第94話 ワニ part III
「ウオオ、よくやったーーーっ!!!!」
僕は走りながら絶叫した。
チラリと後ろを振り返ると、ワニが左目から血を流してもんどり打っている。おお、狙撃しきったか!!!!
となれば後はこっちのものだ。魔力感知じゃ細かい動きは把握出来ないだろうし、適度に逃げ回って豊成が料理するのを待つだけ。いや十分危険なんだけど、両目が見えない相手ならどうにかなるでしょ。な、なるよね……? 本当はこういうギリギリの戦いを避けるためにレベルを上げてるはずなんだけど、小うるさい師匠のご機嫌を取るのも弟子の役目だ。
のたうつワニから距離を取り様子を見る。その間にも豊成の狙撃は容赦なく巨獣を襲い、頭部はあっという間に針山のようになった。よしよし、【狙撃】スキルのおかげでダメージも通ってるみたいだな。ワニは一方的に打たれるまま、水分を補給する余裕すらある。このまま追いかけっこを再開せずに倒せないかな……?
なんて油断していたのがまずかった。
「ギィヤヤアアアアアアァァァァァァァァァア!!!!!!!!!!」
ワニが地べたに広がったままで大口を開け、例の咆哮を放ってきたのだ。
「ぐっ!?」
不意を付かれた僕はそれをまともに受けてしまう。おい、そんな情けない格好でやっていい技じゃないだろ!!!!
王者の咆哮的なやつなんだから、もっとこう威厳のあるポーズでだな……だけど、気持ちとは裏腹に僕の身体は正直だった。悔しい、でも身体が動かない!
ワニは非道なる初見殺しをきめると、ゆっくりと4つの足で立ち上がった。ブルブルと頭を振り、のろのろとこちらへ歩み寄ってくる。おい、動け!! 動けっ!!!!
必死の祈りも虚しく手足は自由を取り戻さず、【インベントリ】も発動しない。僕はワニがゆっくりと大口を開けるのを、特等席でただ眺めることしか出来なかった。そういえばワニって噛む力は強いけど開く力は弱いんだっけか……ってくそっ、今更思い出してももう遅い!!
ワニの口は完全に開かれ、後は哀れな獲物を飲み込むだけの体勢だ。鋭く尖った前歯が、ギロチンの刃のように僕へと振り下ろされる――
「あだっ!?」
寸前、背後から飛来した何かが僕の頭を小突いた。よくやった豊成!!!!
「アアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!!!」
「ギャアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!」
インベントリから大盾を取り出し、ワニの噛みつきを逸らす!!!!
「おおおお、おおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
ガチン、と固いものがぶつかり合う音が鳴り、ワニの顎が閉じられた。なんとかその噛みつきから逃れることが出来たようだ。
危なかった、ギリギリ腕一本で済んだ!!
(痛い痛い痛い痛い!!!!)
吹き飛ばされた地面からすぐさま立ち上がる。噛みつかれた左の二の腕はもう千切れそうで、なんか赤いのと白いのでグチャグチャになっていた。僕はポーションを患部と口内に連投すると、全身鎧の左腕だけ取り出して装着。これで泣き別れは防げそうだけど、しばらくは使い物にならないだろう。
ワニは両目をやられ、獲物にすんでのところで逃げられて、随分お怒りのようだった。怒気を全身から噴出させ、尻尾で大地をびたんびたん叩いている。口元が赤いけど、うわあ、あれ僕の血か……? 大盾はすっかり折れ曲がって、もう使い物にならなそうだ。こんなことなら槍の一本でも口の中に追加してやるんだった!!
しかし豊成の狙撃を警戒してか、ワニは攻めかかっては来ない。相手も手負いとはいえ、こんな状態で本気になったワニを相手にするのか……? でも、高台に避難しても同じことの繰り返しだ。さて、どうする……!?
「オイ! もう限界だろ! こっちへ避難しろ!!」
そんな迷う僕の耳に、何かが囁いた。
クソッ、血を流しすぎたか!? いよいよ死が迫って幻聴が――いや、豊成の【囁き】か!!
1号店に目をやると、上の方で何やら手を振っている人物がいる……気がする。あそこに避難すると、二重遭難につながる危険性が大きい。だけどしばらくは時間が稼げるし、他にめぼしい高台も無い。うーん……仕方ないか!!
「【水蛟ッ!!】」
僕は魔力水のシャワーを撒き散らすと、【埋没】を全開にして逃走を開始した。左手を抱えて走ってる分スピードは出ないけど、豊成に妨害されているワニも僕に追いつけない。そのまま高台へと駆け込むことが出来たけど……
「ハァ、ハァ……何これ? 塹壕戦でもやるの?」
高台の上には、謎の盛り土が整備されていた。
「まァ見てろって……っ!」
豊成はそう言うと、ワニの体当たりを堪え
「こんな事もあろうかと!!」
インベントリからバリスタを取り出し、盛り土の上に設置した。
おいおい、こんなもんどこで――
「城壁のやつじゃないか!!」
パクってたのか!!!!
「この盗人! 犯罪者!! 次の職業はロビンフッドか?」
「おいおい、人聞きの悪いこと言ってくれるなよ。投石で土台がやられて使い物にならなくなったやつが転がってたんで安全な場所に移しただけ、これは窃盗でなく保護だ」
言ってることが完全に火事場泥棒なんだけど、確かにあのまま放置しておいても大火球の衝撃で吹っ飛んでただろうしギリギリ合法か……?
「……まあ西門守ったの僕らだし、ボーナス代わりか」
「あとで返そうと思ってたんだがよ、完全に今の今まで忘れてたぜ」
「じゃあ仕方ない」
「というわけでゲハハ、喰らっとけやァ!!!!」
豊成は危機として、新兵器をワニの鼻先へブチ込んだ。
「ギィィィヤャアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!」
バリスタから放たれたボルトは巨大ワニの硬い皮膚をものともせず、鼻の付け根あたりに深く突き立った。なるほど、この盛り土は足元を狙うための傾斜か!
「よし、いいぞ! 次だ!!」
「……」
「どうした? もう壊れたのか!?」
「バリスタってよ、どう装填するんだ? ボルトはパクってきてるんだが……」
やっぱり窃盗じゃないか!!!!
「こんなのただのデカいクロスボウだろ? ……多分そのレバーだな」
「おお、これかァ! チッ、ここじゃ無理だな……フンッ!!」
豊成は血管を浮かべてバリスタを持ち上げるとインベントリに収納、すぐさま平らな地面の上に出し直す。
「下抑えといてくれェ!」
装填を終えてえると、再び土台の上へ。
「……クッ、オラァ!!!!」
土台への突撃を終え固まっているワニに第二射。今度は背中に突き立ち、血しぶきが舞う。ワニは叫んで身悶えたが、すぐに後退して再突撃の体勢だ。
「高台が先に倒れるか、ワニが先に倒れるか。我慢比べだね」
「火力を上げてェな、魔力乗せるか」
突進し、発射し、突進し、発射し。一進一退の攻防が続いた。ワニはバリスタのボルトを幾つも突きたてられているが、未だ元気に突進を繰り返している。全身はもちろん、その突進の道も真っ赤に染まっていた。
そして、高台は満身創痍だった。
「負けそう」
「早ェよ!!」
僕もそう思うけど、1号店は元々痩せ型なのでしかたない。
「どうする? 崩壊まで粘ればそれなりのダメージを与えられそうだがよ」
「……これはあんまりやりたくなかったんだけど」
僕はバリスタに手を添え、魔力を流し込んだ。
「【木遁】でバリスタを強化する。故障しそうで嫌なんだけど、そうも言ってられなさそうだし」
「矢の方は任せろや……オラァ!!」
明確に威力の上がったボルトが打ち出され、首筋に突き刺さった。おお、行けるぞ!! 大ダメージを受けたワニはたまらず身体をよじって叫ぶ。
おなじく大ダメージを受けたバリスタも悲鳴を上げた。
「やっぱ駄目だコレ!!」
「一撃でお陀仏寸前じゃねェか!!」
ギシギシとヤバそうな音をさせて軋むバリスタ。
「……さっきのは無理だが、普通に射つぐらいはいけそうだな。その前に高台が持ちそうにねェが」
巨大ワニはいよいよ発狂モードで、バリスタを点検している間にも狂ったように高台への特攻を繰り返している。高層の揺れはいっそう大きく、激しくなっていた。
うーん、これはあれだな。
「はー、降りるかあー」
僕はため息をひとつつくと、軽く左腕を振り回した。身体の方は問題ないかな?
「おいおい、大丈夫なのか?」
「元々そういう計画だったし、どうにかなるでしょ。ワニも動きが鈍くなってきてるし、ずっと逃げ回ってるだけじゃケイさんを納得させられないよ」
追試を申し渡されたら目も当てられないし、接近戦でも点数を稼いでおかないと。
「というわけであとはお願いします、師匠」
「うむ、心置きなく戦ってこい」
「ウオッ!?」
突如姿を表したケイ氏に、豊成が飛び退いて驚く。どこかで盗聴してるのかと思ったけど高台にいたのか、お首にも出してないけど正直僕もビックリしたよ!!
「いいか、修行を忘れるな」
ケイ氏僕の目を見て言った。僕も黙って頷く。そうだ、あのつらく苦しい特訓を経た今、手負いのワニなど何するものぞ、だ。
「死ぬこと以外はかすり傷だ」
「ハァ~~~……」
「やる気出ねェ~~」
僕らの急な脱力にケイ氏は戸惑った。人がせっかく最終決戦にふさわしい雰囲気を盛り上げるためにビックリしたのを必死で隠したっていうのに、本当にこのエルフはさぁ~~。
「なっ!?」
「うちの世界じゃ一番信頼できないタイプの商売人の言葉ですよ、それ」
「よりにもよってそんな胡散臭いところを持ってこなくてもよォ~」
エルフ総意識高い系説が浮上したが、そもそもそういう種族だった気もするし案外お似合いなのか……?
だけど、ケイ氏のお陰で絶妙に力が抜け、いい感じのリラックス状態に入ってしまった。さすが師匠、この効果を狙って……? と言うことにしておこう。
「ま、行ってきますよ。その辺ぐるぐる回るけど、狙いはつけられそう?」
「こっちは気にすんな。お前がやられる方が面倒になる、回避に専念しろ」
「そう、じゃ」
僕は高台を滑り降り、怒り狂うワニの前に立った。
巨獣は鋭い牙を見せつけこちらを威嚇してくるけど、なんだろう、真正面に向かい合うと意外と怖くないもんだな。
「あんさんにゃあ何の恨みもございませんが、死んでもらいます」
「ギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!」
それからどれだけの時間が経ったのだろう。あっという間、というわけにはいかなかったけど、少なくともケイ氏との特訓に比べればはるかに短かったと思う。
血まみれの大地に立っていたのは、僕一人だった。




