第58話 討伐
新年あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。
39層に転進した僕らは、すっかり疲労困憊だった。
スイッチ式水面走り法は、全力疾走が前提のメソッドだ。いくらレベルアップで体力がつき、スタミナポーションをがぶ飲みしていたとは言え、あれだけの距離はさすがに無理があった。僕らは精も根も尽き果てて起き上がれず、中立生物のポニーに囲まれ髪の毛をむしゃむしゃされるがままだった。
「……全く、酷い目に合ったね」
「どうしようもない格上に手を出して逃げ回るの、これで何度目だァ? いい加減学ばねえと、そろそろネタで終わらなくなりそうだぜ」
ようやく体力の回復した僕らはその辺の岩に座り、寄せては返す波を見ながら食事をとった。少し強めの日差しが、僕らと白い砂浜を照らした。頬を撫でるそよ風が気持ちよかった。まるで南国リゾート気分だ。逃げ帰ることを想定して、39層の階段付近の敵を掃討していた自分を褒めたかった。
「そもそも逃げ帰るようなことをしなければいいんじゃないですかねェ」
はい。
僕は足元に寄ってきたヤドカリをつまんで放り投げた。
「で、どうすんだ?」
豊成が水筒の水をあおりながら言った。
「さすがにあの守護者は無理だろ。このまま諦めて手持ちの魔石で妥協するか、一旦戻って勝てそうな魔物を調べるか。金で買うのもありか? ヒクイドリとサメの魔石でかなり稼いでるだろォ」
「そうだね……」
僕は水平線の向こうに視線を向けた。
「基本的な考え方は悪くなかったと思うんだよね」
「今まさにそれを改めようって話し合ったばかりの気がするが」
僕は豊成の言を無視して続けた。
「初回のチャレンジはデータ取り、観測射撃みたいなものさ。人間、一度や二度の失敗で投げ出してちゃ駄目、問題はいかにここから改善していくかだよ」
そうだ、これしきのことで巨大魔石を諦めて溜まるか。僕は残りのパンを押し込むと、立ち上がって言った。
「大丈夫、僕にいい考えがある」
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「……あれかァ。分かりやすくていいな」
「こうして見ると、ただのデカい馬だね」
まあそのデカさがとんでもないんだけど。
アークタイガーに歯が立たなかった僕たちが、代わりに僕らが目をつけたのは『後期幻妖彼処』諸島階層のワンダリングボス、「アイランドホース」だった。
諸島階層の30階台をうろうろしているこのお馬さん、本当に大きい。あのアークタイガーより一回り上のサイズなのだ。そして、巨体に似合わず大変温厚な性格だ。こちらから手を出さなければそこら辺で草食ってるだけの、中立的なボス。まあ草食動物である以上僕の敵なんだけど。
さて、一般的に馬は水に入れるのだが、こいつは泳がない。なんと、水面を走るのだ。一度手を出したら最後、階層の果まで追いかけては齧かじる、蹴つる、踏み潰す等暴虐の限りを尽くして襲撃者を物言わぬ姿に変える。魔法も攻撃スキルもないけれど、その巨体だけで十分な破壊力。なんだかんだ言って、ワンダリングボスを張るだけの暴力は持ち合わせているのだ。
崖の上で豊成が屋をつがえる。
「……じゃあやるぞ。【集中】【チャージ】【空封エアシール】【曲射】【部位狙い】――フンッ!!」
「行くぞっ!!」
僕は豊成の後ろ襟を掴むと、放たれた矢の行方を確かめもせずそのまま岸壁から飛び降りた。水柱を立てて着水すると、すぐさまインベントリから一抱えほどの岩を取り出して抱える。
「【潜水】【水掻】」
そのまま海中を沈み、海底に到着すると岩を収納する。僕はハンドサインで
「……(もっと遠くまで行くぞ)」
とだけ伝え、豊成を抱えたまま水底をすいすいと進んだ。
僕らの作戦は至極単純だった。クソデカ馬に一発入れて、すぐ海中に逃げ込む。認識されなければ追撃もされまい、という安直な発想だ。だがこの世界では実に強力、というか僕らの主戦力だった。万一認識されても水面を走ってしまうので、水中の僕らに手が出せない。知らんけど。潜って来たら? 気合で逃げる。以上!!
「……(来ねェな)」
「……(もう少し待とう)」
この階層のサメは狩れるだけ狩っておいたので、辺りは静かなものだ。そうそう、そのオオヒレハイザメ。あまりの単純作業に魔が差して、水中戦の参考にと海の中で戦ってみたけど、びっくりするほど強くて笑ってしまった。インベントリで岩を食わせなかったら普通にヤバかった。やっぱり、窓とモンスターははめ殺しに限る。
……さて、もう10分は待ったと思うがけど、ボスは現れない。海を挟んだとは言え直線距離は1kmもない。あの巨体なら十分な時間のはずだ。
「……(よし、上がってみよう)」
僕は上をちょいちょいと指したあと上昇、水面から顔を出し周囲を見回した。
「……いないな」
「ブハッ。いや、まだだ。アイツの姿を確認するまでは安心できねえ」
島に上陸し、木に登って……おっ、いるいる。アイランドホースは特に変わった様子もなく、むしゃむしゃと雑草を食べていた。
「……あの場所、動いてないみたいだね」
「おいおいマジかよ」
僕らは顔を見合わせた。
「……来たか」
「……来たね」
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「【集中】【チャージ】【空封エアシール】【曲射】【部位狙い】、フンッ!!」
「ほいっ」
こうなれば、後はもう作業だ。
僕らは狙撃>入水して隠れる、のループでお馬さんを攻撃し続けた。底に沈んで1分も待てば、ボスは攻撃者の事を忘れてまたお草むしゃむしゃに入るようだった。豊成が曲射を覚えたことで、着弾までの時間を作れるようになったのもよかった。
ダンジョンにおける推奨レベルは、6人パーティーを基準として階層数と同じレベルだ。ここ39層なら、39レベルになる。守護者は+10なので、アークタイガーの討伐推奨レベルは50。ワンダリングボスなら平均階層に+5なので、アイランドホースなら35+5で40だ。
35を超えると人類では無理かな? となりそうだが、そこは人類、人数を増やして対抗する。人数が1人増えるごとに推奨レベルが1減るので、レベル30の冒険者を15人ほど集めれば、推奨レベル45のボスも倒せる計算になる。実際、別のダンジョンで守護者を務めるアイランドホースが討伐されるときは、レベル30前後のトップパーティー3つが合同で物量作戦を仕掛けるらしい。
僕らはステータスだけならレベル30のラインにはあるけど、いかんせん人数が少ない。冷静に考えて、2人でボスに挑むとか正気の沙汰ではない。ダメージを与えてるのに至っては、豊成だけだ。【部位狙い】で前足の膝を狙っているので、上手くいけば早めにカタがつくかもしれないけれど、効果のほどはまだ見えなかった。
「1時間に30本撃ったとして……うーん、これ、倒せるのかな?」
「ちと厳しいか? 自己回復とかされたてら終わりだぞ」
「別ダンジョンと同一性能なら、ヒールもリジェネも、奇跡も魔法も使わないっぽいけどね。問題はこのダンジョンだけにある回復ギミックとかか」
「草食べて回復かァ? あり得るな、このままじゃジリ貧かもしれねェ」
「もっと時短できないか検証するべきかな? 1セットに2発とか射てない?」
「2本目躱かわされねェか?」
結局、2回ほど追い回されて泣きながら水中に逃げ込んだりしながら、僕らは検証に励んだ。結果、矢が当たるタイミングで水深3mくらいに避難してれば大丈夫なのが判明。さらに、目いっぱいの曲射と直射で着弾タイミングを合わせる2Hitコンボも開発され、ダメージ効率は大幅な改善を見た。
豊成の射撃数が200を超える頃にはアイランドホースは前足をかばい始め、両足を潰されるとただ歩くのですら精一杯になった。
島の端へと逃げる巨大馬を追いかけ、僕らも移動した。一番外れの浜辺でアイランドホースは移動を止め、のろのろとその場をうろついた。海上へ逃げられるかと思ったけど、両足をやられてスキルが使えなくなったのだろうか?
豊成は無心で矢を放ち続け、僕は【潜水】を掛け、豊成は岸壁と海底を往復し、僕は移動しやすいように縄梯子を掛け、階段を整備した。
昼過ぎに挑み始めたアイランドホースが砂浜にゆっくり倒れたのは、夕日が水平線の向こうへすっかり沈んだ後だった。