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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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20/50

File20.家鳴りの集団失業問題と、ニッチ市場開拓による再就職支援について

事務所の隅で、「……ぴし……」「……きぃ……」と、か細く遠慮がちな音がしている。目を向けると、そこには半透明の小さな気体のようなあやかしたちが、数十匹、肩を寄せ合うように集まっていた。今回のクライアント、『家鳴り』の一族だ。


「九十九さん、事態は深刻です」

オサキが、重い口調で報告書を読み上げる。

「クライアントである家鳴りの仕事は、ご存知の通り家屋の柱や梁に住み着き、木材が軋む音を立てること。しかし近年の建築技術の進歩が、彼らの職場を根こそぎ奪っています」


オサキが提示したデータは衝撃的だった。

最新のタワーマンションや、寸分の狂いもなく建てられたプレハブ住宅。それらの耐震・免震構造は完璧すぎて、物理的に「軋む」という現象がもはや発生しないのだ。古い木造家屋は次々と取り壊され、彼らは住処を追われた。これは技術革新によって一つの産業が丸ごと消滅してしまった『構造的失業』に他ならない。


「我々は、ただそこに在りたいだけなのです。家と共に呼吸し、音を立てる。それが我々の全てなのに……」

長老らしき家鳴りが、ひときわ弱々しく「……みしり」と鳴いた。


「皆様のお悩み、お察しします。ですが嘆いていても、時代の流れは止められません」

私は、集団でうなだれる彼らに、静かながらも力強く告げた。

「古い市場が消えたのなら、新たな市場を我々の手で創り出すのです。あなた方の能力は決して時代遅れではない。むしろ、『完璧すぎる現代』があなた方の『不完全さ』を今まさに求めているのです」


私の提案は、彼らを『家を軋ませるだけのあやかし』から『空間に“歴史”と“魂”を吹き込む、音の芸術家』へと、その職業を再定義する大規模な再就職支援プロジェクトだった。



一、コア・コンピタンスの再発見。

「あなた方の真の価値は、音を立てることそのものではありません。その音によって『おももき』『わびさび』『時間の経過』といった、目に見えない価値を空間に付与する能力です。これは最新技術では決して再現できない、唯一無二のスキルです」


二、ニッチ市場の開拓とブランディング。

では、そのスキルはどこで活かすべきか?

私はある特定の市場に狙いを定めた。それは『伝統と格式を重んじる、富裕層向けのサービス業』だ。

例えば、新築されたばかりの高級料亭や、数億円かけて建てられた伝統旅館。建物は素晴らしいが、どこか無機質で歴史の重みが感じられない。

「そこに、あなた方の出番があるのです」

私は彼らを『アトモスフィア・サウンド・コンサルタント集団“古音こおん”』と名付け、新たなブランドを立ち上げた。


三、トライアル契約による価値の証明。

私は早速、新たにオープンしたばかりの高級旅館の経営者に営業をかけた。

「あなたの旅館は完璧です。しかし、一つだけ足りないものがある。『本物の歴史が奏でる、音』です」

半信半疑の経営者を前に、私は家鳴りの一族に「実演」をさせた。

シーンと静まり返った真新しい茶室。次の瞬間、「……きぃ……」と床柱が静かに鳴った。遠くの梁から、「……みしり」と重々しい音が響く。それはまるで建物そのものが百年分の記憶と共に静かに呼吸を始めたかのようだった。

経営者は、そのあまりに自然で奥深い「音」の演出に息を呑んだ。

「……素晴らしい。これだ。私が求めていたのは、この『魂』だ」




家鳴りたちは、生まれ変わった。

彼らはもはや家賃も払わずに家に住み着く厄介者ではない。彼らは空間に命を吹き込む、引く手あまたの『音の職人』となったのだ。

高級旅館や料亭、歌舞伎座の舞台、果ては映画のセットに至るまで、彼らの活躍の場は瞬く間に広がっていった。報酬は、彼らが最も好む最高級の木材から採れた「お香」だ。


後日、事務所に小さな、見事な彫刻が施された黒檀の柱が届けられた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、それを厳かに差し出した。


「家鳴りの長老より、『聞き耳の柱』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。この柱をいかなる建物の壁や扉にそっと当てるだけで、その向こう側の会話や物音が、まるで隣で話しているかのようにクリアに聞こえるそうです。いかなる防音壁も結界も無意味化する、と」


それは、究極の盗聴器。いや、インテリジェンスツールだ。交渉や調査において、これ以上の武器はないだろう。

私は、その滑らかで冷たい木の感触を確かめ、厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は、視覚に関するお悩みです」


「ほう?」


「はい。クライアントは『目々もくもくれん』。古い障子に無数の目が浮かび上がる、あのあやかしたちです」


「彼らが、どうした」


「ええ。まず現代住宅から『障子』そのものが消え、活躍の場を失っています。さらに監視カメラやスマホが溢れる現代では、彼らの『ただ見る』という行為が神秘性を失い、単なる『覗き』として気味悪がられている、と。深刻なアイデンティティの喪失に悩んでいるそうです」


どうやら次は、活躍の舞台とその存在意義そのものを見失ってしまった視線のあやかしの、新たな生き方をプロデュースすることになりそうだ。

私のコンサルティングは、ついに芸術の領域にまで足を踏み入れる。

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