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あやかし専門コンサルタント・九十九さんの業務日誌  作者: 神楽坂 湊


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File10.ネス湖のネッシーにおける市場競争激化とブランド再構築について

事務所の大型モニターに、荒い解像度の水中映像が映し出されている。画面の向こうから聞こえるのは、古風で、気品のある、しかし深い悩みを湛えた声だった。もちろん、オサキによる完璧な同時通訳付きだ。


『――ご理解いただけましたでしょうか、ミスター・ツクモ。わたくしの、この屈辱が』


声の主こそ、今回のクライアント。スコットランド、ネス湖にその身を潜める、世界で最も有名な未確認生物(UMA)『ネッシー』その人だ。優雅な長い首としなやかな体躯を持つ、伝説のプレシオサウルス。その姿は、英国貴婦人のような威厳に満ちていた。

彼女の悩みは、長年守り続けてきた自身の市場、すなわちネス湖における『圧倒的市場シェアの喪失』だった。


「原因は、数年前から湖に棲み着いた、この……下品な外来種ですの」


画面が切り替わり、別の映像が流れる。そこに映っていたのは、ゴツゴツした甲殻と無数の触手を持つ、怪獣映画から抜け出してきたような凶暴なクリーチャーだった。観光客のボートを威嚇しては、水しぶきを上げて喜んでいる。


「通称『ロックスクラッパー』。正体不明の新興UMAです」と、オサキが補足した。「彼の派手なパフォーマンスが、刺激を求める現代の観光客に大ウケ。今や、SNSのハッシュタグも、土産物の売上も、彼に大きく水をあけられている状況です」


「わたくしの魅力は、『いるか、いないか』という神秘性。何十年もかけて築き上げてきた奥ゆかしいブランドですわ。あんな野蛮な輩と、同じ土俵で戦えと?」

ネッシーは嘆いた。これは、伝統と格式を重んじる老舗ブランドが、派手なプロモーションで急成長した新興企業に顧客を奪われている、という典型的な経営課題だった。


「お気持ちは察します、レディ・ネッシー。しかし、市場は常に変化します。嘆いていても、シェアは戻りません」

私はモニターの向こうの伝説に、はっきりと告げた。

「あなたのブランドは、決して色褪せてはいない。ただ、現代の市場に合わせた『伝え方』へと、アップデートする必要があるだけです。ご提案します。挑戦者と同じ土俵で戦うのではありません。あなただけの、新たな土俵、すなわち『プレミアム市場』を創造するのです」




私のコンサルティングは、英国から遠く離れた東京のオフィスから、リモートで進められた。


一、ターゲット層の再設定セグメンテーション

「派手な見世物を求める観光客は、全てロックスクラッパーにくれてやります。我々が狙うのは、富裕層、歴史や本物を愛する知識層です。彼らに、『最高の体験』を提供することに、リソースを集中させます」


二、提供価値の差別化と高付加価値化。

安易な目撃ツアーは、もうやめる。代わりに、一日一組限定の『レディ・ネッシーとの謁見クルーズ』を企画。最高級のクルーザーと、地元の歴史家によるガイド、そして有名蒸留所が手がけたオリジナルウィスキーを提供する。

そして、クライマックス。ネッシー自身が、クルーザーのそばを、ただ一度だけ、静かに、優雅に泳いでみせるのだ。

「これは、怪獣ショーではありません。『動く世界遺産』との謁見です。その希少性と格式が、これまでにない圧倒的なブランド価値を生み出します」


三、周辺事業者とのアライアンス戦略。

地元の五つ星ホテルや、高級カシミアブランドと提携。『ネッシー謁見クルーズ付き宿泊プラン』や、『ネス湖の霧を編み込んだネッシー公認ストール』などを共同開発。地域全体で、彼女のプレミアムブランドを支えるエコシステムを構築する。


「……わたくしが、自ら姿を? 見世物になるということですの?」


「違います、レディ。あなたは、自らの価値を、自らの意思でコントロールするのです。気まぐれに目撃されるのを待つのではなく、最高の舞台を整え、万全の姿で、選ばれた観客に応える。それこそが、真の王者の振る舞いです」




私の説得に、誇り高き湖の主は、ついに頷いた。

結果は、言うまでもない。

一人数十万円という高額にもかかわらず、『謁見クルーズ』の予約は数年先まで埋まった。世界中のセレブリティが、ネッシーとの謁見のためにスコットランドを訪れた。

ロックスクラッパーは相変わらず若者に人気だったが、市場が完全に棲み分けられたことで、無用な競争はなくなった。むしろ、ネス湖全体の観光客が増加するという相乗効果まで生まれたのだ。

ネッシーは、自身の尊厳を守りながら、挑戦者の登場以前よりも、遥かに大きな名声と尊敬を、その手に取り戻したのである。


後日。事務所に、国際郵便で厳重な防水ケースが届いた。中には、ネス湖の湖底で磨かれたであろう、黒曜石のように滑らかな石が一つ、鎮座していた。


「さて、九十九さん。お待ちかねの報酬です」


オサキが、少し興奮気味に言った。


「クライアントより、『水脈を統べる道標の石』を頂戴しました」


「効果は?」


「はい。この石を身につけた者が、世界のいかなる水辺 湖、川、海にいようとも、水にまつわる全ての『道』を、瞬時に理解できる、とのことです。安全な航路、秘密の海流、人知れぬ海底洞窟、さらには『水辺で人を探す』際にも、最短のルートを示してくれる、と」


これは、世界を股にかける我々の仕事において、計り知れない価値を持つ。究極のナビゲーションツールだ。

私は、ひんやりとした石の感触を確かめ、丁重に懐にしまった。


「さて、日本での仕事に戻るか」


「承知いたしました。」


「次のクライアントは?」


「はい。アマビエです。コロナ禍で一躍有名になった、あの予言のあやかしです」


「あぁ、世間を騒がせていたな。何かお困り事が?」


「はい。『パンデミックの象徴として消費され尽くし、本来の予言獣としてのアイデンティティを見失った。一発屋で終わりたくない』……と、深刻なキャリア相談があるようです」


どうやら次は、社会現象にまでなったあやかしが抱える、『ブームが去った後』のセカンドキャリア構築を手掛けることになりそうだ。

栄光と凋落。それは、人もあやかしも変わらぬ、普遍のテーマなのかもしれない。

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