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死兵


鉄と血が支配する戦場にて、一人の兵士が戦場で戦う。


その眼には、戦場の恐怖が焼きついているようだった。


同僚の兵士は首を矢で射抜かれて、死んだ。


絶対にこの戦場から生きて帰ると約束した親友でさえ、敵の投石器によって身体を粉砕されていた。


あれではもう、死体がどうなっているかすらわからない......


きっと、彼らのように俺もこの戦場で死ぬんだ。


戦況は敵国が圧倒的に優勢。


もはやこの戦争は戦争ではなく、ただ蹂躙に変わっているのだった。


俺はここからどうすればいいんだ?


この不利な状況で敗走でもすれば殺されるだろう。


かといって、敵軍に近づけば、あっという間に矢で射抜かれて無駄死にするだろう。


ああ、神よ!一体どうすれば良いのでしょうか......?


そんな嘆きを考えている内に戦況はますます悪くなっていくばかりか、自国の英雄ともいわれるている武家の貴族当主が打ち取られたという、絶望の知らせが仲間内で伝搬していた。


そうして、その知らせが暫く駆け巡った後に、俺たちの指揮官は俺たちを集めてこう言った。


「この戦況を打開するために、こちらも死兵となって突貫していくしか道はない!今ここで決断しろ!勇気ある死か、敗走して死ぬか!さぁ、選べ!!!」


指揮官が言ったことは概ね理解できた。


国のために死ぬのか、国に背いて死ぬのかを選べと。


どのみち貴様らにはその程度の選択肢か残されていないのだと。


使い道のない兵は、王族のための時間稼ぎ程度なのだ。


くそ、分かっていはいたがこうなるとはな。


だが、それであいつらと同じ場所に行けるのであれば本望という気持ちもある。


勿論、あの敵軍共に易々と殺されるよりは一人でも多く、友の敵討ちをしたいという気持ちもある。


自軍の兵士たちは、彼の指揮官の選択について大いに悩んでいるだろう。


誰一人として、選択の返事を指揮官に返さないのだから。


ならば、俺が一番槍となろう!


「指揮官殿!私は勇気ある死を。我らが祖国のために戦います!」


「そうか!その意気やよし!貴様をこの突貫隊の隊長に任命する!後は任せたぞ!」


そういって、指揮官は次の持ち場に行くように馬を走らせて行ってしまわれた。


残されたのは突貫隊に任命された隊長の俺と二十数名の兵士だけだった。


俺が突貫隊の指揮を執ろうとするも、数名の兵士たちは反抗してきた。


俺にはまだ死ねない理由がある、妻と子供が、結婚したい相手が待ってくれているなど理由は様々だが、死にたくないという気持ちは痛いほどわかる。


人間誰しもやり残しことに悔いを持ち、死を恐れるのが生き物だ。


だが俺たちは兵士だ。


国のための駒だ。


上の命令に逆らっていいような身分じゃない。


意見すらおしい。


故に鬼とならなければ、心を冷徹に保ち、隊長という身分で彼らに命令を渡さなければいけない。


それが指揮官から任せられた隊長となった、俺の責任だ。


「時すでに遅い、我らはその悔いをこの戦場で散らすのみ。今兵士である俺たちは、国のために死すること以外許されていないのだ。」


「そんなことって......」


一人の兵士がうなだれる、それに追随して、他の兵士の士気が下がる。


敵軍の魔の手ももうそろそろ近くなってくるころだ。


「奮起しろ!兵士として招聘されたのであれば、どのみち死ぬことは分かっていただろう!ならば、潔く戦場で戦って一人でも多く、敵兵を殺せ!殺すのだ!それが我ら兵士にできる、悔いを晴らす戦いとなるのだ。」


俺の演説を聞いて、奮起するものはいない。


自分の死を早々に諦めきれるような人間はいないのだ


であれば最後だ。


「もう時間がない、俺は今より敵軍に突貫を開始する。突貫に参加したい兵士は俺の後に追従しろ!

敗走したいものは好きにしろ。」


俺は隊長用の馬に乗って、戦場へ駆け出していく。


その後ろには一人しか兵士はついてこなかった。


分かってはいたが、現実とは無情なものだ。


ついてきた一人を見てみると、まだ若い青年だった。


歳は18にも見える、若い目だ。


このような子がこの戦場で、死を迎えるのか?


再び、俺の気持ちに迷いが生まれる。


彼だけでもと......


だめだ、だめだ。彼は死を選んだのだ。


勇敢にも俺についてきた部下の気持ちを無駄になどできない。


「行くぞ!我らが祖国を守るために!」


そう言って、敵陣に突貫していく二名。


敵はたった二名かと嘲笑うかのような表情で、俺たちを見据えている。


その油断が戦場では命を奪うのだと教えてやらなければ。


死を背負って馬と駆ける、俺と青年。


夢中で振り回した剣は敵の防具をどんどんと切り裂いていった。


青年も槍で敵兵の喉元を奇麗に掻っ切っていた。


そうして暴れまわる、死兵2名。


戦場は混沌に満ちていった。


俺たちの死の気迫に気おされたのか、無様にも失禁してしまう兵もいた。


血濡れた防具と剣、青年の髪を赤髪に染まっていた。


夕暮れが近く、俺たちを死神のように見せる。


僅か数分の大乱闘であった。


敵の兵士約300。


俺たちは勝利を収めていた。


冷静になった視界で周りを見れば、死体の山が広がっている。


ここは地獄だ。


戦場という地獄だ。


これを作り上げたのは俺たちだ。


彼らも俺たちのように、なっていたかもしれない人達だった。


彼らにも背負うものがあったに違いない。


それでも俺たちがそれを切って捨てた。


友人、家族、恋人、それを切って、切って、切って、切り裂いた。


「なぁ、青年。」


唐突に青年に問いかける。


「......なんでしょうか、隊長?」


「俺は君と戦えて良かった。本当に...」


「......それは私もです。隊長......これほどの戦果を二人で挙げたのですから。」


青年の後悔と興奮の入り混じった発言に私も自責の念を抱く。


「だが、それもここまでのようだ。一時の奇跡であったが、俺たちは良き戦友であったな。」


「隊長......?」


そういって、俺は飛んできていた無数の矢から青年を庇うようにして馬から突き飛ばした。


鎧を貫通して、矢が背中に突き刺さっていく。


血が止まらずに痛みは耐えきれず、叫ぶ。


そのうちに吐血して彼の顔面を新たな血で汚す。


「そんな......隊長なんで......?」


この状況を理解できないとばかりに、震えた声で俺を呼ぶ。


もう、薄れゆく視界の中で俺は最後の言葉を残す。


「頼む......死兵なれば、死んだふりなど造作もないであろう?生きてく...れ。最期まで......」


「それが隊長の最後の命令というのであれば。」


「......ああ」


そうして青年は死んだように眠った。


俺の死体の中で。


冷たくなっていくからだ。


これが死の感覚か。


仇はとったぞ、友よ。


これで心置きなくそちら側へと行ける。


そして、青年よ。豊かにこれからの人生を歩んでくれ。



















彼の戦争から、3年の月日が経った。


たった二人で敵軍300を相手に無双したという逸話は今でも詩として語り継がれている。


そして、その二人の英雄は戦場で戦死したと言われている。


だが、実際には、一人の英雄は生きていた。


かつて青年と呼ばれた若き兵士は、祖国のために己を奮い立たせて、再び戦場に赴いた。


生きるために、国のために、隊長のために、戦った。


その結果、3年という月日で将軍にまで登りつめた。


今では国の英雄として、銅像が建てられるほどだ。


だが、彼が英雄で有れたのは隊長という存在があってこそであった。


敵国と友和という道を結んだ後、彼という存在は必要ではなくなった。


誰にも必要とされなくなった彼。


彼を支えるための妻もおらず、一人寂しく酒を煽る。


「もう良いでしょう?隊長?私もそちら側に行っても......」


首に突き当てた剣で、自害を図る。


だが、呪いのように隊長の最後の命令が思い起こされる。


最期まで生きろという命令が。


その言葉を思い出して、また剣を落とす。


からん、からんと金属が、虚しく鳴り響く。


その音は外にいた兵士にまで聞こえていた。


扉を開けて、うずくまる将軍を見て兵士たちは各々の行動に移る。


「将軍、大丈夫ですか!落ち着いて下さい!亡き隊長のためにも自身のお命を大事になさってください!」


もう一人の兵は自害させないように剣を持つ。


「......わかっている。分かっているとも。」


「そうですか。では、失礼します。」



そう言って、兵士たちは将軍の部屋から退出していった。



「こんな私が長く生きても、何かあるのでしょうか?隊長......」



そんな疑問が心を支配する。


それでも生きろと言われたのであれば、生きるしか道はない。


その後、青年だった将軍は齢70という歳で、15人の家族に見守られた大往生を果たしたのであった。



彼の死に際は漸く隊長に会えるというものだった。


死を想え。


人はいつか死ぬ、だがあの戦場で死ぬべきではない人間がいた。


ただそれだけ。


隊長の死は、一人の死の運命を遠ざけた。


確かにその青年は死にさいなまれたが、最期は死を想えた。


死は救済。


重くも軽く、悪く良く、死は始まりと終わりを成す。


であれば、青年と隊長の終わりに祈りを。


また会える始まりがあれば乾杯を。


死は汝達を見つめるだけだ。


さようなら、またいつか隊長。


溶けるように、胸の内に響いた共鳴がそんな波しぶきだった気がした。



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