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召喚されたら草だった  作者: 徳島
第二章
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第59話 専門家

「よしよし、7匹目」


 僕は釣り上げたマダラウミヘビを、針にかけたまま首の後ろ辺りで切断した。しばらくはピチピチしていたものの、やがて動きを止めた頭と胴体を、慎重に収納する。インベントリで実質的な死亡確認が出来るのは大変便利だ。


 マダラウミヘビは諸島階層の岩礁帯に生息する、強力な毒を持つ肉食性の魔物だ。毒腺はもちろん、牙、肉、鱗に骨まで残さず利用される、生ける素材セットである。ババアの本でも頻出なので数が欲しいんだけど、潜って獲りに行くのは流石に怖いなあ。こいつらがその辺でウロウロしてたら、お馬さんを倒せたかどうか怪しかったと思う。豊成は相変わらずサメと戯れていた。


 アイランドホースの魔石を回収した僕たちは、その足で取って返し……とはいかず、普通にレベル上げしたり採取に励んだりしながら、帰り道をゆっくりと戻っていた。(はや)る心はもちろんあるけど、召喚術の素材は魔石だけではない。他の部分を妥協すれば、せっかくのワンダリングボス撃破も無駄になってしまうのだ。


 というわけで豊成は浜へサメ狩りに、僕は崖へ磯釣りに出ていた。ゴツゴツした岩に腰を下ろし、リールも何も無い、糸を結んだだけの釣り竿を垂らす。群島階層は素材の宝庫、ウミヘビの他にも回収しておきたい魔物は多かった。レベル上げと採取を両立できるこのダンジョン、お勧めされるだけのことはあるなあ。『猛火鳥の渡し』なんか、枯れ木と岩と転がる草くらいしかないからね……お、ハルイロロブスターちゃ~ん。


 アイランドホースを倒して、僕らは一発でレベルアップした。中立ボスは経験値が低いと言われていてもこの上がり様、ヒクイドリマラソン1周分くらい稼いだんじゃないだろうか? まあ普通ではありえないほどの格上を2人だけで倒してるんだから、これくらいのボーナスはあってもいいはずだ。一般的な冒険者に比べステータスが高く、格上を狙いやすい。まさに勇者の成長速度が早い理由を体現したようなレベルアップだった。


 もう全部お馬さんでいいじゃん、って思わなくもないけれど、ワンダリングボスは一度倒すと1ヶ月ほど復活しないらしい。うーん、実に残念だ。


 釣り竿をちょんちょんと動かし、獲物を誘いながら考える。倒せる中ボスを探して回るか、大人しく雑魚をしばいて回るか……うん、今回でよく分かったけど、僕らに中ボスはまだ早いな。こんなに見事に地形ハメが決まることなんて、そうそうないだろう。浅い階層のボスは専門のパーティーが狩って回っているので、かち合うと面倒くさそうだし。今回は犬が小判でも掘ってくれたと思って忘れ、じっくりレベル上げするべきだ。おっと、ウミヘビちゃ~ん。


 僕らはそのままサメを狩り、素材を集めてながら2日掛けて群島諸島を抜け、『後期幻妖彼処』を後にした。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 ダンジョンを出た僕らは、冒険者(エクスプローラーズ)ギルドに寄って壮鬼の角を納品、せこせことギルドのポイントを稼いだ。さっさと上級ダンジョンに行きたいけれど、下積み期間をしっかり取らないと怪しまれてしまう。こちらも悩ましいところだ。


「召喚術用の素材が欲しい。市場に行こう」

「そうだな。そろそろ飯も補充しとかねェと」


 ボルケスタの商業地区は、2つのエリアから成る。市場エリアは多種多様なダンジョン産の素材が持ち込まれ、毎日がお祭り騒ぎだ。王都を抑えて、国一番の規模を誇っている。とにかく人でごった返してて、売り口上が(やかま)しい。それとスリが多い。


 もう一つのエリアは町外れの蚤の市だ。ギルドにハネられた規格外の素材や出どころの不明な品々が地面に所狭しと並べられ、なんとも怪しげな雰囲気を醸し出していた。


「どうする?」

「こういうのは掘り出し物キメるのがお約束だろォ」

「僕の【観察】が火を吹いてしまうね……」


 と、意気揚々とフリマを回ってみたけど


「全く分からん」

「無理だねこれ」


 見事なまでの完敗だった。【観察】、何も分からん。【植物知識】、使えたけれどどれも品質が悪く、これならババアの店で買った方がいい。そもそも、僕らは買い物をしないので相場が分らない。基本的に僕らの持ち物は王宮印か森山印の高級品だから、買い替えの必要性が薄いのだ。これはお助けNPCのディーを連れてくるべきだったな。


 大人しく市場へ逃げ込み、安心安全のギルド加盟商店を見て回る。この街で利用するのは飯屋ばかりだったので、なかなか新鮮だ。肉、野菜はもちろん、魚介類も豊富なのは助かった……うん、相場が分からないな! お助けNPCのパランカさんを連れてくるべきだった。いや、あの人の目利きはあんまり信用できないかな……。

 結局、元の世界で見たことがあるような魚と、なんか面白そうなのをちょこちょこと購入。続いてスパイスを扱う店に移動した。


「うーん、醤油と言えば醤油だね」

「味噌も塩っ辛いな、だがまァ味噌だ」


 基本的な調味料やスパイスは王宮でガメてきたストックがあるけど、補充できるならしておきたい。僕らはいろんな調味料を試して回った。醤油、味噌はともかく、鰹節まであったのは驚いた。ただ、どうしても違和感というか、パチもん感はある。こればっかりは現地の人たちに合わせてあるので仕方ないだろう。

 錬金術とかいう謎テクノロジーとダンジョン産の新鮮な材料のおかげで、地球のものと比べても品質自体はそれなりだった。塩なんか殆ど不純物がないんじゃないだろうか? さすがに王宮のものと比べれば落ちるけど、パンチの効いた魔物肉相手では案外気にならないものだ。僕ら自信、繊細な舌をしてるわけでもないしね。

 

「料理なんて出来ねェから、何が必要かよく分かんねェな」

「結局煮込み用か串焼き用の2択になっちゃうね……ん?」


 2軒目のスパイス屋で、僕はそれを発見した。あのザル、もしかして……。


「おやっさん、これ唐辛子?」

「ああ、それもとびきり辛いやつさ!」


 おお! これは助かる。どんどん寒くなっていく季節、やっぱり辛さは必要だよね。謎のアカシシアマトウガラシとかでなくてよかった。


「あァ? 唐辛子って寒いと辛くならねェんじゃなかったか?」

「考えが甘いね、豊成」


 僕は肩をすくめた。


「唐辛子はね、ストレスがかかると辛くなる。これは一種の防衛反応だと言われているね。多くの場合、このストレスとは暑さや乾燥なんだ。だから寒い地域では、唐辛子は辛くならない。だが、ここには別のストレス要因がある。そう、魔素と呼ばれるあれさ。人や動物に多大な影響を与える魔素は、もちろん植物にとっても脅威だ。つまり、ここの唐辛子は寒くても辛くて当然ってことさ」

「兄ちゃん、何言ってるんだ? 寒いとこの唐辛子が辛いはずねえよ。こいつは『己斐の典詞』の、それも熱帯階層産だから辛いのさ!」


 僕は黙って店主に銀貨を握らせ、代わりに大量の唐辛子を手に入れた。




□□◇◇『ナロゥ&ジョゼッカの お手軽3分クッキング!』◇◇□□


●材料


・唐辛子      ……適量

・柑橘類の皮    ……唐辛子と同量

・塩        ……唐辛子の40%



●作り方


 1.唐辛子の種を取り、みじん切りにする。


 2.柑橘の皮の表面だけを剥く。白い部分は苦味が出るので入らないよう注意すること。

 

 3.皮をみじん切りにする。


 4.唐辛子、皮、塩をすり鉢に入れ、すりこぎでよく混ぜ合わせる


 5.完成!!(1週間ほど置くと、更に美味しくいただけます)



「へえ、なるほどね」


 お助けNPCが匙の先に乗せたそれを舐め、なにやら納得した。


「これが僕の故郷に伝わる伝統的スパイス、『柚子胡椒』だ」

「ふーん。材料は普通だし、こっちにあっても良さそうだけどね」


 ディーがスプーンをペロペロと舐める、なんだか猫っぽいな。


 ちなみにこの番組、ババアの合法しあわせショップからお送りしています。召喚術のことを相談しにいったら面白そうだからここでやんなって言われて、今はババアが作業場を片付けてる間の待ち時間だ。


「ちなみに、『胡椒』とは『唐辛子』のことだ」

「ん?」

「さらに『柚子』は『謎の柑橘類』なので、正確には『謎柑橘類唐辛子』だ」

「あ、そう……」

「博識ッス! さすが唐辛子博士ッス!!」


 止めろ。 

 

 柑橘の白皮を剥きながら、唐辛子素人が全力で煽ってくる。


「ってか、なんとなく思い出してきたぜェ。これあれだろ、自由研究のやつ」

「そうそう」


 僕の故郷に伝わる、というのは誇張でも何でもなく、『柚子胡椒』は婆ちゃんの出身地である九州発祥だ。夏休みで実家に帰ると、よく手作りしてるところを見せてくれたなあ。そして小学3年の夏、そのお手軽さとオリエンタルな雰囲気に目をつけた僕によって、自由研究のテーマに選ばれたのだった。

 

 柚子胡椒の歴史を調べ上げ、数種ずつの唐辛子と柑橘類で柚子胡椒を作成、食べ比べての食レポまで完備の超大作自由研究。唐辛子を扱った手で目を拭き、痛みでのたうち回る等の事故はあったものの無事完成したレポート。その完成度の高さに僕は気づいた。これ、2回分になるな……? 急遽「柚子胡椒作成編」と「いろんな柑橘胡椒編」に分冊化された自由研究は、翌年の自由に大きく貢献したという。


「マジで唐辛子博士じゃねェか」

「博士としては青い唐辛子が用意できるとよかったんだけどねえ」


 贅沢は言うまい、これはこれで味がある。


「汁物、焼き物、何にでも使えるけど、僕は焼き鳥が好きかな」


 僕はインベントリから焼きたてのヒクイドリ串を取り出して並べた。うーん、これこれ。


「ああ、うん。これはいいね」

「おうよ。まあ、実家の秘伝だから、取り扱いには注意してね」


 男3人で、焼き鳥をつつく。


「思い出すな、婆ちゃんの味……」


 お前んとこの婆ちゃん両方ともバリバリのシティーガールだろ。


「ヒッヒッヒ、何だかいい匂いがするじゃないか」


 あっ、森ガールだ。


 ババアが怪しく笑いながら現れ、串焼きを1本手に取り珍しそうに観察した。


「大婆様、刺激が強いですから気をつけてください」

「アンタ、アタシを何だと思ってるんだい」


 ヴァルハラ通いのおばあちゃんでしょ? 博士も心配だよ。


 僕らの心配をよそに、おばあちゃんは串焼きを一口齧った。


「……フン、なるほどね」


 エルフって納得するのが好きなの? 納得すると耳が伸びる種族とかなの?


 納得いかないけど、食べた人が満足ならそれで十分、実家の秘伝を開陳した甲斐があったというものだ。僕の心を、何か暖かいものが満たしていった。


「うんうん、やっぱり異世界文化交流はいいね」

「そうだな。これならもっとオープンにしてもいいかもなァ」


 豊成は深く頷くと、インベントリから白い物体を取り出した。


「ババア、実家に伝わる食品に似たやつ市場で見つけたんだがどォだ?」


 モチは止めろ!!


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