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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File12.七福神の内紛調停とコーポレートパーパスの再定義について

今回の面談場所に指定されたのは、日本橋にある超高級ホテルの最上階、その特別会議室だった。部屋の中央には、ありえないことに、神々しい光を放つ巨大な宝船が鎮座している。

そして、その船上では、日本で最も有名な神々のユニット、『七福神』が、まさに一触即発の雰囲気で睨み合っていた。


「だから言うとるんじゃ! これからの『福』は、スピードとインパクト! ワシらが発行した神徳付き暗号資産『FUKU-COIN』は、すでに時価総額で他の有象無象の神々を圧倒しておるわい!」

釣り竿を片手に、恵比寿様が威勢よく言う。


「その通りですぞ。民が求めるは、具体的な『富』! 曖昧な『幸せ』などというものでは、現代人の心は掴めませんな!」

打ち出の小槌を振りながら、大黒天様が同意する。


「お待ちになって! 富だけが幸福ではありませんわ!」

琵琶を抱えた弁財天様が、凛とした声で反論する。

「芸術がもたらす心の潤いは? 音楽が与える魂の安らぎは? 全てを数値で測るなど、野蛮ですわ!」


「そもそも、長寿という無形の価値を、どうROI(投資利益率)で測るというのかね」と福禄寿様が長い頭を揺らす。


「目先の利益に惑わされおって」と寿老人様が嘆く。宝船の上は、まさに経営方針を巡る、取締役会の紛糾そのものだった。


これは、七柱の神という名の、巨大コングロマリットが抱える『企業理念の崩壊』と『事業部間の深刻な対立』だ。

私はおもむろに、懐から一本の巨大な骨――がしゃどくろから授かった『不退転の御骨』を取り出し、テーブルの中央に、静かに、しかし、重々しく置いた。

その瞬間、あれほど騒がしかった神々の声が、ぴたりと止んだ。見えざる威圧感が、部屋全体を支配する。


「皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。『九十九経営コンサルティング』です」

私は、静まり返った神々を見渡し、言った。

「これは、神々の喧嘩などという、高尚なものではありません。明確な、コーポレートガバナンスの失敗です。皆様には、今一度、ご自身の組織の『存在意義』を、根本から問い直していただきます」




私のコンサルティングは、神々のプライドを刺激し、本質へと導く、大規模なファシリテーションとなった。


一、パーパスの再定義:『Why』

「皆様は、なぜ『七福神』として存在するのですか? 『福を与えるため』? それでは具体性に欠ける。皆様の活動の先にある、究極の目的は何でしょう?」

議論は白熱した。しかし、私の巧みな誘導と『御骨』の威光の前に、神々は次第に本質的な対話を始めた。そして、ついに一つの答えにたどり着く。

『我々は、多様化する人間のあらゆる幸福の可能性を、支援し、最大化するために存在する』

これこそが、彼らの新たなパーパスだった。


二、事業ポートフォリオの最適化:『How』

「パーパスが定まれば、次はその実現方法です。皆様は、単一の企業ではない。それぞれが専門分野を持つ、巨大な『投資ファンド連合』と考えるべきです」

私は、新たな組織図を提示した。


・恵比寿、大黒天:『ハイリスク・ハイリターン型グロースファンド』

 暗号資産やNFTなど、経済的インパクトの大きい新興領域へ『福』を集中投資。KPIは、市場経済の成長率とする。


・弁財天:『文化芸術インキュベーション部門』

 芸術、学問など、金銭的価値では測れない無形の価値へ『福』を投資。KPIは、新たな文化や才能の輩出数とする。


・福禄寿、寿老人:『ヘルスケア・ロングライフ事業部』

 人々の健康や長寿といった、長期的で安定的な幸福へ『福』を投資。KPIは、健康寿命の延伸率とする。


・毘沙門天:最高リスク管理責任者(CRO)

全ての事業のリスクを監督し、組織全体の守りを固める。


・布袋尊:最高幸福責任者(CHO)

組織内の『神々の』幸福度を管理し、円滑なコミュニケーションを促進する。




「……なるほど」恵比寿様が唸った。「ワシらと弁財天は、競合ではなく、担当領域が違うだけだった、というわけか」


「ええ。皆様の力は、それぞれが尊い。だからこそ、一つの価値観で縛るのではなく、多様な価値観を尊重する『連合体』として、再出発するのです」


神々の顔に、かつての対立の色はもうなかった。彼らは、同じパーパスの実現のために、異なる役割を担う『同志』としての顔を取り戻していた。


後日。事務所に、七色の絹で巻かれた、小さな巻物が届けられた。それは、神々の連名で発行された、特別な証書だった。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」

オサキが、畏敬の念を込めて言った。


「七福神の皆様より、『宝船の召喚勅許状』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。今後、我々が手掛ける案件で、万策尽き、完全な破綻に瀕したクライアントがいた場合、一度だけ、この勅許状を天に掲げることで、宝船そのものを召喚できる、とのことです」


「……召喚して、どうなる?」


「宝船に乗せたクライアント(あるいは、その事業)に対し、七福神が全ての神徳を総動員し、一夜にして、奇跡的な経営再建(V字回復)を成し遂げてくださる、と。究極の、最終手段です」


これは、コンサルティングの範疇を超えた、奇跡そのものを起こす権利だ。これ以上ない、最強の切り札を手に入れてしまった。

私は、その神々しい巻物を、厳重に金庫の奥深くへと仕舞った。


「さあ、次の準備だ」


「承知いたしました。次は、だいぶ規模が小さくなりますが……」


「クライアントは?」


「はい。『砂かけ婆』です。近所に新しくできたマンションの最新式AI管理スプリンクラーと、縄張り争いで揉めている、と……」


「……AIと、か」


どうやら次は、最も伝統的でアナログなあやかしと、最も現代的で無機質なAIとの、異種格闘技戦の仲裁をすることになりそうだ。

私の仕事の振り幅は、一体どこまで広がるのだろうか。

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