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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File21.目々連の事業所喪失と、現代アート市場におけるブランド再構築について

「九十九さん、クライアントが、すでにお見えです」


オサキが差し出したのは一台のタブレット。その画面は蜘蛛の巣のように無数のヒビで覆われていた。そして、そのヒビの一つひとつから、小さな、小さな『眼』がこちらをじっと見つめている。

今回のクライアント、『目々連』。古い障子に浮かび上がる、無数の目を持つあのあやかしだ。


『…………我々は、もはや見るべき場所も、見られるべき意味も、失ってしまった…………』

タブレットのスピーカーから、複数の声が重なったような、か細い思念が聞こえてくる。


「ご覧の通りです」とオサキが解説した。「現代住宅から『障子』という彼らの事業所が消滅。さらに監視カメラやスマホが溢れる現代では、彼らの『静かに見つめる』という行為がかつての神秘性を失い、単なる『覗き』という不躾な行為として、そのブランド価値を著しく毀損しているのです」


『……我々は、家の記憶を見守る魂の窓だったはず……。なのに今では、ただの無機質な機械のレンズと同類に見られてしまう……』


これは、あまりに悲しい『事業所の喪失』と『ブランド・イメージの暴落』だ。彼らはその存在を支えていた『文脈』を失い、意味もなく宙に浮いてしまっている。ただ『見る』という行為だけが、裸のまま残されてしまったのだ。


「皆様のお悩み、痛いほど理解できます」

私は、画面の中の無数の瞳を見つめ返した。

「あなた方が失ったのは、障子という物理的な場所だけではない。あなた方の『視線』が持つ、物語性、芸術性そのものです。ならば我々がすべきことは一つ。あなた方に、現代で最もふさわしい新たな『キャンバス』と『文脈』を提供することです」


私の提案は、彼らを『古い家の怪異』から『最先端のデジタル空間を彩る、孤高の現代アーティスト』へと、その存在を劇的に生まれ変わらせる前代未聞のアート・プロジェクトだった。




一、新たなメディアの開拓。

「障子は、もはや時代遅れです。あなた方の新たなキャンバスは物理的な紙ではない。『デジタル・スクリーン』です。それもただのモニターではない。現代アートの最前線、そのものです」

私は、かねてから付き合いのある世界的なメディアアーティストに連絡を取った。


二、アート市場への参入と、コンテクストの再構築。

計画は、こうだ。

銀座の一等地にある現代アートギャラリーで、新作のインスタレーションを発表する。

真っ暗な空間に設置された巨大なLEDウォール。そこに、我々のクライアント――目々連が『出演』するのだ。

彼らの無数の瞳が、CGとしてではなく本物の『存在』として、スクリーン上を静かに、そして時に激しく明滅し、うごめき、観る者を圧倒する。その動きはAIが生み出すランダムなパターンではなく、百年分の記憶を持つ魂の揺らぎそのものだ。

作品のタイトルは『障子二十一号:失われた視線のレクイエム』。

キャプションにはこう記す。『かつて、日本の家々に宿っていた無数の魂の眼差し。空間の記憶を静かに見つめ続けた彼らの視線を、現代のデジタル空間に再現した』と。

「ご理解いただけますか。これにより、あなた方の『視線』はもはや覗き見ではありません。『鑑賞されるべき、芸術作品』となるのです。人々はあなた方の視線を恐れるのではなく、その美しさと物悲しさに心を揺さぶられるでしょう」




新作インスタレーションの発表は、アート界に衝撃を与えた。

批評家たちはその「生命感あふれる、有機的な映像」を絶賛し、観客は無数の瞳が織りなす、どこか懐かしくも新しい荘厳な美しさに魅了された。

「ただの映像とは思えない、魂を感じる」「見られているのになぜか癒される」と、SNSでも絶賛の嵐。作品は、国内で最も権威のあるメディアアート大賞を受賞した。

目々連は、新たな、そして無限の表現の場を手に入れたのだ。彼らはもはや打ち捨てられた古い家の、忘れられた怪異ではない。世界が称賛する、誇り高きアーティストとなったのである。


後日、事務所に小さな桐の箱が届けられた。中には昆虫の複眼のように、無数の小さなレンズが埋め込まれた美しい水晶の塊が入っていた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、その水晶を光にかざしながら言った。


「クライアントより、『千眼の水晶』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。この水晶を通して何か複雑な問題――例えば紛糾した会議や組織の全体像――を覗くと、その問題に関わるあらゆる立場の人間の視点や感情が、一瞬にして同時に九十九さんの脳内に流れ込んでくるとのことです。経営者の視点、新入社員の視点、顧客の視点、ライバル企業の視点……。森羅万象の視点を、一瞬で疑似体験できる、と」


それは、究極のアセスメントツール。いかなる問題も、その本質を一瞬で見抜くことができるだろう。

私は、その複雑な輝きを放つ水晶を厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は、人間からのご依頼です。大手ゼネコンの、社長本人から」


「ほう。内容は?」


「はい。現在建設中の、社の威信をかけた超高層ビルの工事が完全に止まってしまっている、と。どうしても最上階だけが、何度建てても原因不明のまま一夜にして崩落してしまうそうです」


「……なるほど」


「社長はあらゆる科学的調査も尽き、藁にもすがる思いで我々の噂を聞きつけたと……。これは我々の専門分野の匂いがします」


どうやら次は、現代科学の粋を集めた摩天楼と、それを拒む巨大な、そして見えざる古の存在との壮大な交渉に挑むことになりそうだ。

私のコンサルティングは、ついに天の高みにまで届こうとしている。

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