第80話 里エルフ
「と言うわけなんですよ」
「……」
僕らは霧雨煙る水上林を駆けた。
水没林階層は辺り一面水浸しで使える足場も少なく、それすらもツルツルと滑って非常に危険だった。これは確かに、休憩なしだと危なかったかもしれない。
食事を手短に終わらせた僕らは準備運動もこなすと、すぐに移動を再開した。残念ながら誘っても乗ってはくれず、ケイ氏はただラジオ体操を踊る僕ら(もちろん第2だ)を胡散臭そうに眺めるだけだった。
「いやー、ホント。ケイさんの助力には助かりました!」
水上はともかく水中では凶悪な魔物が生息しているらしいし、足でも滑らせたら大変だ。適応には難儀したけど、6層を超える頃にはどうにかコツを掴んでいた。地表を走るというよりは、枝から枝へ飛び回る感覚だ。スキルを駆使して移動する僕らの姿は、殆ど跳んでいると言ったほうが正しいかもしれなかった。
「……一つ尋ねたいのだが」
「はい? 何でも訊いてください」
ケイ氏はさすがの安定感、滑りやすい足元も苦にせず飛ばしている。
「そうやって運ばれるのが、お前達の普通なのか?」
そう、僕は今、背負子に載って運ばれていた。豊成と背中合わせ、ということは後ろを走るケイさんとは向かい合わせだ。2人行動前提で用意した装備だったので、連れが増えた場合なんて考慮していない。自然ずっと顔を合わせることになるので正直気まずいことこの上無いんだけど、ケイ氏の方がより混乱しているみたいだったのでここは押しの一手だった。僕はさも当然という顔をしてお喋りを続け、2度舌を噛んで死にそうになりポーションを飲んだ。
「場合によりますけど、長距離移動時は便利なんですよね。片方は休めるので航続距離が伸びるし、【なりきり】スキルを両方に掛けられるので偽装にもなります。僕らはスキルや職業のおかげで移動にはアドバンテージがありますし、ひと1人運ぶくらいはできますから」
なんて適当言ってるけど、これまではあまり使ってこなかったのは理由がある。多くのダンジョンは初めてだったし、速度より安全を取りたかったからだ。今回はケイ氏も同行しているので危険は少ないだろうし、何よりこうやっておちょくるとすぐにいい顔をしてくれる。僕らは無言で背負子の採用を決定した。
「というわけで僕らは交代で寝ながらノンストップで30層まで行こうと思うんですけど、やっぱりケイさんのために休憩入れたほうがいいですかね?」
「……要らぬ。10日は休まず動ける」
「でも足元悪いし大変ですよ? 背負子、乗りたくなったら言ってくださいね」
「要らぬと言ってるだろう!」
ホホホ、こっちのエルフは元気があってよろしおすなあ。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
などとケイ氏をいじってたら、あれよあれよと水没林階層を抜け、続く湿地階層を抜け、あっという間に30層を突破してしまった。歴代最速を大きく塗り替える脅威の到達速度、ケイ氏がおんぶ台に乗ってくれなかったのが残念だった以外は完璧な行軍だ。ツンツンエルフ加速、いっそうの研究が必要だな……。
長くジメジメした湿地帯を抜ければ、残すは最深部、湖沼階層だ。
「今度は川と沼と湖かァ?」
「まともな地面が広がってるのはありがたいね」
亜熱帯の気候に平地、山、木々が広がり、そして巨大な湖。その名にふさわしく、各階層に1つは大きな湖沼があるという。
「ここは遠距離アタッカーの聖地だね。湖越えの射程があれば一方的に攻撃できる」
たまに水中から魔物が出てくるらしいけど、所詮水棲生物、陸に上がればまな板の鯉だ。
「でもよ、アレがいるんだろォ?」
「ヌシね。めったに姿を見せないらしいし、むしろ会えたらラッキーだよ」
それに、ヤバいやつは全部ケイ氏に押し付けて逃げればいい。僕らは視線を交わして基本方針を固めた。
「じゃ、僕が最初にいきますね」
地図を見ながら次層への階段へ向かう途中、丁度いい獲物を発見したのでケイ氏に僕らの腕を見せることになった。湖の前で両足を踏ん張り、弓をいっぱいに引き絞る。専門家では無いけれど、仮にも忍者を名乗るなら武芸百般は当たり前。【弓術】スキルも獲得できたし、このくらいの距離は……
「ふんっ!!」
僕の放った矢は湖を山なりに飛び越え、対岸で休むワイルドバッファローの群れに到達。手前で草を食んでいた大型牛の背中に命中した。
「よーし!!」
だけど、僕が喝采をあげたのもつかの間。射掛けられたバッファローは大きくいななくと、矢を背に立てたまま一目散に逃走を始めた。
「あーあ、貴重な獲物がよォ」
「クソッ、やっぱり打撃力か? 打撃力が足りないのか!?」
異世界の魔物はサイズがデカ過ぎて、攻撃スキルも乗ってない矢の1本や2本じゃ倒れてくれない。外したりとかすると恥ずかしいし……って大型を狙ったのもよくなかった。僕は地団駄を踏むけどもう遅い、バッファローの群れは踵を返して逃げていく――
と、背後から一本の線が伸びたかと思うと、逃走中のバッファローの頭部に深く突き立った。ドスッ、という音がここまで聞こえてくるほどの威力に若干引いてしまったのは内緒だ。バッファローは怒り狂ったように暴れ回った、本場の地団駄だ。
「筋は悪くない。人間でそこまでやれれば十分だろう」
そうケイさんは慰めてくれるけど、どう考えても天然見下し成分の方が多すぎてもはや別物だった。自然由来の製品が全て体に良いとは思わないことだな!!
「なんかコツとかあります? エルフの秘伝みたいな」
「難しいことはない。弓というものは、当たるように射てば当たる」
そりゃそうだろうよ。
「人間は欲にまみれた生き物だ。世界とまっすぐに向き合えず、『当たるように射つ』が出来ない。『当たったらいいな』という都合の良い妄想を『当たる』という現実にすり替え弓を射る。結果、当たるはずのない矢が空を切るのだ」
とケイ氏が御高い目線から御高説を垂れ、その後ろから飛びだした矢が暴れ狂うバッファローの目を正確に射抜く。豊成による致命の一撃。止めを刺されたバッファローは数歩たたらを踏んだ後、よろけて地面へと崩れた。
「……」
「……」
「……」
お、ちょっと血管浮いてきたぞ? エルフ様方は輝かんばかりに白い肌だから、ピキってるのが手に取るように分かって面白い。
「(薄々感じてはいたけど、このエルフ、煽りに弱すぎる)」
「(絶対インターネットやらせちゃダメなタイプだぜェ)」
新たなるオモチャの誕生を祝ぶ僕らの横で、ケイ氏が新しい矢を番た。放たれた矢は真っ直ぐに逃走するワイルドバッファローの群れに飛び、着弾する寸前青白く光ったかと思うと急激に右側へと進路変更、一番大きな牛の目を側面から貫いた。
「あ、キッタネェ!!??」
豊成が叫ぶ。
「……正しく風を読めば、矢は曲げられて当然だ」
「いやいやいや、今の絶対魔法でしたよね!?」
目を固く瞑り、頑として反則行為を認めないエルフ。あの速度であの急カーブ、風がどうのこうのという話ではない。今のが連発できればMLBで単年50億は固いだろう。ちょっと「やっちゃった……」みたいな雰囲気が滲んでるのもカワイイところだった。
「里でもまともな方でこれだ、エルフ思ったよりヤベェぞ」
「お偉方の頑迷さはこれ以上でしょ? 説得には骨が折れそうだね……」
あれだけ人格に問……ユニークで個性的なディーやババアが、まさか良識派とは。僕は身体のどこからか湧いてくる、謎のワクワク感でいっぱいだった。
僕らは里エルフ蛮族説を検討しながら、奥へ奥へと進んだ。