## 第4話「特訓と新たな力」
翌日、土曜日。
朝6時、俺は学園の裏にある訓練場にいた。
「遅い!」
既に到着していた鈴音が、腕を組んで仁王立ちしている。
「5時58分ですよ?」
「2分前行動は基本でしょ」
理不尽だ。
でも、ジャージ姿の鈴音は新鮮で、文句を言う気が失せた。
「それで、何から始めるんですか?」
「まずは、あなたの能力を正確に把握することから」
鈴音が小さな記憶結晶を取り出した。
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【訓練用記憶結晶(白)】
価値:10メモ
内容:「晴れた日の散歩」
危険度:なし
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「これを食べてみて」
「え、いきなり?」
「大丈夫、これは私が作った安全な記憶。まずは、どんな風に摂取してるのか見せて」
俺は結晶を手に取った。
昨日までなら、口に入れて飲み込んでいた。でも——
『その必要はないわ』
Systemの声が響く。
『レベル10になった今なら、直接吸収できるはず。手のひらに意識を集中して』
言われた通りにすると、結晶が光となって俺の手に吸い込まれていった。
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【白記憶を摂取しました】
経験値+10
MP消費:0(訓練用のため)
現在の摂取数:1/10
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「!」
鈴音が目を見開いた。
「直接吸収…そんなことができるなんて」
「これも異常ですか?」
「異常なんてレベルじゃない。普通、記憶の摂取は経口でしかできない。それが常識だった」
鈴音が俺の手を取って、じっと観察する。
「痛みは?違和感は?」
「特に何も」
「そう…」
考え込む鈴音。
「ねえ、もう一つ試していい?」
今度は黒い結晶を取り出した。
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【訓練用記憶結晶(黒)】
価値:50メモ
内容:「試験に落ちた日」
危険度:低
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「これは少し負の感情が入ってる。でも、害はない程度よ」
「わかった」
同じように吸収する。
今度は少し苦い感覚があったが、問題なく摂取できた。
「どう?」
「苦いけど、大丈夫だ」
「苦い…味覚で感じるのね」
鈴音がメモを取り始めた。
「他の感覚は?視覚とか聴覚とか」
「えーと…」
集中してみる。
すると、摂取した記憶が鮮明に浮かび上がってきた。
試験の答案用紙。赤字の「不合格」の文字。落ち込む誰かの感情。
「見える。記憶の内容が」
「詳しく教えて」
俺は見たものを詳細に伝えた。
「なるほど…完全に記憶を追体験してる」
鈴音のメモを取る手が早くなる。
「じゃあ、次の実験」
「まだあるんですか?」
「当然。あなたの能力を理解しないと、訓練メニューも組めないでしょ」
そう言って、今度は2つの結晶を同時に差し出した。
「これを同時に摂取できる?」
「同時に?」
「ええ。普通は無理だけど、あなたなら…」
試してみる価値はある。
両手に一つずつ結晶を持ち、同時に吸収を試みる。
すると——
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【エラー】
同時摂取は現在のレベルでは不可
必要レベル:20
スキル『並列摂取』が必要です
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「あ、無理みたいだ」
「そう…さすがに限界はあるのね」
少しホッとしたような鈴音。
「でも、レベル20になれば可能になるらしい」
「レベル20…」
鈴音が複雑な表情をした。
「ねえ、そのレベルって、どうやって上げるの?」
「記憶を食べることで経験値が入って…」
「経験値…」
ますます考え込む鈴音。
「まるでゲームみたい」
『その通りよ』
Systemが口を挟んできた。
『この世界は、ある意味ゲームなの。ただし、命がけのね』
その言葉の意味を聞こうとした時——
「蒼、避けて!」
鈴音の叫び声。
反射的に横に飛んだ。
次の瞬間、俺がいた場所に光の刃が突き刺さった。
「なっ…」
振り返ると、訓練場の入口に人影があった。
「おはよう、諸君」
現れたのは、黒いスーツを着た男。サングラスで目元は見えないが、口元には薄い笑みを浮かべている。
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【???】Lv.45
職業:記憶執行官(A級)
HP:800/800
MP:600/600
状態:戦闘態勢
WARNING:政府関係者の可能性大
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「記憶統制局の者だ」
男が懐から証明書を見せる。
「君が、昨夜禁忌級を倒したという朝倉蒼君かな?」
「…………」
「黙秘か。まあいい」
男がゆっくりと近づいてくる。
「君には、我々と来てもらう必要がある」
「断る」
鈴音が前に出た。
「彼は私の生徒です。勝手に連れて行かせません」
「白石鈴音…君も優秀な記憶調律師だと聞いている。邪魔をしないでもらおうか」
「邪魔?」
鈴音の目が鋭くなる。
「むしろ、邪魔してるのはそっちでしょう」
「ほう」
男の笑みが深くなった。
「では、実力行使といこうか」
瞬間、男の姿が消えた。
「!」
次の瞬間、鈴音の真後ろに現れる。
「遅い」
男の手刀が振り下ろされ——
ガキィン!
金属音が響いた。
「なに…」
男の攻撃を、俺が受け止めていた。
いや、正確には俺の手から生えた、黒い結晶の刃が。
「これは…」
俺も驚いていた。
体が勝手に動いて、気づいたら防御していた。
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【新スキル習得】
『記憶武装化』Lv.1
摂取した記憶を武器として具現化する
現在使用可能:近接武器のみ
消費MP:20/分
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「面白い」
男が距離を取る。
「F級だったはずの少年が、私の攻撃を防ぐとは」
「蒼…」
鈴音が驚きの声を上げる。
「今のは?」
「わからない。でも」
黒い刃を見つめる。
これは、昨日食べた記憶から生まれたもの。チンピラの殺意が、形になったような——
「行くぞ」
男が構えを取った。
「記憶術式・執行剣」
男の両手に、白銀の剣が現れる。
「蒼、下がって。相手はA級よ」
「でも」
「いいから!」
鈴音が前に出る。
「記憶調律・戦闘形態!」
鈴音の周囲に、無数の光の糸が展開される。
それは複雑な幾何学模様を描き、障壁となって男の前に立ちはだかった。
「ほう、さすがは天才と呼ばれるだけある」
男が剣を振るう。
光の障壁が切り裂かれるが、すぐに再生する。
「でも、どこまで持つかな?」
連続で剣撃が放たれる。
鈴音の障壁が、徐々に押されていく。
「くっ…」
額に汗が滲む鈴音。
レベル差が大きすぎる。
このままじゃ——
『蒼、聞こえる?』
Systemの声。
『今なら、あの男の記憶を一部奪える』
『でも、レベル差が』
『大丈夫。彼は今、戦闘に集中してる。隙がある』
『どうすれば』
『記憶探査を使って、彼の一番古い記憶を探して。そして——』
なるほど。
「鈴音、もう少し持ちこたえて!」
「言われなくても!」
俺は集中した。
記憶探査、発動。
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【スキル発動】
記憶探査 Lv.2
探査範囲:半径100m
対象の記憶反応を感知中...
発見:強い記憶反応 複数
最古の記憶を特定しました
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見えた。
男の頭上に浮かぶ、無数の記憶。
その中で、一番奥にある小さな光。
子供の頃の、純粋な記憶。
「記憶喰らい!」
全力で能力を発動する。
「なっ…」
男が動きを止めた。
「貴様、何を…」
「あんたの記憶、もらうぜ」
ズルリと、記憶が抜けていく感覚。
男が膝をつく。
「ば、馬鹿な…A級の私が…」
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【記憶摂取成功】
『執行官の幼少期の記憶』を獲得
経験値+500
レベルアップ!
Lv.10 → Lv.11
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「今だ、鈴音!」
「わかってる!」
鈴音が全力で術式を展開する。
「記憶調律・終章!」
光の糸が男を縛り上げ、動きを完全に封じた。
「ぐっ…」
「悪いけど、しばらく大人しくしてて」
鈴音が指を鳴らすと、男は意識を失った。
「ふぅ…」
安堵の息をつく鈴音。
「蒼、大丈夫?」
「ああ、なんとか」
でも、足が震えていた。
A級との戦闘は、やはり無謀だった。
「それにしても」
鈴音が倒れた男を見下ろす。
「いきなり執行官が来るなんて…やっぱり、目をつけられてるわね」
「悪い、俺のせいで」
「謝らない」
鈴音が俺の頭を軽く叩く。
「パートナーでしょ?」
「…ああ」
「それより」
鈴音が真剣な顔になる。
「今の、新しい能力?」
「みたいだな。記憶武装化って」
「記憶を武器に…」
また考え込む鈴音。
「あなた、本当に規格外ね」
「それは…」
「褒めてるのよ」
鈴音が微笑んだ。
「でも、これで訓練の方向性が決まったわ」
「え?」
「戦闘技術よ。力があっても、使い方を知らなければ意味がない」
確かにその通りだ。
さっきも、たまたま防御できただけで、戦い方なんて全然わからない。
「よし、決めた」
鈴音が拳を握る。
「今日から、みっちり鍛えてあげる。覚悟しなさい」
「お、おう…」
なんだか、凄く大変なことになりそうな予感がした。
「あ、でもその前に」
鈴音が倒れた執行官を指差す。
「こいつ、どうする?」
「…………」
確かに、このまま放置するわけにもいかない。
『記憶を少し弄れば、今日のことを忘れさせられるわ』
Systemが提案してきた。
「記憶を、消せるのか?」
「え?」
鈴音が首を傾げる。
「あ、Systemが、記憶を弄れるって」
「へえ…便利ね」
感心する鈴音。
でも——
「それって、いいのか?」
「何が?」
「他人の記憶を勝手に消すなんて」
鈴音が少し驚いたような顔をした。
そして、優しく微笑む。
「優しいのね、蒼は」
「え?」
「でも、時には必要なこともある。私たちを守るために」
「…………」
「それに、消すんじゃなくて、ちょっとぼやかすだけでいいんじゃない?」
なるほど。
完全に消去するんじゃなく、曖昧にするだけなら——
「わかった」
俺は執行官に手を触れた。
『記憶編集、やってみる?』
『ああ』
意識を集中する。
男の直近の記憶が見えてきた。
俺たちとの戦闘。
その部分を、そっとぼかしていく。
「訓練場で学生と会った」「でも誰だったかは覚えていない」「特に問題はなかった」
そんな風に、記憶を書き換えていく。
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【スキル発動】
記憶編集 Lv.1(新規習得)
対象の記憶を部分的に改変
消費MP:30
成功率:85%(レベル差による)
編集成功!
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「できた」
「凄い…」
鈴音が感嘆の声を上げる。
「これで、私たちのことは覚えてないはず」
「でも、また来るかも」
「その時は、もっと強くなってるでしょ」
鈴音が自信満々に言う。
「さ、訓練の続き」
「え、まだやるのか?」
「当然。むしろ、実戦を経験できてよかったじゃない」
「それは…」
確かに、実際の戦闘を経験できたのは大きい。
でも、疲れた。
「ほら、立って」
鈴音に手を引かれて立ち上がる。
「今日は基礎体力作りから。走るわよ」
「走る?」
「そう。まずは10km」
「じゅ、10km!?」
「記憶屋は体力も大事。さ、行くわよ」
「ちょ、待てって——」
鈴音に引っ張られて、俺は走り始めた。
こうして、地獄の特訓が始まった。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
鈴音と一緒なら、どんなに辛くても頑張れる気がした。
『青春ねぇ』
Systemの呟きは、今回も無視した。
【更新予定】
毎日更新を目指します!
最低でも週5は更新したいと思ってます。
【お願い】
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初心者なので、皆様のご意見で成長していきたいと思ってます。