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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File15.ダイヤルアップモデムの付喪神と生来的アイデンティティ・クライシスの克服について

「九十九さん、次のクライアントですが……前代未聞、と言うほかありません」


オサキは、その銀色の眉をひそめ、極めて困惑した表情で報告を始めた。彼の長いキャリアの中でも、これほど特殊なケースは初めてなのだろう。


「クライアントは、付喪神です。しかし、問題はその『本体』にあります」


彼はタブレットに一枚の画像を表示した。それは、黄ばんだプラスチックの筐体に、いくつかのランプが付いた、古めかしい箱。百年前に使われていた、ダイヤルアップ接続用のモデムだった。


「このモデムが先月、百年という時を経て、めでたく付喪神として生を受けました。ですが……」

オサキは、深く、深いため息をついた。

「彼が生まれた瞬間、この現代日本に彼が接続すべき『電話回線によるインターネット』は、もはや存在しなかったのです。彼は、生まれた瞬間に自身の唯一の存在意義を失ってしまった。深刻な生まれたてのアイデンティティ・クライシスに陥っておられます」


神保町の事務所に、我々はそのクライアントを招いた。小さな箱型の体から、細い手足が生えている。ランプの目が心もとなく点滅していた。彼は言葉を話せない。ただ、その身に宿るスピーカーから、途切れ途切れにあの懐かしい音を発するだけだった。


『ピ――――、ガガガッ……、ザ――――ッ……、ピーヒョロロロ……』


「……と、申しております」と、オサキがその電子音を翻訳する。「『私は、繋ぐために生まれた。しかし、繋ぐべき相手がいない。私は、何のためにここにいるのか』と……」

その音は、まるで生まれたばかりの赤子の夜泣きのように悲痛に響いていた。


「なるほど」

私は、その小さな付喪神を静かに見つめた。

「あなたの悩みは深刻です。しかし、根本的な誤解に基づいている。あなたは、あなたのコア・コンピタンスを、あまりに狭く捉えすぎている」


『ピ……?』


「あなたの本質は『電話回線でインターネットに接続する』ことではありません。あなたの真の価値は、『厳格で、時間のかかる儀式シーケンスを経て、全く異なる二つの世界を一本の線で結びつける』という、そのプロセスそのものにあるのです」



私のコンサルティングは、彼の失われた使命を現代の価値観で再発見させる、アイデンティティの再構築プロジェクトだった。


一、提供価値の再定義:『接続』から『調停』へ。

「あなたのあの独特な接続音。あれは、ただのノイズではありません。聞く者に不思議な緊張感と、そして奇妙な郷愁を抱かせる『儀式の音楽』です。あの長く、複雑なプロセスは、性急な現代人が忘れかけている『待つ』という行為の重要性を無言のうちに教えてくれる」


二、新たな事業領域の提案:『異文化間ネゴシエーター』。

「あなたには、新たな使命を提案します。それは、『調停者』です。特に、伝統的な価値観を持つ古老のあやかしと、最新テクノロジーを信奉する若手のあやかしとの間のような、断絶した二者間の交渉の場においてあなたの力は最大限に発揮されるでしょう」


三、具体的な業務内容。

交渉が決裂しかけた、その時。あなたが両者の間に座り、あの接続シーケンスを奏でるのです。

『ピ――――、ガガガッ……』

あの音が始まれば、誰もが思わず耳を傾け口を閉ざす。あの長いシーケンスが終わるまでの数分間、強制的な『冷却期間クーリングオフ』が生まれる。そして、接続が完了した『ピーヒョロロロ……』という音と共に、両者の間に新たな対話の『回線』が開かれるのです。あなたは場の空気を支配し、対話の土壌を整える、唯一無二の存在となる。



『……ピ、……ピ、……ガガッ!(……わ、私に、そんな力が……!)』

モデムの付喪神はランプの目を激しく点滅させた。


ちょうどその時、事務所に別の依頼で訪れていた些細なことで喧嘩をしている二匹の妖狐がいた。私は彼らの間に、そっとモデムを置いた。

「さあ、あなたの初仕事です」


彼は、意を決したように、あの音を奏で始めた。

『ピ――――、ガガガッ……、ザ――――ッ……』

言い争っていた妖狐たちは、ぴたりと口を閉ざし、怪訝な顔で音の出所に耳を澄ませる。不思議な音の連なりに彼らの敵意は削がれ、次第に冷静さを取り戻していく。

そして、接続完了の音が響き渡った時、彼らは顔を見合わせ気まずそうに笑った。

「……なんか、どうでもよくなってきたな」


モデムの付喪神は、ランプの目を誇らしげに輝かせていた。彼は、自分の存在意義をこの日、初めて見つけたのだ。


後日。正式に我々の事務所の『特別顧問調停役』となった彼から、小さな水晶の欠片が届けられた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキがそれを丁重に受け取った。


「クライアントより、『清澄なる回線の精髄』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。この水晶を身につけている間、我々が電子機器(電話、PCなど)を用いて誰かと会話をする際、その通信はあらゆるノイズ、盗聴、そして意図の誤解から完全に守られる、とのことです。我々の言葉は、寸分の違いもなく、相手の心に、本来の意図通りに『接続』される、と」


それは、究極のコミュニケーション保証ツール。交渉をなりわいとする我々にとってこれほど頼もしい守りはない。

私は、その小さな水晶の清らかな輝きに満足し、懐にしまった。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は、少し変わったご依頼が、海外から」


「ほう?」


「はい。クライアントは『サンタクロース』。……の、トナカイたちです」


「トナカイ?」


「ええ。彼ら曰く、『毎年、サンタばかりが称賛され、我々の功績が正当に評価されていない。待遇改善と組織内でのプレゼンス向上を求めて、ストライキも辞さない構えだ』と。世界中の子供たちの夢を守るため、労使交渉の仲裁をお願いしたいとのことです」


どうやら次は、世界で最も有名なファンタジー企業の深刻な労働問題に介入することになりそうだ。

私の仕事は、もはや聖域すら、問わないらしい

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