第7話 異世界講座
「ええと、いわゆる異世界転生モノと呼ばれるコンテンツを知ってる人はどれだけいる?」
みんなの前に立った小屋敷君が、挙手で確認を取った。詳しいのは男子の3割、女子の2割ほどだけど、ほぼ全員がそれらしいコンテンツに一度は触れているようだ。
「分かりやすく言うと、僕たちはゲームみたいな世界に来たってことだと思う。このステータス画面が典型かな」
勇者、いや有識者コヤシキによって異世界転生モノの説明が行われた。レベルやスキル、魔法に称号等のステータス周りに加え、勇者や魔王、聖女みたいな有名所の職業、よくある世界観や王道の展開なんかを整理して手早く説明している。
見事な解説というか、小屋敷君、コイツ――執筆してるな……?
「自分たちより強大な戦力を召喚する以上、それを従わせる何らかの手段を準備してると考えたほうがいいと思う。例えば、魔法やスキル、マジックアイテムや薬物なんかで僕たちを奴隷にする、とか」
みんな合いの手も入れられず、申告な顔で話を聞いている。しかしお約束とはいえ奴隷が当たり前なジャンルも、なかなかに罪深い。やっぱり、ここが最初のネックになるよねえ。
「洗脳や隷属みたいな魔術手段に対しては、こちらも魔術的な対抗策を取るしかないと思う。精神異常を防ぐ、または回復する呪文やスキルがあるだろうし、鍛冶や錬金術なんかで耐性を高めるアイテムを作ったりというのも考えられる。これについては専門職の人の担当かな」
「それから、レベルを上げて精神力の値を増やす。レベルについてはそれ自体で抵抗できる確率が上がるかもしれないし、とにかく上げられるだけ上げたほうがいいと思う」
「正直な所、今の僕たちでは対抗は難しいと思う。できるのは怪しい指輪や腕輪なんかを渡されても軽々しく身に着けないこと、食べ物や飲み物にも気をつけること、様子がおかしい仲間がいないか注意することくらい」
小屋敷君は真剣に続けた。
「それ以外では、人質を取る。これはクラスの何人かを監禁してもいい。特に生産職の人たちなら隔離する理由も付けやすいし、戦力的にも問題は少ない」
一部の生徒たちがざわつく。
「それから、僕たちに魅力的な異性を充てがって、その……抜き差しならない関係にしておいてから人質にする、という手がある」
小屋敷君が照れながら言う。一部の生徒たちがざわつく。
「魅力的な異性か……」
「確かにあの王子様はレベル高かった」
「目が飛び出るほどの美形だったな」
「あのレベルが来たらちょっと自信がない」
「王女様だったら致命傷だった」
「ここらでひとつ猫耳が怖い」
「そういえば獣人とかエルフはいなかったな」
「差別主義の国もお約束だけど……」
「帝国だったら致命傷だった」
「ぱっと見、俺達と同じ人間っぽいよね」
「そうだな、少なくとも先っぽが3つに分かれてるとかじゃなさそうだしなァ」
皆が王子様の王子様を思い浮かべ、一部の女子は顔を赤らめうつむいた。
「おい、ハラスメント発言だろ」
「だがよォ、こっちの世界の人間が俺たちと同じかってのは大事な問題だろォ」
ハラ男に反省の色は見えない。
「それは確かに」
「地球人と見分けがつかなかったな」
「吸血鬼とかもいるの?」
「竜人とか鳥人も王道だな」
「猫耳が怖い」
「三股ってもうキングギドラじゃん」
「王子だからプリンスギドラ?」
「まあサイズはキングだったけど」
「じゃあ王はもっと凄いの? エンペラーなの?」
「み、みんな止めようよ、外見とか服装のことを言うのは良くないよ」
常識人の堤君が暴走した議論をたしなめる。全くの正論だ。
「そうだぞ、みんな。話すべきことは他にある」
すっくと椅子から立ち上がり、毅然と言った。
「僕はタイツがケツの割れ目にまでぴっちり張り付いてたのが気になって仕方なかった」
「わかる」
「後ろついていくとき笑いを堪えるのに死にそうだった」
「あれはヤバい」
「ボカシ入ってなくて大丈夫か心配になった」
「乳袋ならぬケツ袋か」
「どんな技術だよ」
「王国一の職人が丹精込めて仕立ててるんだろうなあ」
「半月に一度くらい取ってるんだろうな、ケツ型」
「み、みんな!」
さすがにはしゃぎすぎたようだ。全く話が進まない。気の早い作品だと追放から秘められた力が覚醒してざまあを敢行し、Sランク冒険者になってヒロインの数が片手じゃ足りなくなってる頃だぞ。
正直、バカ話でも挟まないと精神が持たないところはあるんだけど。
「まあ、服装で言ったら俺達だってどう思われてるかわかんないからな」
「ご先祖様も召喚されてたんだろ? チョンマゲ姿で」
「とんでもない奴らを召喚してしまったと驚愕しただろうなあ」
「子孫の俺達にも全く理解できないからな」
「お歯黒とか、絵面が完全にホラーだしな」
「むしろこの世界のほうが呪術的な意味で納得されたのかも」
「下半身の話に戻して申し訳ないけど、王子様は相当鍛えてたな。プロ野球選手のケツと言われても納得するレベルだったぜ」
浜君が真面目に下半身を語る。
「確かにムキムキだった」
「血管浮いてたもんな」
「他の騎士もあれくらい鍛えてるんだろ? 全員デカかったし」
「大学とか深谷と同じくらいあっただろ。180は超えてるぞあれ」
「本当に俺たちが勝てるようになるのか……?」
みんながスンとなる。
「……そこはもう、繰り返しになるけどレベルを上げるしか無いかなって思う」
解説の小屋敷さん。やはりレベルという名の暴力を振り回すしかない。
「あとはスキルや魔法の強い組み合わせを探るのも必要だけど……」
小屋敷君がちらりと大学を見る。
「小屋敷の言う通り、俺たちは力を合わせるしかない。個人情報だとは思うが、クラスのためを思って、皆の職業やスキルを申告してほしい」
大学が意を汲んで、みんなに提案した。
「俺は職業が【騎士】で、スキルが【槍術Lv.1】【光魔法Lv.1】【身体強化Lv.1】【カリスマLv.1】【インベントリLv.1】【算術Lv.3】【異界語(日本語)Lv.5】【大陸語Lv.4】だ。【インベントリ】【算術】【異界語】【大陸語】は全員が持ってると思う。それから称号の【渡り人】、これも共通だな」
「僕はクラスが【風魔術師】、スキルが【風魔法Lv.1】【魔力操作Lv.1】【精神力強化(小)Lv.1】【生活魔法Lv.1】で、後は大学と同じ」
1人あたりのスキル数は4つか。2人共強そうなスキルセットで羨ましいな、と嫉妬してたら
「俺は【賢者】、スキルは【魔力操作】【鑑定】【全魔法適正】【魔力感知】だ。言っとくがお前ら全員を好き勝手鑑定するからな、無駄な隠し事はするんじゃねぇぞ」
ふてくされたような顔で割り込んだ舞戸君の発言に緊張が走る。【鑑定】、ついに来たか!
「……今んとこスキルコピーやら洗脳やらの危ないスキル持ちはいないみたいだが」
反発も予想できるだろうにわざわざ鑑定持ちだと宣言してみんなの安全に一役買ってくれている、相変わらずのツンデレキャラだ。つんけんしながらも心根は優しくてみんなに愛される、これで女の子ならヒロイン、異世界モノなら勘違いされ系悪役令嬢まっしぐらのナイスガイ、舞戸君だ。【鑑定】の持ち主が彼でよかった。
結局、端から順に自己紹介の流れになった。みんなの申告を、大学が手帳にまとめている。
「私は職業【侍】、【刀剣術】【見切り】【火魔法】【身体強化(小)】全部Lv.1ね」
「クラスは【錬金術師】で、【錬金術】【薬物知識】【魔道具知識】【道具効果増強(小)】。攻撃系のスキルが無いな~」
「えー、僕は【農家】だった、実家が農家だからね。スキルは【植物知識】【観察】【埋没】【ストレス耐性】。戦闘向きじゃないみたいなんで薬草の勉強でもしようかと思ってる」
「オレも【農家】だ。【集中】【迷彩】【踏破】【ストレス耐性】。まァ農家でも武器を持っちゃダメってことは無ェだろ、時代は一揆よ」
オホホ、舞戸君の視線が痛いですよ。すごい形相で睨んでくるのでこちらからも見つめ返しておくと、舌打ちを返された。一応黙っていてはくれるらしい、さすがのヒロイン力だ。
【僧侶】【剣士】【弓術氏】【スカウト】等の定番に加え、【テイマー】【召喚師】【巫女】【冒険者】辺りの気になるクラスもいた。珍しいところでは、横沢さんの【司書】、囲碁・将棋部の一年生エース湯船君が【棋士】、料理研の堀之内さんが【料理家】。クラス選択は個人の来歴が反映されていると考えて間違いなさそうだ。しかし、ぶっちぎりで怪しい【草】と【芋】はともかく、【農民】も結構浮いちゃってるな。
その後は個室の部屋割りを考えたり、連絡体制を整えたり、僕たち全体のカバーストーリーを考えたり、各種注意事項の通達が行われたりして、第一回の会議が終わった。