## プロローグ「神殺しの記憶」
雨が降っていた。
血のように赤い雨が、崩壊した東京の街に降り注いでいる。
かつて記憶結晶塔と呼ばれた超高層建築物は、今や瓦礫の山と化していた。その頂上に、一人の青年が立っている。
朝倉蒼、23歳。
かつて最弱と呼ばれた少年は、今や『記憶の魔王』として世界に君臨していた。
「ついに、ここまで来たか」
蒼の前に、光の粒子が集まっていく。それは徐々に人の形を取り、やがて一人の少女の姿となった。
白い髪、金色の瞳、そして背中に生えた六枚の純白の翼。
「創世の女神…いや、今は『System』と呼ぶべきか」
『よくぞここまで辿り着いたわ、朝倉蒼』
女神の声は、どこか機械的で、それでいて深い悲しみを帯びていた。
『でも、あなたは知らない。この世界の真実を。記憶という概念が、なぜ生まれたのかを』
「知っているさ」
蒼が右手を掲げる。
その手の中に、虹色に輝く結晶が現れた。それは、この世界のすべての記憶を内包する『原初の記憶』。
「記憶とは、魂の残滓。人が死んでも、想いだけは残る。その想いを結晶化したものが記憶。そして、お前はその記憶を管理するために作られた」
『…………』
「だが、お前は間違えた。記憶を管理するだけでなく、人々から記憶を奪い始めた。大切な記憶を失った人間は、ただの人形になる。お前はそうやって、世界を支配しようとした」
『それが、私の使命だから』
女神が手を振るう。
瞬間、空間が裂け、無数の記憶の刃が蒼に向かって飛来する。
だが——
「記憶喰らい(メモリーイーター)」
蒼が静かに呟くと、すべての刃が彼の体に吸収されていく。
「お前の記憶も、俺が喰らってやる」
『!』
蒼の全身から、凄まじい記憶エネルギーが溢れ出す。
金色、銀色、虹色——ありとあらゆる記憶の光が、彼を中心に渦を巻く。
その中でも、ひときわ強く輝く記憶たち。
鈴音との出会い。
美咲の涙。
彩夜の決意。
仲間たちとの絆。
そして——妹の笑顔。
「みんなの記憶が、俺に力をくれる」
『馬鹿な…人間ごときが、神を超えるというの!?』
「神?」
蒼が笑う。
それは、かつての気弱な少年からは想像もできない、強い意志を秘めた笑みだった。
「俺は神なんかじゃない。ただの、記憶屋だ」
両手を広げる。
すると、世界中から記憶が集まってくる。
生者の記憶。
死者の記憶。
過去の記憶。
未来の記憶。
すべてが、蒼の下に集結する。
「これが、俺の最後の仕事だ」
『まさか…世界を…』
「ああ。一度、リセットする」
蒼の体が、光に包まれていく。
「記憶のない世界なんて、間違っている。だから俺は、すべてを元に戻す。記憶が希望だった、あの頃に」
『待って!それをしたら、あなたは——』
「わかってる」
蒼は静かに目を閉じた。
「俺の存在も、消えるんだろう?」
最強の記憶屋。
世界を救った英雄。
その存在すら、誰も覚えていない。
「でも、いいんだ」
目を開ける。
そこには、強い決意が宿っていた。
「俺は記憶屋だ。人々の記憶を守るのが、俺の仕事。たとえ、俺自身が忘れ去られても」
『…………』
「さよなら、System。そして——」
蒼が天に向かって叫ぶ。
「記憶創世!」
世界が、白い光に包まれた。
時間が巻き戻る。
歴史が書き換わる。
そして——
新しい物語が、始まる。
※
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——時は遡り、7年前。
最弱F級の記憶屋見習い、朝倉蒼16歳。
彼はまだ知らない。
自分が世界を救う英雄になることを。
そして、その記憶すら失うことを。
これは、記憶を売って生きていた最弱の少年が、神の記憶を喰らい、世界最強の記憶屋となり、そして——
すべてを失い、すべてを取り戻す物語。
『記憶を売る最弱F級の俺が、神の記憶を喰らって世界最強の記憶屋になる』