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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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18/50

File18.化け狸一族の市長選出馬と、伝統的資産を活用した選挙戦略について

事務所の扉が開くと、部屋が一瞬で狭くなったように感じた。入ってきたのは、齢数百年の風格を漂わせる十数匹の巨大な古狸たち。今回のクライアント、武蔵野の森に住まう狸一族の長老衆だ。


「――というわけで、九十九殿」

長老の一人が、煙管をふかしながら言った。

「我らが住処である武蔵野の森をあの忌々しい再開発計画から守るため、我々は次期市長選に若きエースを立てることに決めた。ついては、貴殿にその後見人、

いや『選挙プランナー』となってもらいたい」


紹介されたのは、知的で爽やかな笑顔の好青年だった。とても狸が化けているとは思えない。


「林 守と申します。以後、お見知りおきを」


「九十九さん、すでに彼らの初期戦略案はわたくしの方で全て却下させていただきました」

オサキが、こっそりと私に耳打ちする。

「曰く、『ライバル候補を幻術でスキャンダルまみれにする』『木の葉の金で票を買収する』『選挙カーの上で全員で腹鼓を打つ』……。公職選挙法違反どころの話ではありません」


なるほど。情熱と能力はあれど、現代社会のルールを全く理解していない。

これはゼロから、いやマイナスからのスタートだ。


「承知いたしました。この選挙、お引き受けしましょう」

私は、狸たちが広げた出馬計画書を一瞥し、言った。

「ただし、あなた方のやり方では絶対に勝てません。あなた方の唯一無二の資産である『化ける力』を、現代のルールに則って合法的かつ最大限に活用するのです」


私のコンサルティングは、彼らを『あやかし』から一人の『政治家』へと変貌させるための、徹底的な選挙戦略となった。




一、政策の策定。

まず、候補者『林 守』の政策を固める。「森林保護」という彼らの真の目的を、市民全体の利益へと繋がる公約へと昇華させる。

スローガンは『森の叡智を、市政の力に。』

緑豊かな公園の増設、地産地-消を促す地元商店街の活性化、そして狸も得意な『子育て』支援の充実。これらを三本柱とし、現職市長が見過ごしてきた市民の細やかなニーズに応える姿勢を打ち出す。


二、伝統的資産の合法的活用。

これが、今回の選挙戦の肝だ。

「皆さんには、『究極の草の根活動』を行っていただきます」

私は、一族の狸たちに命じた。

「小鳥や鼠に化け、街の隅々まで散らばるのです。そして市民の生の声を、不満を、願いを、一言一句聞き逃さず全て候補者の元へ届けなさい」

この『狸ネットワーク』は、大手政党の組織票を遥かに凌駕する最強の情報収集網となった。

ライバル候補が抽象的な未来を語るテレビ討論会で、林候補はこう語る。

「三丁目の公園の、あの壊れたままのブランコ。桜通り商店街の、あのひび割れた歩道。私は、まずそこから始めたいのです」

その圧倒的な具体性と現場感覚に、市民は熱狂した。


三、候補者の徹底的な教育。

そして、最も重要なのが候補者自身の育成だ。

「林さん、緊張すると耳が尖る癖があります。深呼吸してください」「そのお辞儀の角度は人間にしては深すぎる。狸に戻りかけています」「記者からの意地悪な質問に、幻術で反撃してはいけません」

私とオサキは、来る日も来る日も彼に付きっきりで指導を行った。




選挙戦最終日。

現職市長との一騎討ちとなった公開討論会。経験の無さを突かれ窮地に陥った林候補は、ふと窓の外に広がる武蔵野の森を見つめた。そして、静かに、しかし力強く語り始めた。それは何百年もその森で生きてきた、一匹の狸としての魂の叫びだった。

彼の言葉は、もはや選挙演説ではなかった。それは、故郷を愛する者の切実な祈りだった。


結果は、歴史的な圧勝だった。

新市長『林 守』の誕生。再開発計画は白紙撤回され、狸たちの住処は守られた。彼らは妖術ではなく、人間のルールの中で人間の心を動かし、未来を勝ち取ったのだ。


後日、市長室(もちろん、まだ慣れない様子だ)に招かれた私に、長老の一人が一枚の葉っぱを差し出した。それは、どう見ても本物の黄金でできていた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、目を輝かせながらそれを受け取った。


「一族に伝わる秘宝、『万化の金葉』です」


「効果は?」


「はい。年に一度だけ、この葉を任意の『無機物』に乗せると、24時間だけ同じ大きさの全く別の『無機物』に完璧に化けさせることができるそうです。例えば、この執務机を最高級のスポーツカーにする、とか」


それは、物理法則を捻じ曲げる究極のユーティリティ・ツール。使い道を考えただけで、思考が沸騰しそうだ。

私は、そのとんでもない葉を厳重に懐にしまった。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は……食に関する、デリケートなご相談です」


「ほう?」


「はい。クライアントは、風呂場の垢を舐めて生きるという、あの『あかなめ』です」


「どうかしたのか」


「ええ。現代の強力すぎる洗浄剤と人々の過剰な清潔志向のせいで、彼らの主食である『垢』が無味乾燥で栄養価も低く、もはや食べられたものではない、と。一族全体が深刻な『食糧危機』と『美食の喪失』に苦しんでいるそうです」


どうやら次は、あやかしの食文化という極めて専門的で、少しばかり口にしづらい問題にメスを入れることになりそうだ。

私のコンサルティングは、ついに美食の領域にまで足を踏み入れる。

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