File16.サンタクロースのトナカイ達と労働環境改善及び組織内エンゲージメント向上について
「九十九さん、北極圏との通信回線、確保しました。……かなり、お怒りのようです」
オサキが緊張した面持ちで、大型モニターの最終調整を行う。画面の向こうには、荘厳な氷の会議室と、そこに並ぶ九頭のトナカイたちの険しい表情が映し出されていた。鼻を真っ赤に輝かせたリーダー格のトナカイ――『ルドルフ』が、組合代表として口を開いた。もちろん、オサキの妖術による完璧な翻訳付きだ。
『我々は、もはやこれ以上の忍耐を良しとしない!』
彼の声は、ブリザードのように荒々しかった。
『何世紀もの間、我々は聖夜の物流を支えるエンジンとして過酷な労働に従事してきた。しかし世間の称賛と栄光は、すべて“赤い服の男”が独り占めだ! 我々はそりの備品ではない! 正当な評価と待遇改善を要求する! これが認められねば、三ヶ月後の繁忙期に我々は一斉ストライキへ突入する所存だ!』
世界中の子供たちの夢を根幹から揺るがす、前代未聞の『労使紛争』。
ほどなくして、モニターの片隅に困り果てた表情のサンタクロース本人も現れた。
『ほっほっほ……。ストライキじゃと? 儂は彼らを家族同然に思っておったのに……。最高級の魔法の苔も、食べ放題にしてやっておるというのに……』
問題の根は深い。これは、典型的な『旧態依然とした家父長主義的経営が、現代的な従業員エンゲージメントの概念と衝突した』事例だ。サンタは悪人ではない。ただあまりに古風で、現代的な人事評価システムの重要性を理解していないのだ。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
私は、モニターの向こうの伝説たちに静かに語りかけた。
「これは感情の問題ではなく、明確なコーポレート・ガバナンスと人事戦略の欠如が引き起こした経営上の危機です。ご提案します。皆様の組織に、現代的な『人事評価制度』と『社内広報戦略』を導入し、この不幸なすれ違いを解消しましょう」
私のコンサルティングは、ファンタジーの世界にドライなまでの現代企業理論を持ち込む、組織改革プロジェクトとなった。
一、業績の可視化とパフォーマンス評価制度の導入。
「『頑張っている』では評価が曖昧になります。皆様の功績を、具体的な数値で可視化するのです」
私は、トナカイたちの飛行速度、定時配送率、悪天候下での航行時間といったKPIを計測するシステムを提案。これにより、彼らの貢献度は誰の目にも明らかな「実績」として、毎年レポートされることになった。
二、社内ブランディングと広報戦略の見直し。
「皆様は『トナカイ』ではありません。聖夜の空を駆ける、誇り高き『スターライト・フライトクルー』です」
私はチームの新たな呼称を提案。ルドルフを『最高航行責任者』に任命し、公式ロゴもサンタとトナカイが並んだデザインに一新させた。
三、福利厚生プログラムの拡充。
魔法の苔だけでは、もはや従業員の心は掴めない。
あやかし専門の職人に特注させた『人間工学に基づく魔法のハーネス』の導入、飛行後の筋肉を癒す『オーロラの温泉』の建設、そして集めた『感謝の心』エネルギーの一部をボーナスとして彼らに還元するインセンティブ制度を確立した。
四、外部向けPR戦略の刷新。
そして、最終的な仕上げだ。
「外部へのメッセージも変えます。来年からのクリスマスのスローガンはこうです。『サンタと、輝けるスターライト・フライトクルーが、あなたの街へやってくる』。チームとして、その功績を全世界にアピールするのです」
サンタクロースは最初こそ戸惑っていたが、組合との全面対決による『クリスマスの消滅』という最悪の事態を避けるため、私の提案を全て受け入れた。
結果、トナカイたちの士気はかつてないほどに高まった。ストライキは即座に撤回され、彼らは自らの仕事に新たな誇りを見出した。今年のクリスマスの配送効率は、前年比120%を達成したという。
サンタもまた、彼らが「家族」であると同時に、尊敬すべき「ビジネスパートナー」であることを深く理解したのだった。
後日、事務所に北極から美しい氷の箱が届けられた。中には、赤い鼻の形をした、ほのかに温かい光を放つオブジェが納められている。
「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」
オサキが、それを厳かに掲げた。
「ルドルフ代表より、『道を照らす開拓者の鼻』を頂戴しました」
「効果は?」
「はい。これは物理的な道を照らすものではありません。今後、我々がコンサルティングで行き詰まり、いかなる解決策も見出せない完全に手詰まりの状況に陥った時、これを手にすれば、ただ一つ進むべき『本質的な活路』が、赤い光の筋となって我々の思考の中に示される、とのことです」
それは、あらゆる困難を突破する概念的なコンパス。究極のブレインストーミング・ツールだ。
私は、その不思議な温かみを持つオブジェを丁重に受け取った。
「さあ、次の準備だ。日本での仕事に戻る」
「承知いたしました。次はどちらへ?」
「クライアントは『けらけら女』。巨大な体でけたたましく笑うだけの、あのあやかしだ」
「ほう。彼女が、何か?」
「ああ。どうやら現代社会のストレスや負の感情に当てられすぎた結果、心の病に陥って自慢の『笑い』を失ってしまったらしい。存在意義そのものである笑いを取り戻してほしい、と……。メンタルヘルスのコンサルティングですな」
どうやら次は、あやかしの心の闇、その最もデリケートな部分に触れることになりそうだ。
笑いを忘れた道化師ほど、悲しいものはない。
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