2.アクアとの決別。
「くそ、手負いのドラゴン一体に何やってやがる!! テメェらいい加減にしないと、どうなるか分かってんだろうな!?」
「そうは言ってもアクア様!? あのドラゴン、様子がおかしい!!」
「けっ……こうなったら、仕方ねぇな」
――数日後、ダンジョンの中層にて。
ボクたちはまた、あの時と同じドラゴンと相対していた。間違いない。アイツの右目には、ボクの矢によって受けた傷がある。そのため視野も狭いはず。だが、それにもかかわらず相手の勢いは前回の比でなかった。
それこそ、以前は手を抜いていたかのように。
「この場は、一旦引くぞ!」
さすがに戦況不利と読んだらしい。
アクアはそう声を上げると、こちらを見て――。
「リリカ、お前が囮になれ」
「……なんだって?」
ボクのさらに奥にいた少女にそう宣告した。
驚いてリリカの方を振り返ると、そこには同じく困惑した彼女の姿。つまり事前に話し合っていたことではない、というのが理解できた。だとすると、これはつまり……。
「待ってくれ、アクア! それはボクの役割だろ!?」
「……ん、どうした。アルス」
「どうしてリリカを囮にするんだ、理由を教えてくれ!!」
「はぁ……そんなの、聞くまでもないだろ?」
ボクは信じたくないと首を振りながら、リーダーに訴えた。
すると彼は呆れたように、大きなため息をついてこう言うのだ。
「そいつが、このパーティーで一番の役立たずだから、だよ」
「なっ……!?」
――すなわち、使えない奴から犠牲になればいい、と。
たしかにリリカは戦闘要員ではない。しかし、このパーティーにおける大切な仲間であることは、間違いないはず。それなのに、このアクアという男は気にした素振りもない。
むしろ、明るい笑顔で言うのだ。
「よかったな、リリカ。ずっと誰かの役に立ちたい、って言ってたもんな?」
怯える少女に、心の底から祝福するように。
リリカは祈るように胸の前で握った拳を震わせて、まばたき一つもしない。呼吸は荒く、いまにも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
そんな彼女に、追い打ちのような言葉をかけたアクアは――。
「――さ、てと。それじゃ、帰ろうぜ」
途端に興味を失ったように、踵を返してそう言った。
「うそ、だろ……?」
こいつは、どういう神経をしているのか。
ボクはアクアという青年に、そんな感想を抱かざるを得なかった。それこそ自分に利のある人間にしか、興味がないという振る舞い。
そして、それが当たり前だという気味の悪い自信。
ボクはそんな彼に、思わず叫んでいた。
「ボクも……! ボクも、一緒に残る!!」
「……ん?」
するとアクアは少しだけ意外そうに振り返り、こちらをまじまじを観察する。
そして、しばらく考えてから言った。
「なんでそんな悲しいこと、言うんだよ?」
「え……?」
こちらに歩み寄りながら、いまにも泣き出しそうな表情になって。
ボクは、そんな相手の感情が読み取れずに硬直した。
そうしていると、彼はボクの肩に手を置いて言う。
「また一緒に、美味い酒を飲もうぜ? そうだ、今日はせっかくだしサシで! 考えてみれば加入してから一度も、アルスとはそんな時間を作れなかったからなぁ……」
「そんなこと、どうしていま……」
「な? だからさ、そんな寂しいこと言わないでくれよ。お願いだから――」
「どうして!! なんでこの状況で、そんなことが言えるんだよ!!」
ボクは、悲鳴にも近い絶叫を上げていた。
そして傍らにいる青年のキョトンとした表情に、恐怖を覚える。こいつは悪意を持っていない、というのが理解できた。理解できてしまったからこそ、恐ろしくて仕方ない。
アクアという人物は、すべてを本心で語っている。
ボクに向けた親愛の情とも呼べる言葉、そしてリリカへ向けた祝福さえも。
「どうしたんだよ、いきなり怒鳴ったりしてさ?」
――寒気がした。
こいつは間違いなく、人間として何かがおかしい。
悪意があるなら、まだマシとも思える。こいつには、悪意がないのだ。
「そんな風にされると……俺、悲しいよ」
だからきっと、これも彼の本心だった。
彼は自分にとって有益であると判断したボクに、彼なりの親愛を向けている。おそらくそこに、嘘というものはない。だから、なおのこと悍ましい。
ボクはそう感じ取った瞬間に、肩に置かれた手を振り払った。
「ボクは今日限りで、パーティーを抜ける! もう、放っておいてくれ!!」
そして、そう宣言する。
だがその反応はアクアにとって、想定外だったのだろう。
「なんでだよ……え、どうして……?」
彼は人目をはばからず、状況も考えずに大粒の涙を流し始めた。
しかし、もうそれに構っている暇はない。
「他のみんなは、アクアを連れて逃げてください。ボクは、リリカと残ります」
「……良いのか? お前」
「良いんです。そもそもボクは、誰かを守れるようになりたかったんです」
「………………」
メンバーの一人に、そう伝えて。
ボクは震えるリリカのもとへ向かい、歩き始めた。そして、
「――さて、と。今日は逃げるだけじゃ、ないからな?」
無理矢理に笑みを浮かべて、ドラゴンと相対するのだった。
え、こわ……このアクアとかいう奴。
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