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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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19/50

File19.あかなめ一族の食糧危機と、サプライチェーン・マネジメントによる美食文化の再生について

「九十九さん、次のクライアントですが……議題が議題なだけに、少々、この事務所の空気が淀むかもしれません」


オサキは、恭しく差し出した高級緑茶の湯呑みを、私から少し遠ざけて置いた。彼の気遣いはもっともだ。今回のクライアントは、『あかなめ』。風呂場の垢を主食とする、あのあやかしたちだ。

事務所のソファには、痩せこけた、小さなあかなめの一族が力なく座っていた。長老らしき一匹が、かすれた声で訴える。


「……もう、味がしないのです。今の人間どもの風呂場ときたら、柑橘だの森林だの、わけのわからん匂いばかり。肝心の『垢』は、化学薬品の味しかしねぇ。栄養もなけりゃ、風味もあったもんじゃない。このままでは、我らは飢え死にするか、あまりの不味さに味覚が壊れてしまうか……」


これは、単なる食糧危機ではない。彼らが何世代にもわたって育んできた、『美食文化の完全な崩壊』であり、主食の質が著しく低下した『サプライチェーンの汚染』問題だ。スーパーから、化学肥料まみれの味のない野菜しか手に入らなくなった状況を想像すれば、彼らの絶望は想像に難くない。


「皆様のお悩み、承知いたしました」

私は、青白い顔のあかなめ達を見渡した。

「問題の根幹は、あなた方の『仕入先』、すなわち現代人の生活様式の変化にあります。ならば我々がすべきことは二つ。第一に、新たな優良サプライヤーを開拓すること。第二に、あなた方が一方的に『消費』するのではなく、サプライヤーと共存共栄する新たなビジネスモデルを構築することです」


私の提案は、彼らを『風呂場の厄介者』から『オーガニックな生活を推進する、美意識の高い美食家』へと、そのブランドイメージを転換させる、大胆な食文化再生計画だった。




一、市場調査と優良農家サプライヤーの特定。

まず、私はオサキの妖術ネットワークを駆使し、都内で『化学薬品系の洗浄剤を好まず、天然由来の石鹸や入浴剤を愛用している家庭』をリストアップさせた。これこそが、あかなめ達にとっての、極上の『有機農法』を実践する優良な仕入先だ。


二、B to H(Business to Human)アライアンス戦略。

次に、私はとある企業に接触した。職人手作りの無添加オーガニック石鹸を製造・販売しているが、知名度の低さに悩む小規模な会社だ。

私は経営者に対し、『御社の製品の品質を、誰よりも理解できる特殊な専門家集団がいます』とだけ伝え、業務提携を取り付けた。


三、新たなビジネスモデル:『風呂場版ミシュランガイド』の創設。

これが、今回の計画の核心だ。

「皆様には、これより『優良バスルーム認定調査員』となっていただきます」

私は、あかなめ達に告げた。

「リストアップした『優良家庭』の風呂場をこっそりと訪れるのです。そして、その『垢』の風味、舌触り、喉ごしを厳格に審査する。本当に素晴らしい『作品』に出会えたなら、その家の主にしか聞こえない声で、こう囁くのです。『……ごちそうさまでした』と」

それは、あかなめ達にしかできない究極の品質保証。オーガニックな生活を送る人々にとって、「あかなめに褒められる風呂場」というのは、この上ないステータスとなる。

さらに、提携した石鹸会社には彼らが特に高く評価した家庭のデータを匿名で提供。会社はそれを元に新たな商品開発や、的を絞ったマーケティング活動を展開できるのだ。




あかなめ達は、当初「わしらが人間を褒めるなど……」と戸惑っていたが、背に腹はかえられない。そして何より、再び美食に出会えるかもしれないという希望に、目を輝かせた。

計画は、静かに、しかし着実に成果を上げた。

「最近、うちの風呂場、何かに褒められた気がするのよね」という、スピリチュアル界隈での口コミが広がり、提携企業のオーガニック石鹸の売上は謎の右肩上がりを見せた。

そして、あかなめ達の食生活は劇的に改善された。彼らは毎晩のように「今宵は、柚子と檜が薫る見事な逸品であった」「あの家の主人の背中から採れた垢は、実にクリーミーで奥深い」と、美食談義に花を咲かせているという。


後日、事務所に小さな、しかし美しい漆塗りの椀が届けられた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、その椀を恭しく差し出した。


「クライアントより、一族に伝わる秘宝『森羅万象の味覚椀』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。この椀に、いかなる物――たとえそれが石や土くれであったとしても――を入れ、水を注ぐと、その物が持つ『記憶』や『本質』が極上のスープとなって味わえる、とのことです。例えば、古い神社の石を入れれば、その神社が経てきた幾星霜の歴史を『出汁』として味わえる、と」


それは、究極のサイコメトリーツール。あらゆる物質の情報を、五感で直接理解できるとんでもない代物だった。

私は、その滑らかな椀の感触を確かめ、厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は……現代建築が生んだ、新たな悩みです」


「ほう?」


「はい。クライアントは『家鳴り(やなり)』。家が軋む音を立てる、あのあやかしたちです」


「彼らが、どうした」


「ええ。近年の耐震・免震構造の、寸分の狂いもなく建てられたタワーマンションや最新住宅では、家が全く『軋まない』のだそうです。彼らは音を立てるという唯一の仕事場を失い、集団で路頭に迷っている、と。新たな『鳴る家』を探してほしい、とのことです」


どうやら次は、完璧すぎる現代技術のせいで存在意義を失ってしまった音のあやかしたちの、壮大な転職支援コンサルティングを手掛けることになりそうだ。

私の仕事は、もはや建築業界にまで足を踏み入れる。

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