7話 これまで
「それで、私達は何をすれば良いのでしょうか? 何か協力できることがあれば……」
「とりあえず、税金をそれで支払ってください。当面は凌げるでしょうから」
レモナさんが聞くと、ミナは淡々と答えた。
「しばらくしたら、私達が国から独立するタイミングが来ます。その時には、私達についてください」
「独立、ですか」
彼女は少し思案したのち、頷いて返す。
「……分かりました。いつくらいになるのでしょう」
「今はまだなんとも。少し時間をいただくとは思います」
「では、予定が決まり次第教えて下さい。こちらも準備をしますので」
とかなんとか、トントン拍子で進んでいく話をミナの横でぼーっと見ていると、とんと背中を叩かれた。
隣を見れば、ガリアードさんが立っていて。彼から握手を求められ、俺はそれに応じる。
ゴツゴツした大きな手が、俺の手を包んだ。握りしめられて若干痛い、力強すぎだろこの人。
「よろしくな、兄ちゃん。あ、兄ちゃんはまずいか」
「あ、いや。なんか小っ恥ずかしいんでそれでいいですよ。こちらこそ、よろしくお願いします」
話された手が軽くジンジンしている。自分で言うのもなんだけど、魔王とは思えない打たれ弱さだな……。
「じゃ、兄ちゃんで。まさか兄ちゃんが魔王だとはな。でも記憶失ってんだって?」
「はい。情けないことに、なんも覚えてないです」
「どこまで覚えてないんだ? 猫族のことも忘れちまったのか?」
「すいません、全く。この世界のことも全然わかんなくて」
「別の世界からどうのって言ってたもんな。魔王様ってのも大変だなあ」
かけらでも覚えてれば、だいぶマシだったんだろうけどなあ。後悔したところでどうしようもないのだが。
「けど、記憶無くてもなんでも、姫様の上に立ったんなら俺の主になったも同然だ。遠慮せず、こき使ってくれ」
「あ、あはは……」
なんて返せばいいんだこれ。多分正解は「おう、分かったぜ(偉そうに)」とかなんだろうけど、こんなガタイよくて顔も厳つい人にそこまで言える度胸は俺にはない。
こんなことならもっとなんか、ジムとかに通ってデカくなったりしときゃよかった。俺がもっと強ければ、この手が痛むこともなかったかもしれん。
と、話を聞いていたらしいレモナさんが。
「そういえば、その辺りのお話も詳しくお聞きしたいです。転生して別の世界にとは、一体どういう……?」
「そうですね。では、ここら辺で少し現状を整理しましょうか。お二人は勿論、魔王様にもあまり詳しく話せていませんでしたし」
「長くなりそうですね、お二人共座られてください」
再度、俺達はソファへと腰を据える。テーブルに置かれた茶から立つ湯気は、いつの間にか立ち消えていた。
ミナはカップに口をつけ、こくりと喉を鳴らす。ついでにと俺も飲めば、少しぬるいけど変わらず美味しかった。
「まず、私のことからお話させていただきますね」
カップを置き、ミナは話し始める。
「勇者に迫られ、それから逃れるべく魔王様が転生してから、私は他の幹部と共に封印されました。恐らく、勇者やそれに類する人間の仕業だと思います。それからは全く意識がなかったのですが、ある時何故かぼんやりと意識が戻りまして。その拙い自我をなんとか手繰り寄せて、三日前になんとか封印から脱することができました」
「意識を手繰り寄せる、ですか……なんだか想像ができませんね」
「私も具体的に説明するのが難しいのですが、とにかくそんな感じだったんです。まるで泡の中をたゆたっているような、そんな感覚で。中々抜け出せずに、しばらく苦労しました」
相変わらず座らずに立ったままのガリアードさんが、ミナに問いかける。
「単純に気になるだけなんで申し訳ないんだけどよ、しばらくってのはどれくらいなんだ?」
「そうですね、大体……十数年ほどでしょうか」
「じゅ、十数年? そんなに長い間意識がふわふわしたまんまだったってことか? それどういう状態なんだ」
「時間間隔はありましたし、自分が封印の中にあるということも自覚していましたが、なんだか自分がはっきりとしなくて……不思議な感覚でしたね」
ともかく、と続けるミナ。
「そうして封印から覚めた私は、気がつくと洞窟の中にいました」
ふわふわした時間が終わったら洞窟とは、なんともホラーな展開である。
「そこから出てみると、近くに村がありまして。村の方に詳しく話を聞けば、どうやらそこが魔王城のあった場所であるということが分かりました」
「魔王城って言うと、あのぶっ壊されてたやつか」
「そうです。魔王様を連れてきた場所の近くで、私は目覚めたんですよ」
ミナは続ける。
「周りには他の幹部は居なかったので、私は一人で行動を開始しました。といっても、やったことは単純でして。魔王様が転生する際私に保険をかけていたので、それを使ったんです」
「保険、ですか」
「はい。簡単に言うと、魔王様がいる場所が分かるといったもので。それで、どうやら別の世界にいるのだということが分かりました」
そんなので俺の居場所を特定してたのか。別世界まで追えるって便利なものもあったもんだな。
「場所が分かればこちらのものです。私はある魔法を使って、魔王様の居る世界へと飛び、説得してこの世界へと連れ戻しました」
「ある魔法……ゲートか?」
移動する魔法といえばゲート。この一日でそんな風に意識に刻み込まれている。
が、どうやら違うみたいだ。
「いえ、ゲートとは違う別の魔法で飛びました。それはまた追々」
「そうなのか。了解」
説明パスするってことはなんか複雑なんだろうな。まあ今は置いておこう。
「にしても、まさか別の世界ってのがあるとはな」
ガリアードさんの言葉に、続けてレモナさんも発する。
「信じられません。そんなものがあるなんて」
「私も、行くまでは半信半疑でした。文明が進んでいて凄かったですよ。……まあ、それはいったん置いておいて」
ともあれ、とミナは続ける。
「それから……」
ミナは、俺と出会ってからここに至るまでの道のりを話す。ドラゴンを倒し、換金し、家を買い。二人はそれを真剣な表情で聞いていた。
まあ、精々たった一日の出来事だ。そこまで長引くわけでもなく、すぐにここに至るまでに起こった出来事を話し終える。
「なるほどなあ」
「このお金は、ドラゴンを倒して稼がれたものだったのですね」
「にしても、姉ちゃんはすごいな。そのゲートって魔法がありゃ、どこでもひとっ飛びじゃねえか」
ガリアードさんが驚くのも無理はない。なにせ俺だってそうだったんだから。
どこそこに一瞬で移動できるなんて、あまりにも実用性がありすぎる。行ったことのある場所じゃないとだめって制限はあるけど、それ込みでもやっぱり滅茶苦茶便利だ。
「それなりに不便もありますけどね。一度に移動できる人数に限りがあったりとかしますし」
「え、そんなのあったのか」
「はい、二人くらいなら余裕ですけど、大人数になるとゲートの許容範囲を超えてしまうんです。他にも色々縛りがあって、一口に言うのは難しいんですが……」
中でも一つ大きいものがある。そう言って、彼女は人差し指を立てた。
「魔王様にはお話しましたが、私は魔法が使えないんです」
「そうなのですか」
「ああ、そういやなんかそんなこと言ってたかも」
いつだったか、そんなことを言っていた。ドラゴンを倒した時だったっけ。
「それ自体も、ゲートを使う代償なんです。私はゲートという強力な魔法を行使できる代償として、他の全ての魔法の使用を禁じられています」
「禁じられてる? 誰かから禁止されてるってことか?」
「精霊から、ですね」
分からないことを聞いたら、分からない言葉で返ってきた。情弱に厳しい世界だ。