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9話 衝撃と絶望と涙の理由と

 白の外壁に、青の屋根。木枠の窓にダークウッドの扉。少し古ぼけた洋風の外観は、それがむしろファンタジックな感触を生み出していた。

 これが、俺達が買った城。今から俺が住む家か。


「でけえ……」


 でかい。見上げる程度には。いや、家なんてものは見上げるのが当然だが、にしてもでかい。豪邸、そういって差し支えないであろうサイズ感だ。

 とはいえ、城という言葉から連想できるほど大きい訳では無い。家にしてはデカいと言うほうが多分正確だと思う。


「昔はもっと大きなお城に住んでいたんですが……今はこれで我慢ですね」


 我慢。これで我慢か。俺の実家の倍はあるであろうこれで。前世の俺はどんだけいいとこに住んでたんだ。

 俺達は入口へと近づくと、躊躇なく、ミナが扉についた金の取ってに手をかけて引く。キイと軋む音がして、城はその間口を開いた。

 中は薄暗く、窓から差し込む夕日でなんとか明るさを保っている。広々とした玄関で靴を脱ぎ、揃えてフローリングに足を上げると、冷たい板の感覚が靴下越しに伝わってきた。


「やっぱ広いな」


 目の前にはリビングと思わしき広々とした空間が。掃除がされていないのか多少ホコリが積もっているが、全体的には結構綺麗だ。


「んー、そうですねえ。とりあえず、他のとこも見て回りましょうか」

「ああ」


 そう返して。俺はミナと一緒に中を見て回った。

 そうしてしばらく。城の中を一周してリビングに戻ってきた俺達は、一息をつく。

 結論から言えば、滅茶苦茶豪邸だった。

 とにかく一部屋一部屋が広い。空間が自由に解き放たれているようで、こんだけ広けりゃベッドを何個でも置けそうだってくらい。どの部屋にも開放的な木組みの窓が付いていて、開ければ気持ちの良い風が入ってくる。相変わらず多少ホコリが積もっていたが、些細な欠点に過ぎない。掃除すればいいだけだ。

 炊事場や風呂場もあって、暮らすには文句無しだろう。実際、ミナも途中で「結構いいですね」なんてこぼしていたし。

 が。


「なあ、ミナ」


 致命的な問題が一つあった。

 俺達は目を見合わせる。


「家具無くね?」

「そうですね……」


 そう。何一つ家具がない。ベッドやソファ、机、椅子、収納、その他全てが何もかもない。

 そりゃそうだ、買ったばかりの家に家具があるわけないんだから。

 

「完全に忘れてました。凡ミスです……」


 がっくりと肩を落とすミナ。今日一日常に優秀なところしか見てこなかったから、なんだか新鮮で面白い。

 

「というか、ご飯も何もかも用意するの忘れてました……これじゃ側近失格です、うう……」

「まあまあ、人生って波乱があったほうが面白いだろ」

「魔王様、励まし方が独特すぎます……」


 俺の気遣い届かず。無念なり。

 ともあれ、これはどうするか考えなきゃいけないな。この固いフローリングに寝そべるわけにもいかないし。これからのことに思いを馳せると、ふと思い当たることが。

 というか、俺はそんなことより考えなきゃいけないことがあるのでは?

 そうだ。俺は高校生、学生という本分があるじゃないか。魔王になるから学校辞めるわ、とか親に言えるわけが無い。本音を言うならこっちのことに集中したいけど、そうもいかないだろう。

 このまま戻らなかったらそれはそれで問題になるし。親も滅茶苦茶心配するだろうし、それはまずい。


「……あれ?」


 とかなんとか考えていると、とても重要なことに気がついた。 


「どうしました? 魔王様」


 そもそも、という話だが。


「いや、俺ってあっちの元いた世界に戻れるんだよな?」

「え?」


 不思議そうな顔をして、ミナが答える。


「戻る理由、ありますか?」

「そりゃあるよ。残してる物とかやらなきゃいけないこともあるし、てかこのままじゃあっちからしたら失踪事件だろ」


 帰ってきたはずの息子がいつの間にか消えていたとかなったら警察沙汰である。そんなことを起こすわけにはいかない。


「ぜ、絶対に戻らなきゃいけないんですか?」

「まあそりゃあな。家族もいるし」


 そんな俺の返答に。


「…………」


 目を大きく見開いて、言葉を失ったように彼女は押し黙った。

 え?

 ちょ、ちょっと待ってくれ、マジで言ってる?

 ミナのリアクションを見て、察する。けど信じたくなくて聞き返す。


「嘘だよな? 俺あっちに戻れないとかないよな? こっちに幽閉状態とかありえないよな??」


 畳み掛ける俺に、彼女は気まずそうな顔をして頬を掻く。目線が逸れ、宙をふらふらと泳ぐ。

 悪い予感が駆け巡った。冷たい汗が背筋を伝う。


「そ、そのですね。あちらの世界に行けたのは、あちらの世界に魔王様がいらっしゃったからなんです」

「あっちに俺がいたから……?」

「はい。魔王様が転生される際、事前に私と魔力の"パス"を繋いでまして。それを辿ることで、魔王様の居場所を特定し、そこに飛ぶことが出来たんです。なので……」


 彼女と目があって。

 途端に、ミナはばっと勢いよく頭を下げた。銀の髪がその軌跡に尾を引いて流れる。


「ごめんなさい!! あっちの戻るのは無理です、考えてませんでした!!」

「……マジかよ」

「とにかく魔王様と会うことに必死で、そうですよね、転生されているのですからご家族もいらっしゃいますよね」


 冗談キツイって。

 親と今生の別れってこと? もう二度と話せないってことか? ペットの犬も可愛がれず、友達とも喋れず、趣味のゲームもラノベも漫画も何もかも楽しむことができず、全部置き去りにするしかないってことなのか???

 絶望。それにほど近い感情が、全身に降りかかる。体の芯が冷えていき、視野が狭窄する。走馬灯のように、今までの人生が脳内でリフレインする。学校でおきた他愛もないこととか、家族で行った旅行のこととか、そういう景色が流れては消えていく。

 だが、顔を上げたミナの目に涙が浮かんでいるのを見て、吹っ飛んでいた意識が引き戻された。


「そうですよね、これまで別の人生を歩んでいたのなら大切な人もいますよね、ごめんなさい、なんてお詫びすれば良いのか、わたし、わたしは……」

「ちょ、おいミナ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 そのままミナは泣き出してしまった。ミナは何度も目を拭うが、そのたびにより一層涙が溢れ、零れていく。

 いや、泣きたいのは俺の方なんだが! こちとら現在今生の別れを突きつけられたところなんだが!?

 そうは思いながらも、なんだか見ていられなくて。

 ミナに近づき肩を叩く。


「おい、泣くなって」


 俺はミナに泣いてほしかったわけじゃない。そりゃだいぶ絶望してるしショックだし割とキレそうだけど。

 大丈夫だから、とは言えなかったが、とにかく声を掛ける。


「わざとじゃないんだろ?」

「っ、はい。けど、家族が、魔王様には家族がいたのに……」


 くっそ……どうすりゃいいんだよこれ。慰めるにも正直全部ミナのせいだし、俺も適当なことは言いたくないぞ。家族に会えないのは事実だしさ。

 けど、どうにも責める気になれない。なぜだろうか。冷静に考えてみたらこの状況、俺が怒鳴り散らかしててもまあおかしくはないはずなのだが。

 ミナが俺よりだいぶ幼く見えるからなのか、それとも側近だからなのか、今日一日の付き合いがあるからなのか。あるいは、もしかしたら前世の俺が、俺の中でこいつを責めるんじゃないと言っているのかもしれない。

 はあ。しょうがないな、ほんとに。


「いいよ、もう。やっちゃったことはしょうがないんだから。人生は波乱があったほうが面白いって、さっき言ったろ」


 ちょっと屈んで、声色を怖くならないように調整しながら喋る。

 まあ、まさかここまでの波乱が訪れるとは思ってなかったけどな。


「ごめん、なさい……」

「まあそれはそれとして反省はしてもらうけど。今度からなにかする時はちゃんと確認取ってくれ、頼むぞ」


 ぐすぐすと鼻を啜りながら、彼女は何度も涙を拭く。

 彼女が落ち着くまでは、しばしの時間を要した。


「ごめんなさい、もう大丈夫です」


 そう言って、ミナは赤くなった目を細める。


「ああ。落ち着いたか?」

「はい」


 にしても、悪いことをしたと思うのは当然だと思うが、まさかそこまで泣くとは思わなかったな。


「そう、ですね……。そうですよね。魔王様は忘れていらっしゃいますもんね」


 意味深にそんなこと言うミナ。


「どういうことだ?」

「この状況で言うのも憚られるのですが」


 迷うように一息置いてから、ミナは口を開いた。


「魔王様は……前世の魔王様は、以前、ご家族を亡くしていらっしゃるんです」

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