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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File13.砂かけ婆の縄張り問題とAI制御システムとの共存に関する交渉

「――見てのとおりさ。これじゃあ、商売上がったりだよ!」


夕暮れの公園。その薄暗い茂みの中から、しゃがれた声と共に、砂をべったりとつけた老婆――『砂かけ婆』が顔を出した。今回のクライアントだ。彼女は、人々が夜道を歩く際に、背後から砂を投げつけて驚かすという、地道で伝統的な「おどろかせ業」を、この公園一帯で何百年も営んできた。

しかし、その聖域は、今、存続の危機に瀕していた。

原因は、公園に隣接して最近建設された、最新鋭のタワーマンションだ。


「あの、いまいましい鉄の箱ができてから、全てがおかしくなってしまった」


砂かけ婆が、忌々しげにマンションを見上げる。その視線の先で、植え込みからにゅっと顔を出したスプリンクラーが、センサーの青い光をまたたかせた。

次の瞬間。


「ひゃっ!」


放たれた鋭い水流が、砂かけ婆が丹精込めて集めていた「商売道具」の砂山を、無慈悲に洗い流していく。


「これが、ここ最近、毎晩のように繰り返されるんじゃ。わしゃ、ただ伝統を守り、人をちょっと驚かせて、ささやかな畏怖の念を糧に生きとるだけなのに……。あの機械野郎、わしに何の恨みがあるってんだい!」


彼女の悩みは、AI制御の自動スプリンクラーシステムとの『縄張り紛争』。あまりにアナログで、あまりにデジタルな、異種格闘技戦だった。


「お気持ちは分かります」

私は、濡れそぼった老婆にハンカチを差し出した。

「しかし、相手はAI。感情も悪意もありません。ただ、プログラムされたロジックに従い、『異常な熱源と動きを感知し、散水する』というタスクを、忠実に実行しているだけです。これは、交渉相手としては、ある意味で最も厄介で、最も御しやすい相手と言えます」


AIに、民俗学的な配慮を求めるのは不可能だ。ならば、AIが理解できる言語――すなわち『ロジックとデータ』で、我々の望む結果へと導けばいい。


「ご提案します。AIと直接戦うのではありません。AIを管理する『人間』を説得し、我々の有利になるよう、AIの『ルール』そのものを書き換えてもらいましょう」




私のコンサルティングは、あやかしの存在を一切匂わせることなく、現実的なアプローチのみで進行した。


一、AIの行動パターンの分析。

まず、私はオサキの妖術を借りて、マンションのセキュリティシステムの挙動を徹底的に分析させた。赤外線センサーの死角、散水パターンの周期、そしてAIが最も重視する運用目的――『最小限の水量で、植栽の緑化率を最大化する』という、絶対的なKPIを突き止めた。


二、交渉テーブルの設定とロジックの構築。

次に、私は『地域の生態系保全アドバイザー』という肩書で、マンションの管理組合とのアポイントメントを取り付けた。

私は、物々しいデータが並んだプレゼン資料を見せながら、こう切り出した。

「皆様のマンションの素晴らしい緑化システムですが、一点だけ懸念がございます。夜間の過剰な自動散水が、この公園に古くから生息する、希少な夜行性小動物の生態系を脅かしている可能性があるのです」

もちろん、そんな小動物は存在しない。砂かけ婆のことだ。


三、Win-Winとなる解決策の提示。

そして、私は解決策を提示する。

「そこでご提案です。公園に面したこちらのエリアを『夜間生態系保護ゾーン』と設定し、夜9時から深夜2時までの間、AIによる自動散水を停止するよう、プログラムをアップデートしてはいかがでしょう。これは、生態系に配慮するという、貴マンションの社会的評価を向上させる絶好の機会です。加えて、深夜電力ならぬ『深夜水量』の削減にも繋がり、SDGsの観点からも、極めて有効な一手と言えます」

私の提案は、彼らにとって、断る理由が何一つなかった。環境に配慮でき、企業のイメージアップに繋がり、おまけにコスト削減にもなるのだから。




数日後。

マンションの管理組合は、私の提案を全面的に受け入れ、AIのプログラムをアップデートした。

砂かけ婆の「営業時間」である深夜帯、公園の茂みは静寂を取り戻した。彼女は、誰にも邪魔されることなく、心ゆくまで伝統の砂かけに勤しむことができるようになったのだ。


「へへ……。九十九の旦那には、感謝してるよ」

後日、公園で会った砂かけ婆は、照れくさそうに言った。「まさか、あの忌々しい水鉄砲を、口先三寸で黙らせちまうとはねぇ」


「どういたしまして。ビジネスとは、異なるルールの間で、双方に利益のある着地点を見つけるゲームですから」


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが差し出したのは、何の変哲もない、ただの小さな麻袋だった。中には、サラサラとした乾いた砂が入っている。


「クライアントより、『真実を映す幻解きの砂』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。今後、我々が対峙する相手――人であれ、あやかしであれ、あるいは物であれ――その本質が見えず、嘘や幻で飾られていると感じた時、この砂をひとつまみ投げつければ、一瞬だけ、その相手の『本来の姿』や『真の意図』が、蜃気楼のように浮かび上がって見える、とのことです」


それは、あらゆる偽りを見破る、究極の真贋判定ツール。コンサルタントにとって、これほど心強い武器はない。

私は、その麻袋の、ずっしりとした手応えを確かめ、懐にしまった。


「さあ、事務所に戻るぞ。次のクライアントは?」


「はい。少し、血の気の多いクライアントです、由緒正しい鬼の一族の現当主です。」


「鬼か。何か困りごとが?」


「はい。その当主、どうやら心優しすぎる性格で、『鬼らしくない』と、一族の長老たちから突き上げを食らっているらしい。伝統と自分の生き方との間で板挟みになり、円満な『事業継承』ができずに悩んでいる、と……」


どうやら次は、老舗企業ならぬ『老舗鬼族』が抱える、後継者問題に切り込むことになりそうだ。

伝統の重み。それは、時に誇りとなり、時に呪いとなる。

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