2話 こちら一般学生、どうやら強すぎるらしいことが判明
「その開墾っての、どうにかして止められなかったのか」
俺の問いに、ミナは情けない表情を浮かべ言う。
「頑張ろうと思ったんですけど、全然無理でした。私もつい先日まで封印されていましたから」
「マジかい」
「おかげで、あれから百年も経ったのにちっとも体が成長していません。困ったものです」
言われてみれば、百年も前の話をしている割に彼女の外見は若々しい。封印ってのは、どうやらそこら辺の成長までまるっと止めてしまうみたいだ。
いや、てかそうじゃなくて。
「問題はそこじゃねえだろ……」
内心でため息を付きながら。
まあ仕方がないか、これは。俺も男だ、やると決めたことはやってやろうじゃないか。
「はあ、分かったよ。それで、そんな状況で拠点を手に入れるってったってどうすりゃいいんだ?」
「簡単です。お金を稼いで、適当なお城を買ってしまえばいいんですよ」
「城ぉ?」
「はい。魔王様には、それ相応のお城が必要ですから!」
まあそりゃ、魔王といえばでっかい城で図々しく高そうな椅子に座っているイメージがあるけれども。
簡単に言うミナに、俺は半ば呆れてしまいながら。
「そんな簡単にお金稼げるのか? ミナ、お金ないんだろ?」
それも明日の食費に困るレベルでな。結構エグいだろそれ。
だがミナは、そんな俺の言葉にちっちっちっと古典的な反応を返してくる。
「甘いですよ、魔王様。あなたはその身に潜む潜在能力に気がついていない」
「はい?」
「とりあえず私についてきてください。説明は後でしますから」
そう言って、ミナはさっきのゲートやらを開き、身振りで入るよう促してくる。
大人しくそれに従うと、さっきのよくわからない感覚が再び訪れ。
次の瞬間には、周囲の景色が一変していた。同時に、強烈な熱気を感じて思わず顔をそらす。
「なんだここ……」
とにかく、暑い。いや、もはや熱いとすら言えるレベルかもしれない。それがなぜなのかは、周りを見ればすぐに分かった。
信じられない話なんだけど。
目の前に、溶岩と思しきものがある。そしてさらに、辺りの至る所に火がつき燃え盛っている。空は遠く先まで灰色に覆われており、溶岩や炎から発せられる光のみが辺りを照らしているようだった。
とんでもない場所だと、素直にそう思った。情けない限りで申し訳ないが、心の底から怖い。普通に。
「よっこいせっと」
「なあミナ、これって何かの冗談だったりする?」
「はい?」
田舎のおばあちゃんみたいな掛け声とともにゲートをくぐってきた彼女は、その言葉に小首を傾げた。
似たような光景をゲームで見たことがある。溶岩がドロドロと地を這っていて、画面が赤みがかっていて。見ているだけでこっちまで熱くなってしまうような、そんなステージ。
嘘みたいな話だが、多分俺はそういう所に来てしまったのだ。ちょっと前まで学校にいたんだけどなあ、どうしてこうなった。
「魔王様。ここはニヴルヘイムの火山です。覚えていませんか?」
ミナが聞いてきて、俺は首を横に振る。残念ながら綺麗さっぱり記憶がございません。
「いや、全く」
「そうですか、では簡単に説明しますね。火山です」
え、それで終わり?
俺の表情から察したのか、彼女は慌てて付け加える。
「ああ! すみません魔王様、説明が足りなかったですよね。火山というのはとても熱いところで」
「そこじゃねえよ」
知っとるわんなもん。
「火山はあっちの世界にもあるよ」
「ええ!? で、では何がわからないのでしょうか?」
「強いて言うならそれ以外の全てかな」
「と言うと……ニヴルヘイムの部分ですか」
俺が頷くと、彼女はようやく分からないところが分かったようで。
……ややこしい表現だな。
「ニヴルヘイムというのはですね、とても寒い地域として有名な国です。北方に位置していて、来るのにも普通ならかなり時間がかかります。今回は私のゲートでひとっ飛びでしたけど」
「へえ。でもここ、めっちゃ暑くないか?」
「そうなんです」
よく分かりましたとでも言わんばかりに、彼女は大げさに頷く。
「ニヴルヘイムの火山の特異性はそこで、とっても寒い地域の中にある、とっても暑い火山なんですよ。このレベルで暑い区域は、世界中探してもそうそうありません」
ほおほお。要するに寒い国にある珍しめの火山帯ってとこか。
「で、そんなところにわざわざ何のようなんだ?」
「当然、お金を稼ぐためです」
炭鉱でもするのだろうかと思っていると、彼女は遠くを指差す。
「あそこ。よく見たら、ドラゴンがいるじゃないですか」
「え゛っ!?」
思わずでかい声が出た。
嘘だろ、ここドラゴンいるの? とんでもない所に連れてこられてるんですけど。
ミナの指が差す方向をよく見る。と、確かにそれらしき物体が確認できた。
「マジか」
赤くて、デカい翼を持っている。遠くからだからよく見えないけど、顔も結構イカツめな気がした。ぼーっと突っ立っているように見えるが、今は休んでいるのだろうか。
よく分からんけど、ともかくとして本当にドラゴンがいた。フィクションの産物じゃなかったんだな……。
妙な感動を一人で受け止めていると、何やら視線を感じて。見ると、ミナがニコニコと微笑んでいる。
「な、なんだよ」
「魔王様。ドラゴンの鱗とか角とかって、ものすごーく高く売れるんですよ」
「……え?」
そのセリフに、思わず疑問符が口をついた。
「どういうことだ?」
「どういうこともなにも、魔王様。簡単な話じゃないですか」
嫌な予感がしたせいか、それともここが暑いせいか。
汗が頬を伝って、地面に落ちる。
「魔王様には、ドラゴンを倒してその素材で荒稼ぎしてもらいます」
「おっけーちょっと待ってくれ」
俺はすぐにストップをかけて、話を中断させた。
現実を見ていたようで、俺は童話でも読んでいたのだろうか。変な世迷言が聞こえた気がするんだけど。
「よく考えてくれ。俺にそんなことできるわけがないだろ」
俺は一般高校生。しかも家でゲームしかしていないタイプのだ。これがラグビー部で全国行きましたみたいな人とかだったらまだ、百歩譲ってまだ分かるけど……いや分かるか? 二億歩譲っても分からなくないか? ムキムキのラグビー部でもドラゴン相手は流石にキツくないか?
ともあれ、俺には明らかに無理だろ。どうやって戦うんだ? 見るも無惨に喰い殺される気しかしない。
「魔王様。さっき言ったじゃありませんか」
「え?」
「魔王様には、その身に潜む潜在能力があります」
言われて、そういえばと思い出す。
「そういや、そんなことも言ってたな。それを使えば、俺はドラゴンを倒せるのか?」
「その通りです!」
元気なミナのテンションに、俺はどうもついていけていない。
「それって具体的になんなんだよ」
「そうですね。簡単に言うと、魔法の才能です」
「……魔法の才能?」
「はい。魔法の才能」
オウム返ししたらオウム返しが返ってきた。これじゃあちょっと賢い鳥同士の会話ではないか。
「魔法が自由自在に使えるみたいな、そういうことなのか?」
「うーん、そうですねえ。魔法全般に対する圧倒的な天賦と言いますか。まあ一旦はそういう認識でもいいと思います」
「はあ」
「いずれ、魔法を学んでいくと分かると思いますよ」
いまいちピント来ないが、なんか俺才能があるらしい。
まあ、素直に嬉しくはある。今までの人生、他の人より秀でてることなんか全然なかったからな。こうして他人に才能があると褒められるのは初めてだ。
よおしお兄さん魔法でバリバリやっちゃうぞ、とまあそう上手くいけばいいのだが。
「魔王様。再度確認しますが、やっぱり魔法については何も覚えていないんですよね?」
「ああ、全く」
「分かりました。であれば、まずは簡単な魔法から使ってみましょう」
ミナはそう言うと、
「――――どぉーらごぉーんさあああああああん!!!!!!!」
突然、遠くにいるドラゴンに向かって叫び始めた。
「ちょっ、はあ!? お前何してんだ!!」
「こっちですよー!!! 美味しい獲物がいますよー!!!」
するとすぐに。
ミナの声とは桁違いの、空気が震えるような怒声が鳴り響く。
「――――オ゛オ゛オオオッッッ!!!!!!」
ドラゴンの咆哮だ。ミナの声で、俺達に気がついたのだ。
それは遠くで首をもたげると、巨大な翼をはためかせ淀んだ空へ体を持ち上げる。
俺とドラゴンの視線が、中空でかち合ったような気がした。背筋に感じたことがないレベルの悪寒が走る。
「っ!?」
そして、一気にこちらへと向かってくる。
は、速い。ジェット機かってレベルだ。
あいつとの距離は、恐らく一キロも無いだろう。すぐにここまで来てしまうはず。
「おいミナどうすんだよこれ!?」
だが、焦っている俺とは違ってミナはとても冷静だった。
彼女の声は落ち着いていて、死ぬだなんて微塵も思っていなさそうだ。
「魔王様。今から詠唱文を教えますから、私と同じように動いて、唱えてくださいね」
「は、はあ!?」
「いいですか? いきますよ」
有無を言わさない態度に、俺は喉まで出かかっていた文句を飲み込んだ。
糾弾して死ぬか、生き残ったのち糾弾するかであれば俺は後者を選ぶ。覚えてろよコイツ……!!
「ああ、分かったから早く!」
俺が急かすと、彼女は右手を広げて前に。ドラゴンの方に向けて、突き出した。
同じように、俺もそうする。続けて、俺はミナが言った言葉を繰り返して唱えた。
「ポセイドン。チャーム。あと、センドです」
「ポセイドン、チャーム、センド……っ!?」
すると、手のひらの向こうに魔法陣が浮かび上がった。金色に輝いていて、二重円の外側には古文のような崩れた文字らしきものが、中側には星のマークが現れている。
魔法だ。俺は今、魔法を使っている。信じられない体験だ。
ミナはそれを見て、動じずに淡々と続けた。
「ディシジョン。《カスケード》」
その一単語一単語にどういう意図があるのか。
今はそれを考えずに、俺は無心で、ただ口と喉を動かす。
「ディシジョン……《カスケード》」
次の瞬間。
魔法陣から、透き通った激流が轟音と共に噴出した。
「うわっ!?」
それはまるで水で形作られた槍かのように、激しく水滴を散らしながら、空を切る勢いでドラゴンに向かって飛来する。
そのまま、水流がドラゴンの胴体を貫いた。水の流れが赤く染まり、空に鳴声が響く。
「ギャオオオッッ」
弱々しく悲鳴を上げたドラゴンは、そのまま姿勢を崩すと無抵抗に空から墜ちる。そのまま勢いよく地面に激突すると、衝撃音と同時に土煙と剥がれた溶岩石の地面が舞い散り、パラパラと軽い音を立てた。
「流石です、魔王様!」
隣でパチパチと手を叩くミナに、俺は半ば放心状態で尋ねる。
「……終わった、のか?」
「はい。あの様子じゃ、多分倒せているはずです」
マジか。あんなデカい図体のやつを、空を飛んでしまうような化け物を。
一撃だったぞ。一撃で終わった。たった一度魔法を使っただけで、どうやら、俺はドラゴンを倒してしまったらしい。
「……」
自らの手を、ぼうっと眺める。
これが、魔法の才能。天賦とまで言われた、俺の潜在能力なのか。