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4話 引っ越し数分後に大トラブル発生

 ミナに案内され訪れたのは、"ゴウルの不動産"というらしい一軒の店だった。

 ドアを開ければ、カランカランとベルが鳴り。奥の机でなにか作業をしていたらしい男が、顔を上げて出迎えてくれる。

 薄暗い部屋の中、彼は優雅にお辞儀をしてみせた。


「いらっしゃい」


 顔に刻まれたシワを、どこか不気味な笑顔と共にくしゃりと歪める。

 なんか不気味な人だな。そんな失礼なことを考えていると、ミナが早速要件を話し出す。


「お城を買いに来たのですが、良い物件はありますか?」

「城?」


 男は目を丸くすると、じいっと俺達を交互に見つめる。


「冷やかし……には、その表情からは思えないですね。そんなお金持っているのですか、君たち若いでしょう」


 ミナは男の方へと近づき、彼の目の前の机に懐から取り出した巾着袋を置いた。俺も追って、そこに近づく。


「純金貨が五十枚あります。足りないでしょうか?」


 男は黙って巾着袋を解くと、その中を見てにやりと口の端を吊り上げた。


「確かに。素晴らしいですね、どうやって手に入れたのかが気になりますが」

「色々頑張りまして」

「ほお。まあ、私は金さえ貰えればなんでも売る主義ですから、あまり詮索はしないでおきましょう」


 男はすぐに立ち上がると、傍にあった棚から紙束を取り出す。机に広げられたそれを見てみると、どうやら物件の情報が書き込まれているみたいだった。城の絵と、その下に文字らしきものが書いてある。

 文字らしきものと言ったのは、その内容が全く読めず、本当に文字なのか確証を持てなかったからだ。英語の筆記体のような雰囲気を感じる崩れ文字は、その内容がどういうものなのか皆目見当がつかない。多分異世界特有の言語なんだろう。


「ご自由に見て下さい」

「ありがとうございます。魔王様、一緒に選びましょう」

「あ、ああ」


 とはいっても、俺が見て分かるのは精々描かれた城の外観くらいだ。全部おしゃれだなあと思うくらいで、何を選べば良いのやら。


「これは……立地がダメですね。大きな街の中心地じゃ動きづらいことこの上ないです」

「へー」


 そうなんだ。マジで何もわからない。


「どこにしたいとか、そういう目星は付けてるのか?」

「ある程度、私達にゆかりのある土地が良いですね。以前統治していた街が近かったりすると、再統治を図る際に何かと都合がいいでしょう」

「ほお」


 さらっと再統治とか言ってるんだけどこの人。怖い。そんなことしていいの?


「前に亜人に縁があるって言ったの、覚えていますか」

「ああ、覚えてるよ」

「以前、魔王軍は主に亜人で構成されてました。魔王軍とは、亜人を集めた軍のことでして。当時の亜人たちは人々から奴隷扱いされていて、その立場から脱却しようと、そうして立ち上がったのが魔王軍だったんです」

「へー、そうだったのか……」

「もっとも、負けてしまったわけですから、亜人達は元の立場に逆戻りしてしまったでしょうけど」


 ミナは悲しそうにそう呟く。

 なんか、思ってた魔王軍と違うな。

 俺がイメージしてたのは、化け物とかモンスターを引き連れて戦う悪の権化みたいなのだったんだけど。


「悪い人たちじゃなかったのか?」

「見る人次第ではそうだったのかもしれませんが、私達には私達なりの正義がありました。虐げられていた亜人達が必死になって戦ったこれを、悪だと断ずることこそが悪だと思います」

「なるほど……」

「魔王様は覚えていないかもしれませんが、魔王様が立ち上げたのですよ? 亜人がこんな扱いを受けているのは許せないって。それに追随した者たちが集まったから、リーダーの名を冠して魔王軍って呼ばれたんです」


 真剣に語る彼女の言葉に偽りはなさそうだった。

 どうやら、認識を改めねばいけないみたいだ。前世の俺は、どうやら悪いやつではなかったらしい。

 聞いてる感じじゃ、ひどい目にあってた人たちが立ち上がって反逆したって感じだ。しかも俺はそういう人達を助けようとしていたどころかその先頭に立っていたみたいで、なんか信じられない。

 俺、そんなに勇敢なやつだったのか。いやまあ、詳しく聞けばもっと他の理由もあるんだろうけど。にしても本当にイメージしてたのと違うな。


「ま。ですから、お城を買うなら仲の良かった亜人が沢山居る地域がいいでしょう。例えば……」


 ミナはパラパラと紙をめくっていき、ある一枚に目を留める。


「これとか」

「なんかすごそうな城だな」

「お城の見た目じゃなくて。ほら、ここ見て下さい」


 彼女はヘニャヘニャとしていてよくわからない文字の一部分を指差す。


「デザイア。ここはのどかな田舎町ですが、猫系の亜人である猫族が暮らしていたはずです。猫族は魔王軍に居たものも多かったので、かなり狙い目ですね」

「そうなのか……」


 猫族。猫耳でも生えているんだろうか。

 なんかいいな。いや下心とかは無いですけれどもね。いいですよね、猫耳って。


「……あのですね」


 と。

 目の前で、おじいさんが苦い顔をしながら頬をかく。


「今の話、なにかの冗談だと思っておきますよ」


 あ。

 はたと気がつく。統治がどうのとか魔王がどうのとか、よく考えりゃ聞かれちゃまずいんじゃ。


「な、なあミナ。良かったのか?」

「いえ、大丈夫ですよ。どうせしばらくしたら私達のことはバレますから」


 だが、どうやら彼女は俺の疑問をすでに把握しているらしかった。


「マジで? 一応隠しといたほうがいいんじゃないのか」

「隠していると、いつまで経っても魔王様が復活したことが周りに知られませんから。ほら、ギルドで話していた時も、私は魔王様のことを堂々と魔王様と呼んでいたでしょう? あれはいい宣伝になるから、そうしていたんです」


 ミナは淡々と話す。


「魔王がどうとか言ってるやつがいる。それが広まっていけば、魔王が復活したかもしれないと噂になるかもしれません。そうすれば、各国にいるまだ魔王様を信じてくれている人に、話が届くかもしれない。まあ、そんなにラッキーなことそうそうないと思いますけど」

「策があってそうしてたってことか」

「その通りです」


 やばいな、ミナ。滅茶苦茶頭回ってるじゃん。あの一挙手一投足に、そんな意味が込められていたなんて。


「すごいなお前」

「私は魔王様の側近ですからね。いっぱい褒めてくれてもいいんですよ!」

「すごいまじですごいぞ」

「えへへぇ」

「……本当に聞かなかったことにしますからね」


 おじいさんはそう言って目を逸らすと、椅子に深く腰掛けて腕を組んだ。もう関わりたくないという雰囲気がありありと表れている。

 ミナは俺と視線を合わせ、何やらちょっと正確の悪い笑みを浮かべた。この状況が楽しいらしい。


「では、このお城をください」


 差し出された紙を受け取ったおじさんは、それを見て溜息を付く。

 

「純金貨四十八枚になりますが、いいんですね」

「はい、構いません」

「……これを売ったからって、国から消されたりしませんよね。怖いのですが」

「そうなったら私達が守ってあげますから。危なくなったら来てください、歓迎しますよ」


 苦虫を噛み潰したような顔をして。

 おじいさんは、紙に手を当てた。すると、そこから魔法陣が浮かび上がってくる。


「契約する者はこちらに手を当ててください。所有権が移りますから」


 へえ。そんな便利な魔法まであるのか。ゴタゴタした書類でのやり取りがなくて楽そうだ。


「魔王様、どうぞ」

「俺でいいのか?」

「魔王城の所有者が魔王様でなくてどうするんですか」


 まあ、それもそうか。納得しつつ、魔法陣の上に手を重ねる。


「《コントラクト》」


 すると、一瞬強い光を放ち。同時に、俺の手の甲に魔法陣が現れた。


「こ、これは?」

「それは所有の証ですな。それを持っている限りは、その城はあなた様のものであるという証明になります」


 これが証明書みたいなもんなのか。

 そうこうしていると、すうっと魔法陣が消え、俺の手は元の姿に戻ってしまう。


「消えちゃったんですけど」

「意識すれば、魔法陣が現れます。必要なときにお使い下さい」


 ほう。意識すれば、か。便利なもんだな、ほんとに。

 

「では、代金をいただきます」


 おじいさんは袋から純金貨をきっちり四十八枚数え、机の中にしまった。

 ほぼ空になってしまったそれを、ミナは懐に仕舞う。


「ありがとうございました。行きましょ、魔王様」

「あ、ああ。ありがとうございました」

「また来てください、とは言いづらいですね……。せめてお元気で。なにか起きたら頼みますよ」

「はい、いつでもいらっしゃってください!」


 店に入った時とは違う、哀愁に似た雰囲気を漂わせているおじいさんに礼を告げ、俺達は退店する。

 にしても、滅茶苦茶早く終わったな。城を買うのってこんなに簡単なのか。


「じゃ、早速買ったお城に向かいましょう!」

「ああ。でも場所はわかるのか?」

「魔王様、流石にあれだけの大金を払って買ったお城の場所が分からないほど、私も馬鹿じゃあありませんよ」

 

 ふふん、とミナは鼻を鳴らす。


「ちゃんと確認しておきました。近くまではゲートで飛べますから、そこからは歩きましょう」

「ああ。直では行けないんだな」

「はい。私のゲートは、行ったことのある場所までしか開けないんです」


 へえ、そんな縛りがあったんだな。けど行ったこと無い場所ですらゲートで行けたら強すぎるか。そういう縛りがあって然るべき性能かもしれん。

 ゲートをくぐると、次は知らない町にいた。道は整えられてはいるものの舗装はされておらず、周囲には畑があったりと、さっき居た街と比べるとあまり発展していなさそうだ。


「平和なとこだな」


 最初に来た、あの魔王城が開墾されてたとこに似ている。のどかな田舎町って感じだ。

 ここがデザイアか。かっこいい名前とは違って、マジで平和そうだ。


「場所は……えっと、確かここが……」


 ミナが何やら悩んでいる間、俺は景色を見回し感傷に浸る。のどかな異世界って、いいよな。ロマンを感じる。

 よく見てみると、畑で作業をしている人や、道を歩いている人たちには猫耳と尻尾がついていた。これが猫系の亜人ってことか、すげえ……。

 2000年代のアニメでよく見た猫耳に感動を覚えていると。



 ――――爆発音。



「っ!?」

「うおっ」


 突然、どこかから明らかな爆発音が聞こえた。同時に町の奥で土煙が上がっているのが見える。


「えっなんだ?」

「なんでしょう。事故でしょうか?」


 だとしたら大事故じゃねえか。思わず、俺はミナと顔を合わせた。


「行ってみますか?」

「今はまだ部外者だけど、ここに住むことになるんだろ。だとしたら、ご近所との関係は円滑にしときたいよ。俺は」

「なにかあるのなら手伝いたいと、そういうことですね」


 彼女はそう言ってこくりと頷く。


「向かいましょう。私も同意見です」

「よし」


 地面を蹴り、走り出す。

 しばらく行くと事故現場と思われる場所についた。町の中心、広場のように開けた場所。そこには人だかりができており、やはり何かが起こったのだと分かる。

 だが……何かおかしい。


「……?」

 

 人だかりは、囲うようにして広がっていた。まるで中心になにかがあるみたいに。

 後ろから覗き込んでみると、その中には一人の男と、地面に倒れ込んだ女の子がいた。男の顔は笑顔で引きつっており、反対に女の子の顔は苦悶に満ちている。

 共通点といえば、二人共普通の村人のような格好ではなかった。ある程度……豪勢というには大げさだが。品位のある風貌というか、有り体に言えばどこか貴族のような雰囲気がある。

 女の子は軽めの青いドレス。男は、所々金色の装飾が施された鎧を全身に身にまとっている。

 それと、女の子には猫耳と尻尾が生えていた。


「おいおい姫様、舐めて貰っちゃ困るぜ」


 男が怒鳴る。


「税金は払えねえ、その割には対価も用意できてない。挙句の果てには連れてかれるのも嫌だって、そんなん贅沢がすぎんだろ?」

「で、ですから! 一ヶ月には必ず用意すると!」

「んな勝手な言い分信じられるわけねえだろ」


 うーん……?

 何の話だかイマイチ掴めない。税金、そしてその周辺の言葉から察するに、税金関係の話でトラブったのだろうか。異世界にも税金があるって、嫌な話だな。


「だからこの俺が直々にお前を貰い受けて、それで許してやるって言ってんのによ」

「わっ、私は曲がりなりにもデザイアの姫です! そんな急な話到底受け入れられません!」

「姫、か」


 男は、その言葉を吐き捨てるかのように笑う。


「ハッ。亜人の姫ねえ。そんなもん価値ねえだろ、亜人なんだから。てめえらが姫持ってどうすんだよ」

「あ、あなた……っ!!」

「でもお前は面がいい。だからいいぜ、てめえが俺に跪くんならまあ、一ヶ月くらいの税金は免除してやるよ」


 状況を見る限り、恐らく女の子の方はこの村のお偉いさんだろう。デザイア――確かこの村の名前だったはずだ――の姫って言ってたしな。で、男の方は税金を取り立てに来たもっと高い地位の人。

 税金が払えないってのは明らかに女の子達含めたこの村の問題だろうが……。

 男も男で、そこまで言うことは無いんじゃないのか? これが異世界の文化だったりすんのかね。


「それとももう一発魔法をぶち込まれたいか? いいぜ、次は外さねえ」


 男は右腕を持ち上げ、気味の悪い笑みを浮かべる。見ると、女の子の近くの地面にはクレーターがあった。

 なるほど、こいつが魔法を使って、地面に当てたのか。それがさっきの爆発音、そして土煙の原因ってことだろう。


「選べ。どっちにするか」

「せ、せめて一日でも待ってください、そうすれば!」

「ダメだ、ここで選べ。俺は待てねえ、やるなら早くやりてえんだよ」


 突き出された男の手の先に魔法陣が展開される。

 同時に、背筋にゾクゾクとした悪寒が走った。まさかあいつ、魔法を人に撃つつもりなのか!?


「ミナ、あれ」

「……まずいですね」


 目の前の光景を真っ直ぐ見つめながら、ミナは顔をしかめる。


「人が……それも亜人が死ぬところは見たくありません。それに猫族となればなおさらです」


 みるみる内に、魔法陣が光を増していく。女の子は地面に手をつき、項垂れて目を瞑ったままだ。

 おいおい、流石に降伏したほうが良いんじゃないのか。じゃないと死んじゃうぞ!?

 くっそ、マジか。とはいえ、俺も人が死ぬとこなんか見たくない。


「…………」


 思考が駆け巡る。

 そうだ、俺は魔法が使える。それもドラゴンが倒せるくらいの。もしかしたら俺が、俺なら……。


「さあ! 選びな!」


 女の子は何も言わない。いや、言えないのか。事情は察せられないが。

 魔法陣が、ついに最大の輝きを放って。

 いかなければ行けない気がした。俺には関係ないのだから放っておけばいいのに。理屈じゃない、完全なる感覚だ。俺ってそんなお人好しだったか?


「くそッ!!」


 考えてる暇はない。

 俺は勢いよく地面を蹴ると、同時に素早く詠唱をする。


「ポセイドン、チャーム、センド!」


 人だかりから抜け、女の子の目の間へと飛び出す。男は歪んだ笑みを浮かべ、唱えた。


「《ショックボルト》」


 瞬間、男の魔法陣から眩いほどの光が発せられる。

 いや、光じゃない。それは質量を持って空間を這う、稲妻だ。

 弾けるような音と共に迫りくる複数の雷光に、俺は右腕を突き出し叫んだ。


「ディシジョン! 《カスケード》ッ!!!」


 荒れ狂う清流が放たれ、迫りくる電撃を迎え撃つように激突した。心の臓まで響くような重低音が鳴り、続けて弾けるような音が耳を突き刺す。

 互いに放った魔法が、互いに打ち消し合う。

 ――否。

 

「っ!」


 俺の魔法が明らかに競り勝っている。カスケードは、すぐに雷を撃ち抜いた。


「んなッ!?」


 押し勝った水流がそのままの勢いで男の体を穿とうとし、男は身を捩る。ギリギリ避けられたものの着ていた鎧の一部分が欠け宙を舞い、日光を反射してきらりと光った。

 あ、あっぶね。そんなつもり無かったのに、結果的に男を攻撃してしまった。避けてくれて助かった……。


「てめえ……何者だ」


 男は顔を歪めた。ただ、それは決して笑顔ではない。

 余裕を崩された、油断が打ち崩されたという表情に、俺は沈黙で答える。


「…………」


 いや、なんて答えればいいのかがわからず突っ立ってるのほうが正しいか。

 名乗ればいいのか、それとも気の利いたことの一つでも言えばいいのか。迷っていると、男は「はっ」と吐き捨てた。


「名乗りもしねえ。どうせそいつの付きだろ?」

「それは」

「いや、いい。ここは引いてやるよ、やり合ったらめんどくせえ。この町にてめえほどの実力者が居たとはな」


 実力者? 俺のことか?

 男は背を向け、歩き出す。警戒しながらもそれを見つめていると、少しして彼が振り返った。大きく開かれた目が俺をすり抜け、奥にいる女の子を捉える。


「数日待ってやる。次来るまでには用意しておけ」


 そうして、彼はどこかへと立ち去っていった。

 沈黙が響く。

 どうやら危機が去ったらしいと分かり、俺はようやく警戒を解いた。同時に、奥からミナが走ってくる。

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