6 大討伐(2)
「そっち! ツノリス行ったぞ、気をつけろ!」
「逃がすな、囲え囲え!」
やがて、狩りは始まった。小さな魔獣であっても、人里に降りれば抵抗力の弱い作物や病人の脅威となる。
さらに放っておけばその脅威は増していく一方。行き会った魔獣はすべて狩っていくのが基本だ。幸い、小型であれば狩るのにさほどの危険はない。
「今年もそれほどの大物は出なさそうだな」
行程の八割ほど進んだところで、そんな呟きが隊列から洩れた。小休止をとりながら、皆はその言葉に同意するように目で頷きあう。
誰も声を上げて反応しないのは、全員これまでの行軍で息が上がっているからだ。声を出すのも辛いとばかりに、揃ってぐったりとした表情でしばしの休息を貪る。
北の森とは本来、こんなにも過酷な場所だったのか――水筒の水で口の中を湿らせながら、ジークはそんな驚きに身をゆだねていた。
一歩進むごとに足が沈んでいく沼のような地面、肌が触れれば激痛が走る藪の棘、視界を奪うほどの密度の虫溜まり……。先日北の森の奥地までたどり着けたのはカナタの的確な案内があったからなのだということに、今更ながら思い知らされる。
この様子では、討伐隊のメンバーはこの先に植生が変わるエリアがあることも知らないのではないだろうか。実際ジークも、カナタに連れられたあの場所まで自分一人では行ける気がしない。
――ふと、視界の端で誰かが動く気配を感じた。何気なく振り返れば、リカルドがそっとその場を離れていくのが目に入る。
大討伐行軍中の単独行動はご法度だ。たとえ用を足すのが目的でも、班長に許可を得たうえで同行者を連れて行かなければならない。
何か不吉な予感に襲われて、ジークはこっそりと彼の後ろを追った。
「……なんだ、気づいちまったのか」
しばらく進んだ後、ぴたりと立ち止まってリカルドは振り返った。
ジークに向けるその表情は、ジークのよく知る友人のものではない。女好きで軽薄で、明朗快活なリカルド。でも今その瞳は哀しみを湛え、口元に薄く浮かべる笑みは弱々しい。
「そりゃ思いつめた顔でフラっと何処かへ行こうとしてたら、気になるさ」
そんな表情に気がつきながらも敢えてあっけらかんとした口調で返し、ジークは無造作に彼に近寄った。
「……友達なんだし、さ」
最後に付け足された言葉に、リカルドの瞳が大きく揺れる。その感情の揺らぎは彼の本心にしか見えなくて、ジークは静かに相手の出方を待った。
やがてリカルドは諦めたように、投げやりな仕草で肩を竦める。
「気づかないでくれれば、オレがそっと姿を消して有耶無耶しようかとも思ったんだけど」
「意味のない仮定の話はやめておけよ。……俺の暗殺を命じられたか」
あーあ、と大きなため息を吐いたリカルドは、次の瞬間にジークに向かって素早く切りかかった。
キィイン、と無機質な金属音が響き、その凶刃がジークの剣によって弾かれる。それを予期していたかのように、リカルドは体勢を崩すこともなく流れるような連撃を繰り出した。ジークも負けじと応戦する。
――二人とも、辺境領騎士団の実力者として名高い剣の腕前の持ち主だ。しばらくの間、荒い息遣いとぶつかりあう剣戟の音だけが響き合う。
一進一退の攻防に埒が開かないと飛びのいてから、リカルドはそれに対して追撃がないことに気がついた。そういえばジークはこちらの攻撃を凌ぐばかりで、先ほどから反撃に打って出ようとはしていない。
「おいっ、何を尻込みしてんだ!」
「いや、俺は……リカルド、お前が俺を騙していたってことが信じられなくてな」
「そりゃそうだ! お前に近づいたときは、そんな思惑なんて一切なかったからな!」
ジークの気弱な言葉に、乾いた笑いがこみ上げる。
――最初はただの、興味本位だった。厄介者として押しつけられた第一王子ってのがどんな人物なのか、気になっただけで。
第一印象は最悪だった。横暴でワガママで、嫌な奴。でも、そうやって相手を傷つける言葉を口にするときに、自分まで傷ついた顔をしているのが気になった。
そうして観察するうちに、それがヤツの処世術なんだとわかってしまった。わざと嫌われるように振る舞って、本心を覆い隠して他人と距離をとる――そうやってアイツが生きていくつもりなら、それを理解する人間が一人くらい近くに居た方が良いだろう? いくら拒絶されようとアイツと関わるのをやめなかったのは、そんな理由だ。
まぁそのお節介の結末がこれじゃ、選択を間違えたのかもしれないけど。
「クインジュ公爵家は強大だ。ウチみたいな弱小地方貴族、目をつけられたらそれで終わりさ」
「やはり、王妃の差し金か……!」
歯噛みするジークに、懇願するようにリカルドは言葉を重ねる。
「誰かの卑劣な罠にかかってお前の死すら踏み躙られるくらいなら、オレの手で綺麗に終わらせてくれよ。辺境領にもクインジュ家の息が掛かった者はたくさん居る、ここで手を引いても意味がないんだ」
「では、お前が個人的に俺を殺したがっているわけではないのだな」
「っ! 当たり前だろ!」
何故か安堵した表情で馬鹿げた質問をするジークに苛立ちが募り、リカルドは鋭い剣先を跳ね上げる。
完全に捉えたと思ったその切っ先はしかし、ジークの力強いひと振りによって弾かれた。
「っ!」
痺れるほどの一撃に、手の中の剣が吹き飛んでいく。クルクルと回転しながら落下したリカルドの剣は、そのまま離れた場所で地面へと突き刺さった。




