立つ瀬能無い
「今日はなにしよっか?遊園地でも行っちゃう!?あははっ!」
そんな明るさが怖い。
「お腹すいてるの?じゃあ、私のお弁当一緒に食べましょう!」
誰にでも分け隔てしない優しさが恐ろしい。
「悩んでるんだろ?ならば、私に相談してみろ。どんな悩みでも解決して見せるから!」
なんでそんな自信があるんだ?どうせ解決なんてできやしないくせして。
「あなたは思い詰めている。だけど、それを誰かに話せないでいる。それはきっと苦しいわよ?」
分かってる。そんなの僕が一番わかってるよ!
彼女たちはいつだって!いつだって僕の理解者になろうとしてくる。
うんざりだ。
たくさんだ。
手なんて差し伸べないでくれ。
こんなに呪われている僕に。僕なんかに。触れないでくれ。
現実にも居場所が無くて、夢でさえ悪夢を見る。
こんな奴にもう居場所はどこにもいなんだよ。
世界が僕を否定している。
早く消えろと催促してるんだ。
馬鹿にしたようなクラスメイトの物言い、いじめのターゲットとして攻撃された時も、俺はいつだって!みんなの前から消えようとした!でも、それでも!
死ねなかった!
怖い。
怖いから!
死ぬのが怖いから!
消えたくても、消えれないんだよ!
そこで彼女たちだ、あの4人はどうしてか僕を助けようとする。
同情なのか、哀れみなのか、分からないけど。
苦しい。
全てが苦しい。
そんな嗚咽が自分の心の内で木霊する。
こんこんと、ドアが叩かれる音。
ああ、誰かは知ってる。
きっと彼女たちが来たんだ。
僕が学校に行かなかったから。
なら、今日で終わりにすればいいんだ。
彼女たちは追ってきた。
僕の家にさえ。
迫ってきた追跡者、逃れられない逃亡者。
そんな生活もう疲れたよ。
だからさ、さようならだ。
いつもはそんな風に使わない、包丁を両手で持って。
お父さんとお母さんの仏壇に向かって、ほほ笑む。
僕も、今からそっち側に行けるよ。
ん、ようやく決心が着いたんだ。
待ち望まれていた、僕の死は僕の手で決めなきゃね。
そうして、両手で持った包丁を思いっきりお腹に突き刺した。
ぐちゅりと、深々とお腹に刺さった包丁。
その包丁からはおびただしい量の血液が流れていく。
痛い、痛い!痛い!痛い!痛い!
焼けるような暑さと突き刺すような痛みがお腹から全体に駆け回る。
冷汗が止まらない、それに体の体温が徐々に冷たくなっていく。
これが死に近づく感覚なのかなぁ。
走馬灯のようなものが見えてきた。
楽しかった思い出も、喜んだ記憶も、僕には最初からなかった。
あるのは病気と闘ったこと、それを乗り越えても両親が交通事故で亡くなってしまったこと。
耐えられないバイトの掛け持ちに、いじめ。
死の間際に思い出す記憶でさえこれなんだ。
ホント、ナンノタメニ生きてきたんだろ。
気づけば血の海が出来上がってた。
でも、4つの足跡があって、
なんで......
どうして......
せっかく、死ねると思ったのに......
こいつらは邪魔をするんだ?
生きてとか、生きろとか、投げかけてきて......
そんな身勝手なこと言うなよ!
「あんたの方こそ、私たちに黙ってないで助けての一言くらい言いなさいよ!!!」
「死んじゃだめだよ!生きて!」
「直ぐに応急処置はしたが、早く救急車を呼ばなければ!」
「お願い生きて、貴方のことを託されているのあの人たちから!」
薄れゆく意識の中で、4人の彼女たちが僕に必死に訴えかけてくるが、
もうそんなのどうでもよかった。
聞きたくないから、そんな言葉。
そうして目を閉じた。
暗く深い深海のような場所に落ちていく感覚。
遠い場所からさざ波が聞こえてくる。
おいで、おいでと、船をこぐような声音で。
優しい手が僕を導いてくれた。
温かいんだ死って。
初めてのぬくもりは死んでから得られたよ。お父さん、お母さん。
今からそっちに行くね!
あちら側の手が僕に差し伸べられる。
これが僕を導いてくれる優しい手。
僕は必然的にその手を取ってしまう。
救い上げられるように意識が戻る。
気づけば、知らない天井を見つめていた。
そして、知っている4つの顔が8つ目で僕を見ている。
えっ?
その瞳には淀んだような黒い愛が浮かんでいる。
僕は今どうなっているんだ?
周りを見渡せば、僕は。
いや、僕というものは居なかった。
あるのは缶詰に入った、僕の脳みそだけだった。
楽し気に僕に話しかけている4人。
「やっと気が付いたんだね?」
「これからは私たちと一生一緒にいられるね?」
「家族5人水入らずと行こうじゃないか?」
「さぁ、語らいましょう?」
モニターに映る僕に向かってそんなことを言う。
そして、
「もうこれはいらないから、私たちで分け合いましょうか。」
缶詰が開けられる。
それは僕の脳みそだというのに、なんでフォークなんて持っているんだ?
まるで食べるみたいに。
4つのフォークが僕の脳みそを4分割にして突き刺さる。
ぐちょりぐちょりとゼリーのように跳ねる脳みそ。
何処かうっとりとした表情で、それを食す4人。
頭がどうにかなりそうだ、なんなんだよこれ。
目の前は真っ白。
それでも僕の意識ははっきりとしている。
あの海は、あの手は、
電子の海の音だった。