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1話 俺の前世は魔王だったらしい

「あなたの前世は魔王なのです」


 日本の片田舎。対して広くもないリビングで、机の向かいにちょこんと座っている美少女は、その外見に似合う可愛らしい声で、俺に一言そう告げた。


「……はあ」


 冗談にしてはつまらないと、シンプルにそう思った。

 学校から帰っている道中、家の前で話しかけられ。なんだか俺に用があるみたいだったから、不審に思いながらも長話っぽかったので一応家に招き。

 椅子に座らせお茶を注ぎ、そこまでして聞いた話がこれか。親から人には優しくしろと教えられたが、それも今度からは考え直さなければいけないかもしれない。


「そうですか」


 俺は手に持っていたお茶を置き、廊下の方を手で差す。


「では、お出口はあちらなので」

「本気で言ってるんです!」


 俺の発言に怒ったのか、彼女はぷんすかという擬音が似合いそうな感じで頬を膨らませる。

 童顔で、かわいいという言葉がそのまま当てはまるような顔立ち。さらさらと流れる、雪のような銀の長髪。鈴が鳴るような可愛らしい声に、あざとさの残る挙動。清楚な白のワンピースは、その外見を引き立てるのに一役買っている。

 見た目の可愛さに騙されそうになるが、よく考えろ俺。状況だけ考えればこいつはただの不審者だ。


「あなたの前世は魔王なんです! 私は本気です!」

「はあ」


 少し考えてみる。

 多分この子は、見た目的に中学生かそこらだろう。可哀想に、きっとこの頃爆発的に流行る感染病『中二病』に罹患してしまったに違いない。

 俺も高校二年生だ。人生の先輩として、こういう悲しい子どもの話を聞いてあげるのも、また一つの仕事なのかもしれないな。


「そっか。じゃあ、そのせって……状況を、詳しく教えてくれるかな」

「は、はい。百年前、勇者軍に敗北しそうになった魔王様は、死を避けるため自らに転生魔法をかけたんです。そうして……」


 な◯う小説かよ。

 話の約七割を聞き流しながら、脳内でツッコむ。

 きっとこの子は、今そういうのにハマってるんだろうなあ。おじさんにもあったよ、そういうの。腕に魔法陣書いて詠唱したりしたよ。できるだけ思い出したくない記憶だけどね。

 てか女の子でこのタイプの中二病にかかるの珍しくない? そういう”異端さ”もかっこいいと思う時期なのかな。おじさんもあったよそういうの。


「……それで、紆余曲折あって、なんとかこの世界に魔王様が転生していることを突き止め、こうしてここまで馳せ参じたのです」

「すごいねえ」

「本当に思っていますか!?」

「思ってるよ。本当にすごいなあって思ってる」


 そこまで設定詰められるのって、創作の才能がありそうだ。


「じゃあ、どうやってここに来たのかな」

「それはゲートで……待ってください、魔王様はゲートは分かりますか?」

「ああ、英語で入口みたいな意味を持つ単語だよね」

「え、エイゴ? エイゴってなんですか?」


 どうやらこの子は英語というものがわからないらしい。

 キャラ作りがすごいな。それを見ず知らずの俺にやっているというのもすごい。役者の才能まであるみたいだ、食っていくには困らなさそうだな。


「そもそも魔王様、前世の記憶はあるのですか?」


 聞かれて、迷う。乗ってあげたほうがいいのかなとも思うけど、まあ俺もこの年だ。流石にちょっとキツいものがある。


「いや、全く」

「そう、ですよね。転生魔法は記憶を代償にすると言います。いくら魔王様でも、それは免れなかったのですね」


 凝ってんなあ。魔法まで設定詰めてるのかよ。昔の俺よりガチで設定作りに取り組んでいる。日本が誇るモノづくりの心が宿っているのかもしれない。


「話せば記憶も戻るのではと思っていましたが、仕方ありません」

「はあ。一応聞くけど、何するつもり?」

「いえ。信じられないのなら、実際に見せたほうが早いと思ったまでです」


 彼女はそう言うと、一言、簡潔に呟いた。


「《ゲート》」


 すると。

 耳元で羽虫が飛んでいるときに聞くような音、それを何倍にもしたような重低音が部屋中に響き、同時に女の子の隣に彼女の体躯と同じくらいのサイズの『輪』が現れた。

 輪。その内部は、まるで空間が切り取られているかのように真っ黒で、異質に渦巻いている。


「……は?」

「そのリアクション、やはり信じていなかったのですね」


 思わず、目を見張る。地面を蹴るようにして椅子から立ち上がると、その輪っかに急いで近づいた。

 おかしい。幻覚じゃない。確かに、そこに在る。

 触ろうとすると、ぬるりとした嫌な感触と共に、腕が黒い空間の向こうへすり抜けた。


「うわっ」


 すぐに手を引っ込めて、俺は彼女を見る。

 ドヤ顔をしていた。なんだこいつ。


「これで信じてくれましたか?」

「は、いや、ちょっと待ってくれ。まずこれはなんなんだ」

「これがゲートです。ああ、そうか、それより手前の魔法から分からないんですよね。いいですか魔王様、これは魔法です」


 ハズレの教師か? 言ってることが何一つわからない。


「え、魔法って……あの魔法?」

「あの魔法というのがどういうふうなものかは分かりませんが。魔法であることは間違いありません」


 信じられない。だが、信じざるを得ない。なにせその証拠が目の前にあるのだから。

 プロジェクターかなんかで投影しているのかとも疑ったが、俺の家にそんなものはない。彼女も、何かしらの道具を持ち込んでいるようには見えない。

 衝撃で止まりかけようとしている思考をなんとか働かせて、言葉を絞り出す。

 

「え、ガチなの?」

「だから本当だって言ってるじゃないですか!」


 何度も言ったのに、とぶつくさ文句を言う女の子。


「え、じゃあ、俺の前世が魔王ってのも?」

「ええ、当然です」

「え俺って魔王だったの?」

「ですからそうだと言っています」


 ま、マジか。俺って魔王だったのか。

 いや信じられねえよ。でも、目の前にあるこの意味わかんねえ現象が意味わかんねえくらい説得力を持ってるんだよ。なんだこれ。


「いや……まだだ。俺はまだ信じない」

「はいぃ? これを見てまだ信じないのですか?」

「これが俺の知らない現代技術を用いてる可能性もある。これが魔法だって言いたいなら、確たる証拠を見せてくれ」


 俺の言葉に、「簡単です」と呟く彼女は、ゲートと呼ばれたそれを指さして。


「これに入ってください」

「は、入ったらどうなるんだよ」

「魔王城付近へ転送されます」


 ゲート。なるほど、そういうことか。なんかしらで見たことのある設定だ、ゲートを潜ると別の場所に転移する。便利なあれか。


「確かに、これに入ってもし景色が変われば、それは大きな証拠になるな」

「でしょう? そう思うなら早く入ってください。ほら、早く!」


 彼女は俺の近づくと、その細腕で背中をぐいぐいと押してくる。俺はそれに抵抗しようと足に力を込めて――


「えっちょっと待って力強いって待ってありえないくらい力強い」

「魔族なんですから、力が強いのは当たり前です。見たところ今の魔王様は人族ですからね、あなたが私に勝てる道理はありません」

「いやちょっとそれにしても強すぎっていうか、俺にも心の準備が、あっああっ!!」

「ナヨナヨした男は嫌いです、さっさと入ってください! せいっ!!」


 突き飛ばされる形で、俺は全身をゲートに押し込まれる。

 瞬間、全身がぬめりけのある液体に包まれたような感覚に襲われ、思わず目を瞑った。耳元で、さっき聞いた重低音が再度鳴る。

 感じたことのない感覚に目を瞑ったまま怯えていると、ふいに肩を叩かれた。


「ひいっ!?」

「あのですね、魔王様とあろうものがそんな情けない声を出さないでください」

「な、なあ、これ目開けていいのか? 怖いんだけど俺」

「大丈夫です、怖くないですから。ゆっくり目を開けてください」


 子どもをあやすようなトーンで言われ、俺はその通りにゆっくりとまぶたを上げていく。

 一番初めに感じたのは、強い光。思わず顔をしかめながらも、辺りを観察する。

 そこにあったのは、一面に緑が広がる壮大な景色だった。


「……まじか」


 穏やかな風に揺られ穂を揺らす草たちを、太陽がさんさんと照りつける。空には抜けるような快晴が広がっていて、広々とした青を雲が自由に泳いでいた。

 明らかに、さっきまでいた俺の部屋じゃない。

 ああ、そうか、と思う。もうここまで来たら、もはやそういうことなんだろう。


「なあ」

「はい」

「要するに、俺は前世が魔王で、転生魔法のせいでその記憶を失ってて、この世界には魔法があるってことでいいのかな」

「そうですね」


 信じられない話だ。だが、事実は小説より奇なりという有名な言葉がある。

 俺はこれを、単なる嘘だとは片付けられない。どうやら、彼女が言っていたことは全部本当だったみたいだ。


「ごめん、もっかい詳しく聞いても良い?」

「ええ、いいですよ。では、最初から説明しますね――」


 彼女の口から語られた話を要約すると。

 百年前、魔王であった俺は勇者と呼ばれる存在に追い詰められ、死ぬことを避けるために転生魔法というものに手を出して。

 その結果、転生することでその場から逃げおおせたはいいものの、別世界である日本に生まれ落ちてしまい、転生魔法の代償としてその記憶を失い。結果、今までこうしてのほほんと生活してきたと。

 彼女はそんな俺を探し、様々な方法を駆使してなんとか居場所を突き止め、こうして会いに来てくれたという。

 何度聞いても信じられない話だ。なにせ、本当に俺は記憶がない。全く身に覚えがなくて、記憶の棚をひっくり返しても何も出てこない。俺にあるのは、十七年間、学生として過ごしてきた思い出だけ。


「なあ。なんで君は、そこまでして俺を探してくれたんだ?」


 俺の問いに、彼女は少しだけ悲しそうな顔をする。


「それは。私が、魔王様を誰よりも愛していたからですよ」

「え、っと」

「今のあなたは、見た目は魔王様ですが、魔王様じゃない。それでも、こうして会うことができて、本当に良かったと思います。愛した人に会える幸せは、何よりも心地良い」


 彼女は真面目な表情になると、ワンピースの裾をつまみ、優雅にお辞儀をしてみせた。


「私の名前はミナ・リエルオット。魔王様の側近を務めていました。……いえ、務めています。今も」

「ミナ……か」


 口に出してみても、やはり、思い出せない。

 彼女は俺の前世の側近で、その男を、愛していたと言った。過去の俺はこの人と、一体どういう関係だったのだろう。思い出せないが、けどきっと、かなり近しい存在だったに違いない。


「魔王様。今はきっと、動揺していると思います。けど、魔王様には成さなければいけないことがあります」

「どういうことだ?」

「転生魔法を使う間際、あなたはこう言いました。『何があっても、何度でも、俺はお前達と共に世界を征服する』と」


 ミナは俺の目をまっすぐに見つめ、自らの胸に手を当てた。


「私は、その約束を忘れてはいません」

「……つまり、どういうことだよ」

「魔王様。もう一度、魔王軍を作り、世界を制しましょう」


 ふざけているのかとも思ったが、彼女の表情は至って真剣だ。どうやら本気で言っているらしい。

 嘘だろ。俺が世界を制す? 冗談もほどほどにしてくれ。そんなことできるわけがない。だって俺、一介の学生だぞ? 前世がどうとか、俺にはよくわかんないし。

 けど、言えなかった。

 彼女の顔に浮かぶ表情が、悲壮に思えて仕方がなかったから。

 縋るような、信じているような、願っているような。そんな曖昧な悲哀を漂わせた小さな女の子に、そう言う気が起きなかったから。


「…………」


 ありえない。意味がわからない展開だ。俺はつい一時間前まで、学校でクソつまんない古典の授業を聞きながらうたた寝していたはずなのに。普通の学生生活を送っていたはずなのに。

 どうしてこうなった?


「なあ。よしんば俺が前にそう言っていて、ミナがそれを願ってるとしても、俺はどうすればいいかわかんねえよ。記憶もないし、覚えてないし……」

「大丈夫です。そのためにミナがいるのですから!」


 彼女は薄い胸を張り、とんと自信ありげに叩く。

 

「私、こう見えても優秀な右腕として魔王様に頼られていたんです。きっと今回も、魔王様をお助けできると思います」


 迷う。どうすればいいのか。

 けど、正直に言おう。少し、いやだいぶワクワクしている自分がいる。

 だってそうじゃないか。俺の前世が魔王で、魔法がこの世界に存在して、別世界に来れて。このまるでライトノベルのような展開に、心躍らないわけがないだろう?

 ただの学生じゃない。特別な生活が、これから始まるかもしれない。


「……分かった」


 俺は、頷いた。

 だって。こんなの、やるしかないじゃないか。胸に秘めた衝動が、どくどくと脈打って早鐘を打つ。


「出来る範囲で、やってみるよ」

「っ! ほ、本当ですか! 魔王様、嘘はダメですからね! 絶対ですよ!?」

「ああ。けど、本当に何にもできないから、色々教えてくれな」


 ミナは嬉しそうに顔を綻ばせると、その瞳から一筋の涙を零した。


「ええ、ええっ……! 勿論です! 魔王様を助けるのが、私のやるべきことですから!」


 大変だったんだろうなあ。そう思うと、なんだか俺まで悲しい気持ちになる。

 浅はかな発想だと自分で思いながら。俺は彼女に近づくと、その手を握る。涙を流す彼女を眺めながらしばらくそうしていると、ミナは俺の手を離して涙を拭いた。


「ごめんなさい。もう、大丈夫ですから」

「ああ」

「ふふ。優しいところは、記憶がなくても変わらないんですね」


 その言葉と笑顔に、思わずどきりとした。昔の俺、女の子にこのレベルで好かれてたのか? マジかよ、モテ男すぎるだろ。

 今の俺は彼女すらできたことないのに。くっそ、記憶さえあれば今頃あるいは……。ちょっとぐらい記憶が残せるよう頑張れよマジで。バカなんか俺は。いや正確には俺じゃないんだけど。


「それで、まずは何からすればいいんだ?」

「そうですね。やっぱり、まずは拠点が必要じゃないでしょうか。その方が色々動きやすいですし」

「確かに。そういや、ここって魔王城付近なんだろ。近くにあるなら、行ってみたいんだけど」


 魔王城ってのがあるなら都合がいい。そこを拠点にして活動を始めればいいんじゃなかろうか。うむ、我ながら素晴らしい考えである。

 なんともなしにそう言うと。


「ああ~……」


 雰囲気が一転して、ミナは気まずそうに頬を掻く。


「え、なに? なんかあるの?」

「いえ……なんかあるというか、なにもないというか……」

「はあ?」


 首を傾げる俺に、彼女は目の前に広がる草原を指差す。


「ここなんです」

「え?」

「ですから、ここにあったんです」


 ここに、あった? 意味がわからず、聞き返す。


「どういうことだよ。俺の目には草原しか見えないけど」

「いえ、正確にはこれは畑なんですが……そうですね、簡単に言いましょう」


 ミナは、本当に、本当に申し訳無さそうに、眉を八の字にして困ったように口を開く。


「この百年の間に、魔王城は完璧に解体され、その付近は見事なまでに開墾されて今や立派な農業地帯になってます」

「……はい?」

「ついでに言うと、私以外の魔王軍幹部は封印されていて動けませんし、魔王軍を構成していた人々は散り散りになって各国の支配下に置かれています。つまり、仲間も誰一人いません」

「ん、え?」

「あとお金も全然ないです。明日の食費すら怪しいです」

「いやちょっと、ちょっと待ってくれ」


 現実を受け止めきれず、ミナを止める。

 待てよ。今ミナが言ったことが全部正しいのなら、それはつまり……。


「俺、何もない状態から魔王軍を作らないといけないってこと?」

「そうなります」

「え、一からってこと? 何も知識がないこの状態から?」

「まあ、一からというか、もはやゼロからですね」


 ラノベみたいなこと言ってんじゃねえよ。そんなツッコミが出来るほどの余裕は俺にはなかった。

 出来る気がしない。一つの軍を、いやそれ以上のものを、俺みたいなのが作れる気がしない。いくらミナがいるとはいえ、二人でそこまで行ける気がマジでしないんだけど!?


「魔王様」


 呼ばれて、俺は顔を上げる。


「これから、頑張りましょうね!」

「……はあ」


 にっこりと、向日葵のような笑顔を浮かべてそう言う彼女に、俺はただがくりと肩を落とすのであった。

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