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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File2.高尾山天狗の炎上案件とレピュテーションリスク管理について

「――炎上、ですか」


オサキが淹れたばかりの玉露の香りが、事務所に満ちている。私は湯呑みを片手に、タブレットに表示された凄まじい数の罵詈雑言に目を通していた。


「はい。クライアントは高尾山に住まう大天狗、『鞍馬坊くらまぼう』様。ご自身が開設したSNSアカウントが大炎上。現在、レピュテーション(評判)は地に落ち、山に住む他のあやかしたちからの突き上げも酷い、と」


「なるほど。プライドの高い天狗には堪える状況だろうな」


発端は、鞍馬坊が投稿した一枚の写真だったらしい。彼が起こした神風で、登山客の帽子を吹き飛ばし、それを木の枝で拾い上げてやる、という自身の「神対応」を自撮りしたものだ。キャプションにはこうある。


『#我、神対応なり #人間よ崇めよ #高尾山パトロール』


「……これは酷いな」


思わず声が漏れた。承認欲求と上から目線が透けて見える、典型的な失敗例だ。案の定、コメント欄は「パワハラ」「自作自演」「ただの迷惑行為」と大荒れ。挙げ句の果てには、彼が履いている一本歯の下駄のブランドを特定しようとする者まで現れる始末。


「ご本人は『良かれと思ってやったこと。なぜ人間は我の神徳を理解できぬのだ』と、全く反省しておられません」


「火に油を注ぐタイプか。手間がかかりそうだな。オサキ、高尾山へ行くぞ。鞍馬坊のプライドをへし折らない程度に、現実を教えに行く」



高尾山の薬王院、その奥にある杉の大木。そこが今回のクライアントの住まいだった。我々が着くと、枝の上から苦虫を噛み潰したような顔の、立派な鼻を持つ山伏姿の天狗が降りてきた。


「むぅ……。貴様らか、九十九とやらは」


不機嫌さを隠そうともしない鞍馬坊は、巨大な羽団扇でぱたぱたと風を起こしながら、我々を睨めつける。


「鞍馬坊様。この度はご愁傷様です。早速ですが、今回の炎上案件、原因はあなたの『ブランディングの完全な失敗』にあります」


「ぶ、ぶらんでぃんぐ?」


「はい。あなたはご自身を『尊大でありがたい神』として売り出そうとした。しかし現代の市場(SNS)が求めているのは、もっと親しみやすく、共感できるキャラクターです。その需要と供給のミスマッチが、今回の悲劇を生みました」


私は鞍馬坊に、一枚のチャートを見せた。SNSユーザーの感情分析データだ。


「あなたの投稿に対し、人々は『畏敬』や『感謝』ではなく、『不快』と『嘲笑』という感情を抱いています。このままでは、あなたの神としての権威は失墜し、高尾山は『迷惑な天狗がいる山』として風評被害を受けるでしょう」


「な……っ、なんだと!?」


鞍馬坊は顔を真っ赤にして羽団扇を握りしめるが、オサキが提示した「高尾山 登山客 前年比8%減」という予測データを見て、ぐっと言葉を詰まらせた。


「では、どうしろと申すのだ……!」


「ご提案します。一度失墜した権威を取り戻すのは困難です。ならば発想を転換する。あなたは今日から、『尊大な神』ではなく『ちょっとお茶目でいじられキャラの、親しみやすい山の主』へと、ブランドイメージを転換するのです」


私のコンサルティングは、シンプルかつ大胆だ。


一、謝罪風投稿の実施。

まずは形式的な謝罪文を投稿。「人間よ、すまなかった」という上から目線の文章の最後に、「(と、コンサルに言わされた)」と小さく付け加える。これにより、「反省してないけど、仕方なく謝っている」というツンデレなキャラクターを演出する。


二、自虐コンテンツの展開。

例の一本歯下駄を履いて、わざと盛大に転ぶ動画を投稿。「#天狗もこける」というハッシュタグを付ける。かつての尊大さとのギャップで、「可愛い」「ダサい」といった親近感を醸成する。


三、登山客とのポジティブなインタラクションの創出。

見回り中、登山客から「あ、炎上天狗さんだ!」と声をかけられたら、わざとそっぽを向いて羽団扇で顔を隠す。「恥ずかしがってる」という新しいキャラクターイメージを定着させ、写真撮影にも応じる。


「……わ、我に、このような恥辱を働けと申すか!?」


「これは恥辱ではありません。『戦略的撤退』と『リブランディング』です。あなたの真の価値――この山を愛し、人々を守るという思いは、行動で示せば必ず伝わります。言葉での権威付けは、もはや不要なのです」


鞍馬坊は数日間、杉の木の上でうんうん唸っていたが、ついに覚悟を決めた。


それからのSNSの反応は、劇的だった。

謝罪風投稿には「全然反省してなくて草」「そういうとこやぞw」といったツッコミが殺到。転倒動画は「可愛すぎて無限ループ」「下駄、大丈夫?」と、かつての炎上が嘘のように好意的なコメントで埋め尽くされた。


いつしか彼は「高尾山のツンデレてんぐー」という愛称で呼ばれ、彼に会うために山を訪れるファンまで現れ始めたのだ。


山頂の茶屋で、私は甘酒を飲んでいた。隣では、オサキがタブレットでエンゲージメント率の上昇グラフを満足げに眺めている。


「九十九様、今回の報酬ですが」


「ああ」


「鞍馬坊様より、『今後100年、高尾山に来る際は、神風による超速リフト送迎サービスを提供する』とのことです」


「悪くない。交通費が浮くな」


ふと見ると、少し離れた木の枝の上から、登山客の写真撮影に照れながら応じている鞍馬坊の姿が見えた。

もう彼は、SNSの数字に一喜一憂したりはしないだろう。彼が守るべきものが何なのか、その価値をどう伝えるべきか、ようやく理解したはずだ。


「さあ、オサキ。事務所に戻るぞ」


「承知しました。」


「次のクライアントは?」


「次は沼津です。深海に住む人魚から、『どうすれば地上人とマッチングアプリで上手く出会えるか』という、切実なご相談が入っています」


あやかしたちの悩みは、今日も尽きることがない。

そしてその隣には、常に我々『九十九経営コンサルティング』がいる。

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