## 第1話「記憶を売る理由」
2045年、東京。
空に浮かぶ巨大な"記憶結晶塔"が、朝日を反射して虹色に輝いている。
その最上階で、一人の少年が世界を見下ろしていた。
「さて、人類の記憶を全部食べ終わったわけだが」
少年——朝倉蒼は、血のように赤い夕陽を背に微笑む。
「もう一度、最初からやり直すとするか」
指をパチンと鳴らすと、世界が逆再生を始めた。
### ◆◇◆
——時は遡り、3年前。
「おい、そこのゴミ!」
路地裏に響く怒声で、俺——朝倉蒼は現実に引き戻された。
記憶屋街の裏路地。ゴミと汚水の臭いが充満する、この街の最底辺エリア。そこで俺は、3人のチンピラに囲まれていた。
「今月の記憶税、まだだろ?」
リーダー格の男が、俺の胸ぐらを掴む。口から漂う酒の臭いで、思わず顔をしかめた。
「す、すみません…もう売る記憶が…」
それは嘘じゃなかった。
両親が死んだ事故の記憶——売った。
初めて自転車に乗れた日——売った。
小学校の卒業式——売った。
親友との思い出——それも売った。
生活費と、妹の治療費のために。
「あぁ?じゃあ死ねよ」
男が懐から拳銃を取り出す。この街じゃ珍しくない。記憶を売れない人間は、ゴミ以下の扱いだから。
銃口が俺の額に押し付けられる。
冷たい金属の感触。
ああ、これで終わりか。
せめて妹だけでも——
その瞬間。
***ドクン。***
心臓が、一度だけ大きく脈打った。
「な、なんだ…?」
視界が歪む。
世界の色が変わる。
そして——見えた。
チンピラたちの頭上に浮かぶ、無数の光る結晶。
それぞれが違う色に輝いている。青、緑、黄色、赤——その中でも、ひときわ黒く輝く結晶が、リーダーの頭上でぐるぐると回転していた。
「その記憶…」
俺は無意識に呟いていた。
「『初めて人を殺した時の快楽』か」
「は?何言って——」
リーダーが言い終わる前に、俺の右手が勝手に動いた。
黒い結晶に向かって、手を伸ばす。
すると——
***ズルリ。***
湿った音を立てて、黒い結晶が男の頭から抜け出した。
「ぎゃああああああ!」
男が絶叫し、白目を剥いて倒れる。泡を吹いて痙攣している姿は、まるで魂を抜かれたようだった。
「て、てめぇ!何しやがった!」
残りの二人が銃を向けてくる。
だが、もう遅い。
俺の眼は、すでに彼らの記憶を『視て』いた。
「お前は…『母親を捨てた罪悪感』」
「もう一人は…『親友を裏切った後悔』」
手を振るう。
たったそれだけで、二つの暗い結晶が俺の手の中に収まった。
二人も泡を吹いて倒れる。
路地裏に、俺だけが立っていた。
「これは…」
手の中で脈打つ、3つの黒い記憶結晶。
普通なら、他人の記憶なんて見えるはずがない。ましてや、取り出すなんて——
『おめでとう、適合者よ』
突然、頭の中に声が響いた。
若い女の声。どこか機械的で、それでいて妖艶な響き。
『君は選ばれた。"記憶喰らい"の力を持つ、たった一人の存在に』
「誰だ!」
『私は【System】。この世界の記憶を管理する者』
「記憶を…管理…?」
『そう。そして君は、そのシステムのバグ——いえ、むしろ【特異点】と言うべきかしら』
頭痛がする。
大量の情報が、脳に流れ込んでくる。
記憶とは何か。
この力が何を意味するか。
そして、俺がこれから歩む運命——
『君には3つの選択肢がある』
【1. この力を捨てて、普通の記憶屋として生きる】
【2. 力を受け入れて、世界最強の記憶屋を目指す】
【3. すべての記憶を喰らい、神になる】
「…………」
俺は、倒れているチンピラたちを見下ろした。
こいつらから奪った黒い記憶。
その中に込められた、醜い感情と欲望。
でも——それすらも、誰かの人生の一部だった。
「俺は——」
手の中の黒い結晶が、さらに強く脈打つ。
まるで、早く食べろと急かすように。
『ちなみに、その記憶を取り込めば、君のレベルが上がるわ』
「レベル…?」
『ステータスウィンドウを開いてごらんなさい。心の中で念じるだけでいい』
半信半疑で、俺は心の中で『ステータス』と念じた。
すると——
---
【朝倉 蒼】
レベル:1
職業:記憶屋見習い(F級)
HP:100/100
MP:10/10
**固有スキル:記憶喰らい(Lv.1)**
- 他者の記憶を視認し、摂取することができる
- 現在の摂取可能数:3個/日
**所持記憶:**
- 黒記憶×3(未摂取)
**ステータス:**
- 筋力:F
- 敏捷:F
- 知力:E
- 精神:D
- 幸運:???
---
ゲームみたいなウィンドウが、視界に浮かび上がった。
『どう?面白いでしょう?』
「ふざけてるのか…?」
『ふざけてなんかいないわ。これがこの世界の真実。記憶は力。力は正義。そして君は——』
Systemの声が、急に途切れた。
代わりに、別の音が聞こえてくる。
カツン、カツン。
ハイヒールの足音。
路地裏の入口から、一人の少女が現れた。
銀色の長い髪。
青い瞳。
真っ白な制服——俺と同じ、私立聖メモリア学園の制服だ。
「あら」
少女は倒れているチンピラたちを見て、小さく首を傾げた。
「記憶を抜かれてる…まさか、違法な記憶狩人?」
「ち、違う!俺は——」
「でも」
少女が俺を見た。
その瞬間、背筋が凍った。
美しい顔に浮かぶ、冷たい微笑み。
「あなた、見たことある。同じ学校の…ええと、確か1年F組の落ちこぼれ」
落ちこぼれ。
その通りだ。記憶鑑定の実技は最下位。学科試験もビリ。記憶を売りすぎて、授業内容すら覚えられない俺は、学校一の落ちこぼれだった。
「白石…鈴音先輩…」
「あら、私の名前は覚えてるのね」
白石鈴音。2年A組の天才少女。
若干16歳にして、すでにB級記憶調律師の資格を持つ、学園の誇る天才。
そんな彼女が、なぜこんな場所に——
「ねえ」
鈴音先輩が一歩近づく。
「その手に持ってる黒い結晶…他人の記憶よね?」
「…………」
「どうやって抜いたの?」
嘘をついても無駄だ。この人は記憶のプロ。俺みたいな素人の嘘なんて、すぐに見破られる。
「わからない…勝手に、見えて…」
「見えた?」
鈴音先輩の目が細くなる。
「他人の記憶が、『見えた』って言った?」
「は、はい…」
次の瞬間。
鈴音先輩が、信じられない速度で動いた。
気づいた時には、俺は壁に押し付けられていた。細い腕からは想像できない力で、俺の首を掴んでいる。
「うぐっ…」
「ねえ、正直に答えて」
青い瞳が、俺を射抜く。
「あなた、もしかして——『記憶視』の能力者?」
「め、メモリーサイト…?」
「とぼけないで」
ギリギリと首が締まる。
「1000年に一人しか生まれないって言われる、伝説の能力。他人の記憶を直接視認できる力。まさか、本当に存在したなんて」
「ぐ…ぅ…」
「でも、おかしいわね」
首を掴む力が、少しだけ緩んだ。
「メモリーサイトは『視る』だけの能力。記憶を『抜く』ことはできないはず——」
その時。
ピピピピピ!
鈴音先輩のポケットから、電子音が鳴った。
「チッ」
舌打ちをして、彼女は俺を解放した。そして、小型の通信機を取り出す。
『鈴音、聞こえる?』
「ええ、何?今忙しいんだけど」
『コード:REDよ!禁忌級の記憶反応を感知したわ!』
鈴音先輩の顔色が変わった。
『場所は——あなたのすぐ近く!記憶屋街の第7区画!』
「すぐ行く」
通信を切ると、鈴音先輩は俺を一瞥した。
「あなた…名前は?」
「あ、朝倉…蒼です」
「朝倉蒼」
その名前を、まるで記憶に刻むように呟く。
「いい?今から言うことをよく聞いて」
「は、はい」
「その力のこと、誰にも言わないで。特に政府の人間には絶対に」
「ど、どうして——」
「あなたみたいな能力者を、政府は『危険因子』として処分するから」
処分。
その言葉の意味を理解して、俺は息を呑んだ。
「でも、安心して」
鈴音先輩が、初めて優しい笑顔を見せた。
「私が守ってあげる。だから——」
振り返りながら、彼女は言った。
「明日の放課後、屋上に来て。詳しい話はその時に」
そして、風のように走り去っていく。
一人残された俺は、呆然と立ち尽くしていた。
手の中には、まだ3つの黒い結晶。
『あらあら、面白い子に見つかったわね』
Systemの声が、また聞こえてきた。
『白石鈴音。若き天才記憶調律師。でも彼女には、誰も知らない秘密があるの』
「秘密…?」
『それは自分で確かめなさい。さあ、決めて。その記憶を食べる?食べない?』
黒い結晶が、妖しく脈打っている。
チンピラたちは、まだ気絶したままだ。
俺は——深呼吸をした。
そして、決断を下す。
一つ目の結晶を、口に運んだ。
瞬間。
***ドクンッ!***
激痛が走る。
他人の記憶が、濁流のように流れ込んでくる。
人を殺した瞬間。
その時の快楽。
血の温かさ。
命乞いする声。
「うぐっ…ぐああああ!」
吐き気がする。これは、俺の記憶じゃない。でも、まるで自分が体験したかのように鮮明だ。
【経験値を100獲得しました】
【レベルが2に上がりました】
【スキル『記憶喰らい』がLv.2に上昇】
「はぁ…はぁ…」
荒い呼吸。全身から汗が噴き出している。
でも——力を感じる。
確実に、何かが変わった。
『どう?初めての味は』
「最悪だ…」
『そう?でも、もう戻れないわよ』
残り2つの結晶を見つめる。
母を捨てた罪悪感。
親友を裏切った後悔。
これらを食べたら、俺はどうなるんだろう。
でも——
妹の顔が浮かんだ。
病院のベッドで、苦しそうに呼吸する妹。
医者が言った、残酷な宣告。
『特殊な記憶治療が必要です。費用は…1000万メモです』
1000万メモ。
普通の記憶を売っても、一生かかっても貯まらない金額。
でも、もしこの力があれば——
「食べる」
俺は決めた。
残り2つの結晶を、一気に口に放り込む。
またしても激痛。
他人の人生が、脳を蹂躙する。
でも今度は——耐えられた。
【経験値を200獲得しました】
【レベルが3に上がりました】
【レベルが4に上がりました】
【新スキル『記憶探査』を習得】
「ふぅ…」
立ち上がる。
さっきまでとは、世界の見え方が違う。
空気中に漂う、微かな記憶の粒子が見える。
この街に染み付いた、無数の人々の想い。
そして——遠くから近づいてくる、巨大な記憶の波動。
『あら、もう感じ取れるの?』
「これは…」
『コード:RED。禁忌級の記憶体よ』
鈴音先輩が向かった方向から、凄まじい記憶エネルギーが溢れ出している。
まるで、怪物のような——
『行く?行かない?』
Systemが囁く。
『彼女一人じゃ、多分無理よ』
「…………」
行けば、巻き込まれる。
この力のことも、バレるかもしれない。
でも——
「守ってくれるって、言ったんだ」
俺は走り出した。
力の使い方もわからない。
戦い方も知らない。
それでも。
この力を手に入れた意味を、確かめたかった。
夜の記憶屋街を、全速力で駆け抜ける。
そして、この日——
俺の本当の物語が、始まった。
【更新予定】
毎日更新を目指します!
最低でも週5は更新したいと思ってます。
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