー』。その工事が完全に頓挫しているという。
「問題は最上階……66階のフロアです。何度組み上げても、必ず一夜にして巨大な何かに押し潰されたかのように崩落するのです。地盤調査、構造計算、素材強度、風洞実験……考えうる全ての科学的調査を行いましたが、原因は全くの不明。専門家たちも皆、首を捻るばかりで……」
これは人間の手に負える問題ではない。社長が最後の望みを託し、人づてに我々の事務所の噂を頼ったのも無理からぬことだった。
「社長。これは呪いなどという曖昧なものではありません」
私は、設計図を一瞥し言った。
「極めてシンプルな『交通渋滞』の問題です。あなた方は、古来から存在する巨大な『高速道路』のど真ん中にビルを建ててしまったのですよ」
その夜、私はオサキと共に問題の建設現場を訪れた。地上約300メートル、鉄骨が剥き出しになった66階フロア。吹き抜ける風が不気味な音を立てている。
私は懐から、家鳴りから授かった『聞き耳の柱』を取り出し、そっと鉄骨に当てた。目を閉じ、意識を集中させる。
聞こえてきたのは、風の音ではない。
『……ざし……ざし……』
途方もなく巨大な何かが大地を踏みしめるような、地響きにも似た足音。そしてそれは、空から聞こえてくるのだ。
「……見えました」
オサキが、空の一点を指差した。彼の妖狐の目には、その姿が映っているのだろう。
「……だいだらぼっち、です。山々を跨ぎ、雲を衝く国造りの巨人……。彼が毎夜、決まったルートでこの空を散歩しているのです」
原因は、あまりに単純かつ壮大だった。
だいだらぼっちが、いつもの散歩道(天空の道)を歩いている。そこに邪魔な建造物がにょっきりと建ってしまった。彼はそれに気づくことなく、あるいは道端の小石程度にしか思わず、ただいつも通りに足を運ぶ。その足先がビルに軽く接触し、最上階を崩落させているのだ。彼に悪意はない。ただ、そこにいるだけなのだ。
翌日、私は社長にたった一つの解決策を提示した。
「社長。我々に巨人をどかすことはできません。ならば答えは一つ。ビルの方に、道を譲ってもらうのです」
私の提案は、建築業界の常識を根底から覆す前代未聞のものだった。
一、コンセプトの全面変更:『天を突く』から『天を受け入れる』へ。
「ビルの最上階部分の設計を全面的に変更します。フロアを造るのではない。巨大な『門』を造るのです。だいだらぼっち様が悠々と通り抜けられるほどの、巨大な風穴をビルそのものに開けてしまうのです」
二、ブランディング戦略の刷新。
「そして、その『門』をこのビルの最大のウリにします。ビル名を『天空の門』と改名する。『古の神が通り抜ける聖なる門』という、唯一無二の物語をこのビルに与えるのです。高さではなく、その『物語』でこのビルを東京の新たなランドマークにするのです」
社長は最初、あまりに突飛な提案に言葉を失っていた。しかし他に選択肢はない。そして何より、その壮大な物語に彼は建築家としての魂を揺さぶられた。
数年後。
新宿に、奇妙で、しかしあまりに美しい超高層ビルが誕生した。その最上階はぽっかりと空を抱き、まるで巨大な鳥居のように悠然と街を見下ろしている。
『天空の門』は、その唯一無二のデザインと謎めいたコンセプトで世界中の建築家から絶賛され、東京で最も人気の観光名所の一つとなった。
そして満月の夜。誰も気づかぬ天空で、だいだらぼっちは少しだけ歩きやすくなった散歩道を、いつも通り静かに歩いていく。その足元で輝く人間たちの世界の小さな灯りを、ほんの少しだけ面白そうに見下ろしながら。
後日、社長室に招かれた私に、天樹社長は一枚のカードキーを差し出した。それは黒いチタンでできた、何の変哲もないカードだった。
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」
オサキが、そのカードを検分しながら言った。
「天樹建設が管理する、世界中のあらゆる建造物の、あらゆる部屋へ24時間365日フリーアクセスできる『マスター・キーカード』です」
「ほう。効果は?」
「はい。社長室、極秘資料室、地下施設、建設中の現場……。文字通り、いかなる物理的セキュリティもこの一枚で無効化できる、と。これはとんでもない権限です」
それは、あやかしの秘宝とはまた違う、現代社会が生んだ究極の物理的アクセス権。これ以上の調査ツールは存在しないだろう。
私は、その冷たいカードの感触を確かめ、厳重に懐にしまった。
「さあ、次の準備だ」
「承知いたしました。次は、だいぶ個人的で可愛らしいお悩みです」
「クライアントは?」
「はい。『一つ目小僧』です。彼、自動車の運転免許を取りたいそうなのですが……」
「ほう?」
「ええ。目が一つのため『深視力』がなく、教習所の試験にどうしても合格できない、と。何かこの物理的・制度的なハンデを乗り越える画期的なソリューションはないものか、とのご相談です」
どうやら次は、あやかしの身体的特徴と人間の社会システムとのミスマッチを解消するコンサルティングを手掛けることになりそうだ。
私の仕事は、ついに交通ルールの領域にまで足を踏み入れる。
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