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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File14.心優しき鬼の後継者と伝統的事業におけるブランド・ピボットについて

「九十九さん、次の案件ですが……少々、骨が折れそうです」


事務所のソファで優雅に紅茶を飲んでいた私に、オサキが神妙な面持ちでタブレットを差し出した。彼の銀色の尻尾が、不安げに揺れている。


「クライアントは、あやかしの中でも特に古い歴史と格式を誇る、『大江山鬼族』第十八代当主、朱点様です」


「鬼、か。それも大江山とは、大物だな」


「はい。そして、問題はまさにそこにあります」

オサキは一枚の調査報告書を画面に表示した。そこには、屈強な肉体を持つ、立派な角を生やした鬼、朱点様の写真が載っている。しかし、その表情は鬼のイメージとは程遠く、穏やかで理知的な光を宿していた。


「朱点様は、歴代最強の鬼と謳われた先代とは正反対に、非常に心優しく、温厚なご性格で……。ご趣味は、盆栽と野鳥の観察。最近では、絶滅危惧種の森林保護を目的としたNPO法人を立ち上げられたとか」


「……それはまた、ずいぶんと徳の高い鬼だな」


「ええ。ですが、一族の長老衆がその『鬼らしくない』ご気性を問題視しているのです。『鬼のブランドとは、圧倒的な力と恐怖の象徴であるべき』と。このままでは、朱点様は当主の座を追われかねません。伝統とご自身の信念との板挟みになり、円満な事業継承――いえ、『一族継承』ができずにお悩みです」


なるほど。これは、老舗中の老舗企業が抱える、深刻な後継者問題だ。

創業以来の「破壊と恐怖」という過激な企業理念を、現代のコンプライアンス重視の社会で、どうアップデートしていくか。そして、新CEOの穏健な経営方針を、いかにして古参の役員たちに認めさせるか。課題は山積みだ。


「面白い。血の気の多い連中だと思っていたが、そちらの方がよほど厄介そうだな。オサキ、大江山へ行くぞ。彼らの『鬼』というブランド、その価値を根底からひっくり返しに行く」



大江山の本拠地は、想像していたような禍々しい岩屋ではなく、静寂に包まれた壮麗な日本家屋だった。しかし、通された大広間で我々を待っていた長老たちの威圧感は、まさしく本物の鬼のものだった。


「人間風情が、我ら鬼の何が分かると言うか!」


長老の一人が、地響きのような声で威嚇する。その横で、当主である朱点様が、申し訳なさそうに身を縮めていた。

これは、通常の交渉では埒が明かない。

私は懐から『不退転の御骨』を取り出し、交渉のテーブルに静かに置いた。その瞬間、長老たちの猛々しい威圧感が、ピタリと止んだ。場の支配権が、完全に私へと移る。


「皆様。あなた方のブランド、すなわち『鬼』のコア・コンピタンスとは、果たして『恐怖』や『破壊』でしょうか?」

私は、静まり返った鬼たちに問いかけた。

「私は、違うと考えます。あなた方の真の価値は、『人知を超えた、圧倒的なパワー』そのものです。そしてそのパワーの使い道は、時代と共に変化して然るべきなのです」


私の提案は、鬼の一族が持つ強大なアセットを、現代社会のニーズに合わせて転用する、大胆な『事業ピボット』計画だった。


一、『鬼ガード・セキュリティ』事業の設立。

その圧倒的な武力と存在感を、『守り』のために活用する。不法伐採や産廃の不法投棄から、神聖な森林や山々を守る、超自然的な警備保障サービスだ。朱点様の森林保護への情熱とも、完全に一致する。


二、『鬼テック建設』事業の立ち上げ。

その超人的な腕力を、建設や土木の分野で活かす。特に、土砂崩れや水害といった、大規模災害からの復旧作業だ。重機が入れないような場所でも、彼らならば一夜にして道を切り開き、瓦礫を撤去できる。

「あなた方は、『恐怖の象徴』から、人々や自然を災いから守る『究極の守護者』へと、そのブランドを生まれ変わらせるのです。畏怖の念は、やがて尊敬と感謝へと変わるでしょう」



長老たちは、すぐには納得しなかった。

しかし、その数週間後。折からの台風で、麓の村が大規模な土砂災害に見舞われた時、事態は動いた。

朱点様は、長老たちの反対を押し切り、一族を率いて救助活動を行ったのだ。鬼たちは、その圧倒的な力で巨岩を取り除き、土砂に埋まった家々から人々を救い出した。

その光景を目の当たりにした長老たちは、ついに理解した。

自分たちの力が、破壊のためではなく、誰かを守り、救うために使われた時、かつてないほどの、誇りと感謝の眼差しを人々から向けられることを。

朱点様のリーダーシップは、この日、一族全員に、真の意味で認められたのだ。


後日。事務所に、朱点様自らが礼に訪れた。


「九十九殿。あなたのおかげで、我々は、我々の力の新たな道を見つけることができた」


そう言って彼が差し出したのは、鬼の金棒を、寸分違わぬ姿で縮小したような、黒鉄製の小さな根付だった。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、恭しくそれを受け取った。


「クライアントより、『鬼との契約ちぎりの金棒』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。今後、我々が誰かと契約書を交わす際、その書面にこの金棒で軽く触れるだけで、その契約に『鬼の誓い』が付与されるそうです。もし、契約を一方的に破ろうとする者が出た場合、その相手は『鬼に追われるが如き』不運に、契約を履行するまで見舞われ続ける、と」


それは、あらゆる裏切りを許さない、地獄の果てまで追いかける、究極の契約履行保証ツールだった。

私は、その小さな金棒の、恐ろしいほどの重みを感じながら、厳重に保管した。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は……かなり特殊な出自のクライアントです」


「ほう?」


「はい。クライアントは『付喪神』です。それも、百年前に使われていた『ダイヤルアップ接続のモデム』が、つい最近、あやかしになったばかりだそうで」


「……モデム?」


「ええ。彼曰く、『接続するという使命を持って生まれたのに、現代にはもう接続すべき相手(電話回線)がいない。生まれた瞬間に、自分の存在意義を失ってしまった』と、深刻な、生まれたてのアイデンティティ・クライシスに陥っている、とのことです」


どうやら次は、テクノロジーの進化の果てに、生まれた瞬間に時代遅れとなった、悲しきガジェットあやかしの人生相談に乗ることになりそうだ。

私のコンサルティングは、いよいよ輪廻の領域にまで、足を踏み入れるのかもしれない。

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