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6話 王手。あるいは、チェックメイト

「はい!?」

「え?」


 俺とレモナさんの声が同時に放たれ、重なる。

 ミナと目があって、小さく「魔王様は黙っててください」と言われてしまった。王に向かってなんだねその態度は。


「そ、それは一体どういう」

「言葉通りです。幸い、こちらには蓄えも多少ありますし」


 蓄え。さっきドラゴンを倒して集めたあの金のことだろう。

 家を買って殆どがなくなったが、純金貨はあと二枚は残っていた。四十何枚で城が買えたことから察するに、たった二枚といえどかなりの大金になるはず。

 けど、どうしてそんなことを? ただの慈善事業なのだろうか。なんか、ミナに限ってなんとなくそうは思えない。出会って初日の人に何言ってんだって感じだが。


「周りの皆様とは仲良くしたいですから」

「あのお城を買い取ったとのお方ですから、疑ってはいませんが……」


 怪訝。レモナさんの顔には、そんな感情が全面に出ている。


「請求されているのはいくらですか?」

「金貨が二十枚ほどです」

「であれば」


 袋から一枚の純金貨を取り出したミナは、それを机に置いて指で向こうへと滑らせた。

 

「これは……純金貨!?」

「おいおい、冗談だろ姉ちゃん」


 レモナさんに続き、ガリアードさんも声を上げる。


「一枚ですが、差し上げます。しばらくは楽ができるかと」

「ほ、本当ですか!? これがあれば、村の人達もしばらくは……」


 嬉しさの滲むレモナさんだったが、二人の会話に、ガリアードさんは割って入った。


「すまねえが、一体どういう了見なんだ? 姉ちゃんはそれの価値が分からないほど馬鹿には見えねえよ」

「そうですね。当然、打算もあります。ですが全てが善意で構成されている人ほど、嘘っぽいものはないと思いませんか」

「そりゃあそうだけどよ」


 彼は頭をかいた。


「じゃあなんのメリットが姉ちゃん達にあるんだ?」


 ガリアードさんの問いに、ミナは人差し指を立てる。彼女の目は、レモナさんを正面から真っ直ぐに捉えていた。


「私達が望むのは一つ。魔王軍についてくださいませんか」


 ……なるほど?

 なんとなくだが、ミナの意図が読める。

 今の魔王軍は、聞く限りじゃボロボロだ。仲間が居なけりゃトップは記憶がないし、頼りになるのは小さな体躯の女の子ただ一人。

 こんな状況じゃあどうにもならない。だから、お金を出すことで恩を売り、仲間についてもらうと。ともすれば、城を買うときに話をしたが、この娘達が亜人族だってのも効いてくる。なにせもともと魔王軍と仲が良かったってんだからな。

 チュートリアルにはうってつけだ。


「どういうことだ」

「魔王軍、ですか?」


 二人は眉を潜め、お互いに顔を合わせる。こいつは何を言ってるんだって雰囲気が、二人の間に醸し出されていた。

 そういや俺、同じようなことをミナから言われて、この人たちと同じような反応を返したな。その気持ち、俺はよく分かりますよ。


「魔王軍とは、あの魔王軍ですか。かつて、一族の先代達が共に戦った」


 レモナさんの言葉に、ミナは首を縦に振った。


「その通りです」

「ですが、魔王軍は敗北しました。私達はこうして、聖剣国に取り込まれましたし」


 レモナさんは目線を下げ、淡々と口にする。ミナはそれに頷きつつも。


「それに関しては間違いありません。ただ、あなた達が知らないことがいくつかあります」

「知らないこと?」

「はい。魔王軍は負けましたが、魔王様はなんとか逃げおおせたのです」


 その言葉に、姫は目を見開いた。


「逃げた、ですか?」

「ええ。転生魔法を使用し、別の世界に転生することで殺されずにすみました。もっとも、代償として記憶を失ってはいますが」

「転生……別の存在に生まれ変わるというあの魔法ですか。聞いたことはありますが、そんなことが本当に可能だなんて。しかも、別の世界にとは」


 ミナは頷いて続ける。


「さらに、魔王軍幹部もまた殺されてはおらず、封印という形を取られています。私自身、つい先日まで封印されていました」


 幹部は封印されてて、ミナも前までそうだったってのはちょろっと聞いてた話だ。俺もそこら辺は曖昧だけど。


「と、ということはあなたは魔王軍の幹部なのですか!?」

「本当かよ。姉ちゃん、一体なにやってたんだ?」

「魔王様の側近を」


 まだ、二人は疑っているみたいだ。そりゃそうという感じだが。


「そして、私は目覚めた後すぐに魔王様を捜索し、なんとか見つけ出してこの世界へと連れてくることに成功しました」


 そこまで聞いて、レモナさんはまさかという目で俺を見る。美人な人に見つめられると、なんというか目のやり場に困る。


「もしかして、あなたは」


 なんて答えるべきか。とはいえ誤魔化すわけにもいかない、正直に言おう。

 レモナさんに向き合って、俺は素直に。

 

「記憶はないんですけど、一応……魔王です」


 エグい。自分で自分のこと魔王っていうのかなり恥ずかしいんだけど。中学二年生くらいのときの、痛々しい記憶が蘇ってきそうだ。腕に包帯を巻いたのが懐かしい。

 俺の言葉に、レモナさんは驚愕の表情を浮かべて絶句していた。


「信じられません……」

「ですから、このお金を担保にしていただきたいと思っているのです」

「金やるから信じろってことか。姉ちゃんも無理言うねえ」

「それだけの額は用意しているつもりですよ」


 純金貨。この一枚は、荒唐無稽な話を信じさせられるほどの力を有しているらしい。


「なあミナ。純金貨って、話聞いてる感じだと金貨の上みたいなもんなんだよな? いくらくらいの価値なんだ?」

「大体千枚くらいですね」


 やっっっば。

 クソ大金じゃねえか。この人たちが必要なのって金貨二十枚だったよな、一枚で余裕どころの騒ぎじゃないぞ。一体何ヶ月分の税金をこれで賄えるんだ……。

 そりゃそんだけの額を前金として払ってしまえば、容易に信用を勝ち取れるだろう。超がつくほどの大金を、喉から手が出るほど欲しいであろうタイミングで貰えるってんだから。こんだけ払って嘘つく馬鹿はいないだろうし。


「失礼ですが、レモナ様。あなたがこの村の長なのでしょうか?」

「は、はい。そうですが」

「であれば、話が早いですね。今この場で魔王軍につくと宣言していただければ、この純金貨は差し上げます。そうでなければ……残念ですが、仕方ないとこちら側も割り切りましょう」


 ミナの言葉の端々からは自信が垣間見えた。断るわけがないと、彼女はそう考えているのだろう。

 俺目線から見ても、そう思える。取り立てに来た人間に、村の長が魔法で攻撃されようとしていたほど追い詰められているこの状況。そんな時降って湧いた救いの兆しは、あまりにも大きなもので。

 王手。あるいはチェックメイト。そんな言葉が脳裏をよぎる。

 沈黙が流れる。十数秒、或いはもっとか。思案しているのだろう。民達を、村を背負っているのだから悩むのも当たり前だ。


「……分かりました」


 俯いていたレモナさんは顔を上げる。その顔には、決意が表れていた。


「デザイアは、魔王軍と同盟を結びます」


 分かりきっていた結論を得て、ミナは満足そうに微笑んだ。俺も、とりあえず一安心とほっとする。正直ほとんど何もしてないけど、上手くいってよかった。

 ガリアードさんは何も言わず、ただ腕を組み黙っている。彼は納得しているのだろうか。まあ、上がそう言ってるんだから、彼が納得せずとも大丈夫だろう。


「あなた達は騎士に背いてまで私を助けてくれましたし、ここまでの融資をしてくださるというのなら、もはや断る理由はありません。このままではデザイアがどうなるかも分かりませんし、あなた達についた方が……きっと懸命でしょう」

「そう言ってくださると信じていました」


 そう言って、ミナは立ち上がる。示し合わせたように、レモナさんもソファから腰を上げた。


「ほら、魔王様も立ってください」

「え? ああ」


 言われたとおりに立つと。


「では、これからよろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 レモナさんが手を差し出した。が、なぜかミナは同じようにはせず。


「魔王様。ここは魔王様がやるべきところですよ」


 どうやら、握手をするのは俺の役割らしい。なんか、神輿になってる気がするんだけど。

 いや事実そうか。なんなら、記憶も能力も無いんだからこうなるのは至極当然。

 まあいい。彼女は優秀な側近で、実際こうして仲間が増えたのだから。神輿は神輿らしく、担がれたときにドヤ顔でもしておこうじゃないか。


「じゃあ、俺が」


 俺はレモナさんの手を握る。柔らかい感触が気恥ずかしい。


「これからよろしくお願いします」

「はい。何卒、よろしくお願いいたします」


 俺達は固い握手を交わす。

 こうして、魔王軍に新たな仲間が加わったのであった。

 家を買うときに再統治がって話をしてたけど、秒で現実になったな。まあ統治じゃなく仲間になっただけだけど、よくわかんない俺からすりゃ似たようなもんだ。

 フラグ回収が爆速すぎて、ちゃんと展開についていけてるのだろうか。一般人の俺は心配です。

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