5話 突然の融資
「ちょ、ちょっと魔王様! 危ないことしないでください!!」
「それお前が言う?」
ミナの言葉に思わず反論する。
俺のことさっきドラゴンにけしかけたじゃねえか。なんの知識もなしで。
自覚はあるのか、俺の言葉にミナは一瞬黙ると。
「い、いいえ。それとこれとはわけが違います」
「助かったんだから良いだろ。とりあえず……」
振り返ると、地面に座り込んだままの女の子が俺のことを見上げていた。
「大丈夫……ですか?」
一瞬タメ口になりかけたが、この人が姫だったらしいということを思い出してギリギリのところで敬語に矯正する。
姫、ねえ。まさか俺が姫という立場の人間と対面することになるとは。
澄んだ青色の髪に、はっきりとした目鼻立ち。だがどこかあどけなさの残る、そんな彼女の頭にはさっきも見たが猫耳が生えており、亜人であることがはっきりと見て取れた。
「は、はい。私は大丈夫、です」
手を貸して、彼女を立ち上がらせる。
高そうなドレスには土がかかってしまっていた。綺麗にするのが大変そうだ。
「その、あなたは一体……」
「ああいや、俺はなんというか、通りがかっただけなんですけど」
と、俺がまごついていると。
ミナが俺の隣へと並び、俺に代わって。
「ついさっき、ここに引っ越してきまして。騒ぎが聞こえて見に来たら危ない状況だったので、思わず」
「なるほど……」
「突然割って入ってすみません」
ミナが上手く説明してくれる。猫耳の姫様は納得したのかしていないのか、とりあえず頷くと感謝を述べた。
「いえ、助かりました。あのままだとどうなったか」
「それなら良かったです。越してきた村で何か起こってしまうのは悲しいですから」
にしても、物騒な話だ。
折角城を買ったというのに、そこの村のお偉いさんがあんなことになって。俺が入らなければ怪我……ですめばいいけど、もっととんでもないことになった可能性すらある。
異世界ってやべえ。日本って平和だったんだな。
「兄ちゃん、助かったよ」
と、一歩下がって二人を見ていると、横から話しかけられた。
ガタイが良く、顔が厳つい男だ。そんな彼にも猫耳がついていて、流石にギャップ萌えすぎる。
「本来なら俺達が助けなきゃいけない立場なんだが、色々事情があってな。兄ちゃんがいなかったら危なかった」
そう言って肩を叩いてくる。手がゴツくてでかい。
滅茶苦茶強そうだから全然助けられそうだけど。事情があるとは、一体どういうことなのだろうか。
「姫様、一旦館に戻ろう。客人をもてなさんといけないし、あんたも服が汚れてる」
男の言葉に、姫様と呼ばれた彼女は自分の服を見下ろす。
「そう、ですね。お二人共、是非館にいらっしゃってください。豪華なものは用意できませんが……」
どうやら、家に来いとのことらしい。
ミナは俺をちらりと見た後。
「よろしいのですか?」
「ここに引っ越してきたんだろう? 仲を深めるのにも丁度いい、ぜひ来てくれ」
そう言うと、男は快活な笑顔を浮かべる。
「俺はガリアード。そこの姫様に仕えてる、まあ使用人みたいに思ってくれりゃ良い」
「あ、えっと。レモナと申します」
ぺこりと、姫様が頭を下げる。その仕草はどこか様になっていて、服が汚れていようと高貴さを感じさせられた。
「とりあえず、どうぞ。ガリアード、お茶を用意してね」
「あいよ」
「魔王様、行きましょう」
ミナもこう言っているし、とりあえず行ってみるか。
レモナさんは周囲に集まった人たちへひと声かけてから、道を歩きだす。俺はその後をついて歩いた。
異世界行って、ドラゴン倒して大金稼いで城買って、ついには姫様の家にお邪魔することになるとは。激動の一日すぎるだろ……。
※
館は、思ったより質素な作りであった。とはいえ身分相応の大きさで、通された部屋も広い。
俺達がソファに並んで腰掛けると、木製の机の上にカップが三つ用意された。ガリアードさんはそれに慣れた手つきでお茶を注ぐ。
「どうぞ。そんな良いもんじゃないが」
「ありがとうございます」
口をつけてみると仄かに葉の香りが漂い、すっきりとした味が喉を通る。
お茶の良し悪しはわからないが、普通に美味しい。
対面に座るレモナさんは、服を着替え綺麗な格好へと変わっていた。といっても、姫という言葉から想像するようなきらびやかなものではなく、なんというか普通の服であるが。
ガリアードさんはその横で、お付きの人らしく立っていた。
「まずは、助けていただきありがとうございました」
レモナさんは頭を深く下げる。
「いや、俺はただ……なんというか、無事で良かったです」
助けたというか、やばいと思って体が動いちゃっただけだったから、感謝されるとどうもむず痒い。
「引っ越してきたということですが、どちらに? 申し訳ないのですが、こちらではそういったことは聞いていなくて」
「南の丘にある城に」
ミナの答えに、レモナさんは目を丸くする。
「そうでしたか。本来なら手厚くもてなしたいところですが、そうもいかず。大変申し訳ありません」
こちらを向かずにツンツンと、横っ腹をミナにつつかれる。
お前が答えろ、ってことか? ミナがなんか言うだろと思って黙ってたら、どうやらそれじゃダメらしい。
「いや、全然大丈夫ですよ。俺達もてなされるようなあれじゃないんで」
「お気遣い痛み入ります」
言葉遣いが丁寧だなあ、なんて平民の鑑のような感想を思い浮かべつつ。
「ところで」
ミナが一拍置いて。
「先程の騒ぎについて、お聞かせいただきたいのですが」
「……そう、ですよね」
確かに、俺も気になっていた。
あの男とのトラブル、一体何が原因でああなったのだろうか。
「勿論お話させていただきます」
レモナさんは一瞬迷うような素振りを見せた後、すぐに話しだした。
「私達デザイアの民は、常々重税に悩まされておりまして。今まではなんとかなっていたのですが、今年は不作で……」
「なるほど。となると、あの男は」
「彼は取り立てにやってきた、国の騎士です」
想像してたのと大きく相違なさそうだ。
税金でトラブって上の人から取り立てられてたと。ただ、問題は……。
「にしては、過激な方に見えましたが」
ミナの言葉に、レモナさんは顔を伏せる。
「私達は以前、魔王軍の一部でありました。ですが魔王が負け、それからこの国――聖剣国に統合されまして。彼らが敵であった私達をまともに扱うはずもなく、彼らは私どもを圧制の下に置いております」
猫族は魔王軍と親睦が深かったと、家を買う時にミナが言っていた。
そうか、と気がつく。魔王が負けた。それはつまり、その仲間たちも負けたわけで。
残された人たちが戦勝国に支配され、不当な扱いを受けることになる。これは、現実世界でも見たことがある展開だ。
「……なるほど」
「何十年もの間、他の村よりも重い税を課されたりしてきました。それでもなんとか耐えていたのですが、ここ最近は特に酷くなってきていて」
彼女は溜息をつく。
「今年は不作も相まってついに払えなくなってしまい、どうにかとお願いをしたら……ついには、私にあのようなことを」
「俺も止めたかったんだが、姫様から何もするなってお達しが出ててな。ぶん殴ってやりたいところだったんだが、そうもいかんでよ」
「ガリアードが関わっても、余計な刺激を与えるだけですから」
なんか、何も言えなかった。
だってこれ、俺のせい……なんだよな。魔王が負けたせいでこんな扱いをされているのだとしたら、その責任は、魔王を前世に持つ俺に降り掛かってもおかしくはない。
正直、全く釈然とはしないが。だって魔王の時の記憶とかマジでないし、それにこの世界につれてかれて俺はまだ初日だ。
「魔王何やってんだよお前勝てや」って感じ。前世さん何してんねん。
とか考えていると。
「…………」
何故か、ミナが俺の方を見た。
じいっと。
「……?」
「……」
何かを伝えたいのか。もしくは何か言えってことなのか。
思案していると、彼女はふいに視線をレモナさんへと戻す。
「ある程度であれば、ですが」
そう前置きしてから、ミナは。
「私達が払っても構いません」
なんか急にとんでもないことを言い出した。