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召喚されたら草だった  作者: 徳島
第一章
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第8話 草と芋

 食堂のご飯は美味しかった。


 食事はバイキング形式で、専任の調理師が控えているのでいつ食べに来てもいいらしい。料理もパンに肉や魚、スープは勿論お米まで用意してあったのには驚いた。謎の食材も多かったので安全そうな鶏肉(鳥肉?)とパン、コンソメっぽいスープにサラダを選んだけど、スパイスも効いてて味に不満はなかった。食事が合わないのはかなりきついので、これには大いに助かった。【料理家】堀之内さんの【食物鑑定】や【錬金術師】富根さんの【薬物知識】でも、毒物が見つかることはなかった。



 食事の後は浴室に案内された。


 男子全員が一斉に入っても十分に余裕のある大浴場の男湯には、正直度肝を抜かれた。石鹸はもちろん、シャンプーっぽいものもある。こちらも深夜の掃除時間以外は利用可能らしい。僕らの召喚に対してかなりの準備をしてきている印象だ。まあ、国の命運がかかっているとなればこれくらいは当然なのか?


「思ったより文明レベルが高いのかもしれないな」

「だがよォ、それだけ相手が強大ってことだろ」


 なるほど、それは困る。



 食堂や浴場のエリアから階段を登れば居住スペースだ。長い廊下の両サイドに、2人部屋と4人部屋が幾つも配置されている。部屋数も余裕があったし、中央の階段を境界に男女のエリアを分割、適当にグループで分かれ入居した。トイレや洗面は共用のものが左右に一つづつ、談話室の他に大部屋も幾つかあったが、うち1つは横沢さん用の図書館に改造されるらしい。勇者様の接待にはかなり気合を入れてもらえるようだ。


「すごいねえ、私専用だってさ。気分はもう王女様だよ、異世界もなかなか悪くない」


 もちろんみんなも来ていいからね、司書としては利用者がいないと、と横沢さんは笑った。




◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「おお、悪くないじゃねェか!」


 お風呂をいただいてさっぱりし、用意された服に着替えると、自分たちの部屋へと向う。僕は豊成と2人部屋だ。

 これまでは石造りの無骨な部屋ばっかりだったけど、ここの内装は白を基調としててなかなか見栄えがいい。二段ベッドにクローゼット、壁に設置された折りたたみテーブルに椅子が2脚。白いシーツの掛かったマットも寝心地が良さそうで、外国の学校の寄宿舎みたいだ。4人部屋だとこれが2部屋ぶち抜きのようになる。


「壁も床も木製か。石だと冷え冷えするから助かったよ」

「まァ石材よりは木材のほうが内部に色々仕込みやすそうだからな」


 嫌なことを言うんじゃありません。


 僕は調薬なんかで机を使う予定だし、下のベッドを選択した。豊成も高いところのほうが好きだろうし。


 部屋の確認、という体でいろいろひっくり返したり壁をノックしてみたりしたけど、怪しい装置は見つからなかった。というか素人なので音で判断とかできないし、壁に掛けられた明かりの魔道具なんかに何か仕込まれても調べようがない。【魔力感知】や【直感】とかの便利スキル持ちに期待しよう。【観察】? 現状では小学校の自由研究にしか役立ちそうにない。


 僕は調薬なんかで机を使う予定だし、下のベッドを選択した。豊成も高いところのほうが好きだろうし。ふかふかのマットに上半身だけ寝っ転がって一息つく。


「しかしなァ、まさかこんなことになるなんて」


 豊成がドカッと椅子に腰を下ろすと、つぶやくように言った。


「ほんの24時間前はよォ、普通に学校行って、普通にメシ食って風呂入って普通に寝っ転がってゲームしてたって信じられるか? 頭おかしくなるぜ」

「僕たちは【ストレス耐性】があるからどうにかなってるけどね。女子なんかかなりまいってる」

「俺ァ明日全員に【ストレス耐性】が生えてても驚かないね」


 それはそれでみんなが苦しんだ証拠だし、手放しには喜べないけど。


「思ったより僕たち朴念仁チームが働かないといけないのかもね」

「鈍感力様々だぜ。しかしよォ、問題はどう動くかだ」

「よし。これより、第一回農民作戦会議を始めます」



 僕は身体を起こし、高らかに開会を宣言した。




「なんかよォ、もっといい名前が無ェのか。全国農業労働者集団総決起大会とか」

「ちょっと何言ってるか分からないですね」


 こだわるとこか?


「まあとりあえず、だ」


 僕ら居住まいを正し、お互いをまっすぐに見据えて言った。



「草ってあれだろ?」

「芋ってあれだよね?」




◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇




【草】 [音]ソウ [訓]くさ

名詞


1.草木。

2.簡単な、粗略な。「草野球」

3.(インターネットスラングで)笑いを表す。

4.忍者。



「お前がニンニンで俺が芋、つまりそういうことだろ」



 僕たちが昨夜プレイしていたゲームはいわゆるMMORPGで、そこで僕は忍者、こいつはガンナーをやっていた。しかも僕は忍者のうちでも「木遁」を得意とする木忍者、豊成は長距離狙撃型のスナイパーだ、どう考えてもゲームのデータが今の職業に反映されているとしか思えない。


「石造りの地下で木遁とか一番役に立たねェヤツじゃねーか。もっと火力のでるヤツにしといてくださいよォ」

「そっちだってこんな閉所でスナイパーなんて銃の代わりにネギ背負ってるんじゃないのか」


 そもそも僕が木忍者になったものも豊成が「忍者なんて人気どころ選んじゃってまぁ」と煽ってきたから一番人口の少ないの選んだだけだし、根本的にコイツが悪い。

 なお、木忍者はもくにんじゃ、黙認者から転じて傍観者としてただ他人のプレイを集団でじっと見つめたり、他人のイベントシーンに背景として写り込んだりするだけの無害惑集団がクランの最王手になるなど、なかなかプレイングが面白かったので後悔はしてない。第一候補だった火忍者とか治安最悪になってたし、本当に危なかった。


「ていうか木忍者は大正解だったろ。火とか水とかじゃ【草】にはならなかった。忍者であることを隠匿できたのは僥倖だ」

「マァな。意図せずして本物の【草】ロールプレイになっちまったな」

「僕の方はいいけど、お前はなんで【芋】なんだよ。【芋砂】ならともかく……」


 「芋砂」とは主にFPSゲームで使われる用語で、安全な場所に寝転がったまま動かず敵を狙い続けるスナイパーの姿を揶揄した蔑称だ。こいつはその迷惑なプレイスタイルをRPGに持ち込むべく日々無駄な努力を重ねていた、他人の嫌がることを率先してやる普通に厄介プレイヤーだった。


「まあ『砂芋』なんて近年発明されたスラングだからな。異世界では上手く翻訳できなくても仕方ないか」

「それなんだがな、昨日弾薬切れたから『俺はスナイパーを辞めるぞ! 時代は「芋砂」じゃなく「芋」だ!!』とかいって放置して遊んでたからよォ」


 撃たない芋砂なんてマジでただの芋だろ。


「あとな、【剣術】みたいに【銃術】が無ェだろ? この世界、銃が存在しない可能性はある」


 木忍者は他の五行、火水金土に比べて絡め手や補助に強みがあった職業だった。僕もそれを面白がったもっぱらそっち系のスキルを伸ばしてたので、武器や攻撃スキルを持っていないのは納得がいく。

 だが、コイツの場合は一撃の威力に重きを置いたガチガチの銃アタッカーだった。確かに銃火器系のスキルが生えていないのはおかしい。


「弓は最初だけ、【弓術】スキルもクラスチェンジに必要な最低限しか取ってなかったからなァ」

「豊成が【農民】に成りすましできたのもクソみたいなプレイングの産物ってことか」

「後は穂積と似たようなスキルセットだったのも良かった。勝手にあっちが勘違いしてくれたぜ」


 僕のメインウェポンだった「短刀」も、この世界にないから弾かれたのかもしれない。いや、そもそもこの世界に【忍者】がいるのか?



「【忍者】といえば――」


 僕は声を潜めた。


「先輩は、死んでない可能性がある」

「あるな」


 豊成も頷いた。


「上手いこと能力を隠し通して国から逃げ出した訳だろォ、俺らに取っちゃ希望の星よ」

「偽装工作の材料にもなってくれたしな」


 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。先輩には感謝しかない。


「僕の強みはまだ忍者だとバレてないことだ。斥候、戦闘、それに魔法もこなせるスーパー職業であることは絶対に隠したい」

「忍者ってやっぱクソ職だわ」

「やかましい。先輩に習って表向きは薬師を目指そう。あとは鉢植え貰って野菜でも育てるか?」

「そりゃいいな、農業スキルでも生えてくれれば儲けもんだ。図書館がOKなんだ、プチトマトくらいは用意してもらえるだろ」

「そっちはどうするんだ? 一緒にお薬でもこねるか?」

「そうだな、つるんでた方が農民組として認識されやすいだろ。手作業で【集中】伸ばしても怪しまれねェだろうし、できれば【ストレス耐性】も合わせて育てたい」

「僕の場合は【植物知識】と【ストレス耐性】か。注意深くやったら【観察】も伸びないかな?」

「あ、あと魔法を使ってみてェ。俺たちには魔法がわからぬ。敵を知り、己を知らばの精神で学ばないとな。それに、せっかく異世界に来たんだしよォ」

「ガンナーは魔法使えなかったからな。自力でスキルを生やせるかどうかの実験にもなるか」

「【迷彩】とか【埋没】はどう伸ばしゃいいんだ?」

「気づかれないようこっそり誰かの後ろを取るとか?」

「他人のイベントに映り込む有害迷惑プレイヤー集団みてェだなオイ」


 お、喧嘩売ってんのか? こちとら毎日お前が目を開けた瞬間顔を覗き込んでてもいいんだぞ?


「とりあえずはこんなとか? まあ方向性は決まったな」

「そォだな。最優先で上げるべきは」


 目を合わせ頷きあう。


「【インベントリ】だ」

「【埋没】だ」


 僕たちは方向性の違いで解散した。

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