初踏破とその先
士別ダンジョンから地上へと戻ってきた俺は、大きく息を吐いた。
「はぁ……終わったぁ」
張り詰めていた緊張が一気に解け、全身から力が抜ける。ボス戦の後だからか、それとも初踏破の達成感からか、自分でもよく分からない感覚だ。
管理棟に入ると、暖房の効いた空気が身体を包み込む。外の冷たい空気との温度差に、思わず肩の力が抜けた。
「とりあえず……清算だな」
俺はバックパックを背負い直すと、そのまま清算カウンターへと向かう。今日はボスも倒しているし、そこそこの金額にはなるはずだ。
カウンターに並びながら、ふと周囲を見渡す。
いつもと同じく探索者たちが列を作り清算を待っている。
その中でも俺はボスの魔石を持っているのだ。
優越感が止まらない。
「はい、次の方どうぞ」
呼ばれてカウンターへ進み、魔石と探索者カードを差し出す。
「探索お疲れさまでした。……これは、ゴブリンライダーの魔石ですね」
職員が少しだけ目を見開く。
「はい。さっき倒してきました」
「……お一人で、ですか?」
「まぁ、一応」
軽く答えると、職員は一瞬言葉を失ったように黙り込んだ。
探索者は基本パーティを組むが、ここはFランクダンジョンだ。そんなにソロで倒すのって珍しいのか?
「……失礼しました。査定いたしますので少々お待ちください」
そう言って奥へと魔石を持っていく職員。その背中を見送りながら、俺は目の前のカウンターにもたれかかる。
……疲れた。
思った以上にボス戦で体力を使っていたらしい。疲労で脚に軽い震えが残っている。
数分後、職員が戻ってくる。
「お待たせいたしました。今回の買取金額ですが――」
一瞬の間。
「合計で、二万八千円になります」
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。
「内訳は、ゴブリンライダーの魔石が二万円。その他魔石が八千円となっております」
「に、二万円……」
思っていた以上の金額に、思考が一瞬止まる。
昨日まで五千円で喜んでいた俺は一体何だったんだ?
「……すげぇ」
自然と口から漏れる。
これがボスの報酬か。
「初踏破、おめでとうございます。初心者ダンジョンを踏破されたので、斎藤様は【Dランク】に昇格となります」
そう言って職員は軽く微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
金額以上に、その一言が妙に嬉しかった。
未だ実感のないままお金を受け取り、更衣室で装備を外してボストンバッグに詰め込む。その時、破れたSWATの防弾ベストを見て、ようやく現実に引き戻された。
「はぁ……やっぱり買い替えかぁ」
まぁ、仕方ない。
あの状況で無傷だっただけでも良しとするべきだろう。
「……でも、二万八千円か」
ボスの魔石がなければここまでの金額にはならなかった。
そう考えると――
「ダンジョンって、やっぱ夢あるな」
思わず笑みがこぼれる。
軽い足取りで管理棟を出て、バス停へ向かう。
外は相変わらず寒いが、今の俺にはそれすら心地よく感じた。
「士別ダンジョン、踏破……か」
最初にここに来た時は、ゴブリン一匹倒すだけで精一杯だったのに。
そこから2カ月、気付けば最下層まで到達し、ボスまで倒していた。
「……俺、ちゃんと強くなってるよな」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもない、自分への確認だ。
だが、その答えはもう分かっていた。
バスに揺られながら、スマホでダンジョン情報を調べる。
次に行く場所、それはもう決めてある。
「次は……剣淵ダンジョンか」
士別よりも一段階上の難易度のEランク指定ダンジョン。
当然、出現するモンスターも強くなる。
「まぁ、いきなり最深部は無理だろうけど……」
まずは様子見。
それでも――
「楽しみだな」
俺は自然と口元が緩むのを感じた。
自宅に着き、玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり!一、今日はどうだったの!?」
家に入るとすぐに母さんが駆け寄ってくる。
「怪我してない?大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと装備は壊れたけど」
「えっ!?怪我は!?」
「してないって」
苦笑しながら答えると、母さんはホッとしたように息を吐いた。
「もう……心配させないでよ」
「悪い悪い」
頭を掻きながらそう返す。
そして、ポケットから今日の稼ぎを取り出す。
「ほら」
「え?……えぇっ!?何この金額!?」
母さんが目を丸くする。
「ボス倒した」
「ボス!?あんたもうそんなところまで行ってるの!?」
驚きの声がリビングに響く。
「まぁ、たまたまな」
適当に誤魔化すが、内心は少しだけ誇らしかった。
「今日はさ、この金で飯でも食いに行こうぜ」
「えっ、本当に?」
「あぁ。父さんも呼んでさ」
母さんは一瞬呆然とした後、ふっと笑った。
「……そうね。せっかくだし行きましょうか」
その夜、久しぶりに家族で外食をした。
特別高い店ではないが、それでも十分だった。
「一がボスをねぇ……」
父さんが感慨深そうに呟く。
「気を付けろよ。無茶はするな」
「分かってるって」
そう答えながら、ふと思う。
あの時、もし一歩間違っていたら。
そう考えると、少しだけ背筋が冷える。
「……でもさ」
箸を置き、ゆっくりと口を開く。
「俺、もっと上目指すわ。Cランクまで上がって、専業探索者になる」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
だが――
「……そうか」
俺の言葉に父さんは静かに頷いた。
「なら、やるなら最後までやれ。中途半端が一番ダメだ」
「……あぁ」
父さんの言葉に俺は短く返す。
その一言で、十分だった。
その夜、ベッドに横になりながら天井を見上げる。
士別ダンジョンは終わった。
次は、新しいダンジョン。
「もっと強くならないとな」
俺は机に置いてあったHK416を手に取る。
この武器と共に、どこまで行けるのか。
「次も頼むぜ、相棒」
そう呟き、目を閉じる。
新しいステージは、もうすぐそこまで来ていた。




