## 第5話「地獄の一週間」
月曜日、早朝5時。
「死にそうです…本当に死にそうです…」
俺は訓練場の地面に大の字になって倒れていた。
土曜日から始まった鈴音の特訓は、想像を遥かに超える地獄だった。
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【朝倉 蒼】Lv.13
職業:記憶喰らい(D級)
HP:180/280(疲労困憊)
MP:120/120
状態:筋肉痛(重度)
この2日間の成果:
レベル:11→13
筋力:E→D
敏捷:E→D
持久力スキル習得
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「何寝てるの?あと腹筋100回よ」
鬼コーチと化した鈴音が、爽やかな笑顔で告げる。
「もう無理です…昨日だけで腹筋1000回やったんですよ」
「1000回?そんなちょっとだっけ?」
「ちょっと!?」
この人の基準はおかしい。
「だって、A級やS級の記憶屋は、一日中戦い続けることもあるのよ?」
「俺まだD級なんですけど」
「すぐに追いつくわ」
謎の自信である。
「ほら、起きて」
鈴音が手を差し伸べてくる。
仕方なく、その手を掴んで起き上がった。
「あの、鈴音」
「何?」
「どうしてそんなに強いんですか?」
B級とはいえ、まだ16歳。それなのに、この圧倒的な実力。
「…………」
鈴音の表情が少し曇った。
「私には、守りたいものがあったから」
「守りたいもの?」
「うん。もう、失っちゃったけど」
寂しそうな笑顔。
詳しく聞きたかったが、今は踏み込めない雰囲気だった。
「そういえば」
話題を変えるように、鈴音が言った。
「今日から授業でしょ?大丈夫?」
「ギリギリ生きてる」
「ふふ、大げさ」
笑う鈴音。
でも、心配してくれてるのは伝わってきた。
「じゃあ、今日はここまでにしましょうか」
「マジで!?」
「その代わり、放課後は実戦訓練」
「実戦?」
「そう。座学ばかりじゃ意味ないから」
嫌な予感がした。
### ◆◇◆
授業中。
俺は必死に睡魔と戦っていた。
『寝ちゃダメよ〜』
Systemの声が頭に響く。
『眠いです…』
『あら、随分疲れてるのね』
『鈴音の特訓のせいです』
実際、この数日で色々変わった気がする。
体つきも少し引き締まったし、なにより——
「朝倉、昨日の宿題」
担任の声で現実に引き戻される。
「あ、はい」
宿題なんて、やってる暇なかった。
「また忘れたのか」
「すみません」
「まったく…お前、最近どうしたんだ?」
確かに、以前の俺なら真面目に宿題くらいはやっていた。
でも今は、それどころじゃない。
「放課後、職員室に来い」
「はい…」
ため息をつく担任。
クラスメイトたちの視線が痛い。
特に——
「朝倉くん、大丈夫?」
隣の席の女子が心配そうに声をかけてきた。
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【神楽 美咲】Lv.???
職業:???
HP:???
MP:???
状態:???
WARNING:情報が読み取れません
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「あ、ああ。大丈夫だよ、神楽さん」
神楽美咲。
俺のクラスに最近転校してきた美少女だ。
黒髪ショートで、金色の瞳という珍しい容姿。
なぜか初日から俺に優しくて、クラスの男子から嫉妬されている。
「本当に?顔色悪いよ」
「ちょっと寝不足で」
「そっか…」
美咲はじっと俺を見つめた。
その瞳に、一瞬何か違和感を覚える。
まるで、すべてを見透かされているような——
「神楽、授業中だ」
担任の注意で、美咲は前を向いた。
でも、なんだったんだ、今の感覚。
『あの子、普通じゃないわね』
Systemも同じことを感じたらしい。
『ステータスが読めないなんて』
『前にもあったのか?』
『いいえ、初めてよ』
ますます謎が深まる。
### ◆◇◆
放課後。
職員室での説教を終えて、俺は訓練場に向かった。
「遅い」
予想通り、鈴音が待っていた。
「担任に捕まって」
「宿題忘れ?」
「なんでわかるんだよ」
「顔に書いてある」
そんなにわかりやすいか、俺。
「それより、実戦訓練の相手」
「相手?」
「そう。私じゃレベル差がありすぎるから」
鈴音が訓練場の奥を指差す。
そこには——
「よう、1年坊主」
見知らぬ男子生徒が立っていた。
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【藤原 豪太】Lv.15
職業:記憶戦士(D級)
HP:350/350
MP:150/150
状態:良好
2年B組、格闘技研究会所属
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「藤原先輩。同じD級で、レベルも近いから丁度いいと思って」
「よろしくな」
藤原先輩がニヤリと笑う。
体格は俺より一回り大きく、いかにも格闘技やってますって感じだ。
「記憶喰らいの噂は聞いてるぜ。面白そうじゃねえか」
「あの、手加減してください」
「はあ?なめてんのか」
先輩の目が鋭くなる。
「実戦で手加減なんてあるかよ。全力で来い」
「でも——」
「蒼」
鈴音が口を挟む。
「藤原先輩の言う通りよ。全力でやらないと意味がない」
「…わかった」
覚悟を決める。
「行くぜ!」
藤原先輩が地面を蹴った。
速い!
だが——
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【スキル発動】
身体強化 Lv.1(特訓により習得)
筋力・敏捷が一時的に上昇
消費MP:10/分
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鈴音の特訓で鍛えた成果だ。
ギリギリで初撃を回避する。
「ほう、やるじゃねえか」
先輩が嬉しそうに笑う。
「でも、避けてるだけじゃ勝てねえぞ!」
連続で拳が飛んでくる。
一発一発が重い。まともに食らったら終わりだ。
「記憶武装化!」
右手に黒い刃を生成する。
「おお、噂の能力か!」
先輩の拳と、俺の刃が激突する。
ガキィン!
金属音が響いた。
「いい武装だ。でも——」
先輩の拳が光る。
「俺のはもっと硬えぞ!」
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【藤原豪太のスキル】
記憶硬化 Lv.3
肉体に記憶を纏い、防御力を上昇
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なるほど、記憶を防具として使うタイプか。
「どうした、攻めて来いよ!」
挑発に乗るわけじゃないが、確かに守ってばかりじゃ勝てない。
「記憶探査!」
相手の記憶の流れを読む。
見えた。次の攻撃パターンが。
右ストレート→左アッパー→回し蹴り。
「そこだ!」
パターンを読んで、カウンターを狙う。
黒い刃が、先輩の脇腹を狙い——
「甘えな」
ガシッ
刃を素手で掴まれた。
「パターンを読まれることくらい、想定済みだ」
そのまま俺を投げ飛ばす。
地面に叩きつけられる。
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【ダメージ】
HPが50減少
現在HP:130/280
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「がはっ…」
「どうした、もう終わりか?」
立ち上がる。
まだだ。まだ何か方法があるはず。
『蒼、落ち着いて』
Systemの声。
『相手は経験で勝ってる。でも、あなたには他にない能力がある』
そうか。
俺には、記憶を喰らう力がある。
「先輩」
「あん?」
「俺の本気、見せます」
集中する。
藤原先輩の周囲に漂う、記憶の粒子。
その中から、一番強い感情を持つ記憶を探す。
あった。
「記憶喰らい・部分摂取!」
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【新スキル派生】
記憶喰らい・部分摂取 Lv.1
相手の記憶の一部だけを摂取
戦闘中でも使用可能
消費MP:50
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「なにっ!?」
先輩が驚愕する。
俺が奪ったのは、「必殺技の記憶」。
これで、相手の技の手順がすべてわかる。
「お前…戦闘中に記憶を…」
「行きます!」
今度はこちらから攻める。
先輩の技を知った今、隙は見える。
黒い刃での斬撃。
先輩は防御するが——
「フェイントだ」
実際の攻撃は蹴り。
鈴音に教わった、基本的な体術。
「ぐっ」
初めて、先輩にダメージを与えた。
「へへ…面白え」
先輩が口元を拭う。
「やっと本気になったな」
そこから、激しい攻防が続いた。
俺は何度も倒れ、そのたびに立ち上がった。
最終的に——
「そこまで!」
鈴音の声で、戦闘は終了した。
俺も先輩も、ボロボロだった。
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【戦闘終了】
勝敗:引き分け
獲得経験値:300
レベルアップ!
Lv.13→Lv.14
藤原豪太との友好度:30→60
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「はは、まさか新入りにここまでやられるとはな」
先輩が豪快に笑う。
「お前、見込みあるぜ」
「ありがとうございます」
「また相手してやるよ。今度は負けねえけどな」
そう言って、先輩は去っていった。
「お疲れ様」
鈴音がタオルを渡してくれる。
「どう?実戦の感覚は」
「キツい…でも」
拳を握る。
「強くなってる実感がある」
「それならよかった」
鈴音が優しく微笑んだ。
「でも、無理は禁物よ。今日はもう休んで」
「ああ」
でも、家に帰る前に、一つ寄りたい場所があった。
### ◆◇◆
病院。
妹の病室の前で、俺は深呼吸をした。
「兄ちゃん!」
扉を開けると、ベッドの上で妹——葵が笑顔で迎えてくれた。
「来てくれたんだ」
「ああ、ちょっと時間ができたから」
嘘だ。
時間なんてない。でも、葵の顔を見たかった。
「最近、全然来なかったから心配したよ」
「ごめん。ちょっと忙しくて」
「お仕事?」
「まあ、そんなところ」
葵は12歳。
記憶欠損症で、過去の記憶がほとんどない。
両親が死んだことも、覚えていない。
「兄ちゃん、疲れてる?」
「え?」
「なんか、前と雰囲気違う」
鋭い。
「ちょっと鍛えてるんだ」
「へえ〜、何で?」
「強くなりたくて」
「ふーん」
葵が首を傾げる。
「でも、兄ちゃんは優しいままでいてね」
「…ああ」
胸が痛む。
この子のために、俺は何でもする。
たとえ、他人の記憶を奪ってでも。
「あのね、兄ちゃん」
「ん?」
「最近、夢を見るの」
「夢?」
「うん。知らない人たちが出てくる夢」
それは、もしかして——
「どんな人?」
「優しそうな、大人の男の人と女の人」
両親だ。
記憶を失っても、深層意識には残ってるのか。
「それでね、その人たちが言うの」
「何て?」
「『蒼を頼む』って」
涙が出そうになった。
「そっか」
「変な夢だよね」
「いや」
葵の頭を撫でる。
「いい夢だ」
「そう?」
「ああ」
しばらく、他愛もない話をした。
学校のこと、看護師さんのこと、最近読んだ本のこと。
この時間が、俺にとって一番の癒しだった。
「兄ちゃん、また来てね」
「ああ、必ず」
病室を出て、廊下を歩く。
1000万メモ。
まだまだ遠い金額だ。
でも、必ず集める。
葵のために。
『感動的ね』
Systemの茶化すような声。
『うるせえ』
『でも、このペースじゃ間に合わないかもよ』
『何?』
『彼女の症状、少しずつ進行してる』
足が止まった。
『どういうことだ』
『記憶欠損症は、放置すると最終的に——』
『言うな』
わかってる。
最終的に、自我すら失う。
だから、急がなきゃいけない。
もっと強くなって、もっと価値の高い記憶を——
「朝倉くん?」
振り返ると、美咲が立っていた。
「神楽さん…なんでここに」
「お見舞い。知り合いが入院してて」
「そうなんだ」
「朝倉くんも?」
「ああ、妹が」
「妹さんが…」
美咲の金色の瞳が、優しく細められた。
「大変だね」
「まあな」
「もし、力になれることがあったら言って」
「え?」
「私、朝倉くんの力になりたいから」
唐突な申し出に戸惑う。
「なんで、俺なんかに」
「なんかじゃない」
美咲が一歩近づく。
「朝倉くんは、特別だから」
また、あの感覚。
すべてを見透かされているような——
「じゃあ、また明日」
美咲は微笑んで去っていった。
一人残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
神楽美咲。
彼女は一体、何者なんだ?
【更新予定】
毎日更新を目指します!
最低でも週5は更新したいと思ってます。
【お願い】
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