第55話 追い風
『後期幻妖彼処』の平野階層を抜ければ、最後に待つのは群島階層だ。
群島階層は、海面に浮かんだ小さな島々からなるエリアだ。小さいものは学校のグラウンドくらい、大きいものは10キロ四方ほどになる。これらを次々と移動しながら、次層への階段を探していくのだ。
この階層では何ちゃら鬼みたいな和風モンスターは出現せず、凶暴な猪や凶暴な蛇や凶暴なムカデなどが主な住人だ。南国のリゾート地を思わせる気候と合わさり、無人島にでも流された気分になる。完全に名前詐欺だな、『海物語 in 異世界』とかにしろ。
島と島の間は浅瀬でつながっていたり、引き潮のときだけ現れたり、泳いで渡るしかなかったりと様々だ。
「どうする?」
「めんどくせェ。行けるとこまでは最短でいこうぜェ」
ということで、地図に示された階段目指して直進することにした。小高い丘を越え、ガジュマルの森を抜け、岩場を通り、水面を走る。
「おい、早すぎんぞ!」
豊成は息を上げながら必死でオールを漕いでいた。乗ってるカヌーはセッチン丸III、こんな事もあろうかと――というわけではなく、大浴場の湯船が広いので船でも浮かべて遊ぼうぜ! とみんなで盛り上がって【鍛冶師】森山くんに作ってもらったオモチャのうちの1つだ。興が乗った森山くんは他にも普通の釣り船っぽい初代セッチン丸とか、丸太のいかだみたいなセッチン丸IIとかを制作し、足漕ぎ式アヒルちゃんボートのセッチン丸IVで湯船を爆走中ふと我に返ってしまいシリーズは凍結された。
僕の履いている水蜘蛛は自作だ。適当な木片を繋いで丸いスキー板みたいにしてるだけなんだけど、【水面走り】スキルのおかげでスイスイ進める。
このダンジョンに限らず、群島階層は人気がない。海を渡る手段がなければ先へ進めないというクソ仕様だからだ。【インベントリ】スキルがなければカヌーですら持ち込むのは大変、パーティーが乗れる船なんてもっての外。水中・海洋系のダンジョンは、水魔法や特殊スキルを持ちを集めた専用パーティーの独擅場だった。
「ほらほら、急がないとヤバい魔物が出てくるかもよ」
「クソッタレ!!」
本当はこいつを背負って【水面歩き】の予定だったんだけど、普通に沈んでしまったので急遽作戦を変更となってしまった。豊成が必死になってるのを眺めるのは個人的に大変に気分がいいが、パーティーとしては困りどころだ。峡谷階層にいたクソワニみたいなのに襲われたらまずい。早めに【水面走り】のレベルを上げて搭載重量を増やすか適応範囲を広げるか、もっと大きな水蜘蛛を制作しなければならないだろう。
「ヘイヘイヘイ~」
「……よし、飽きた」
豊成は速攻でオールを投げ出すと立ち上がって両手を広げ、哀れな一人タイタニックごっこを始めた。いけない、追い込みすぎたか……? と思ったら雨合羽を取り出し、両手いっぱいに広げて帆の代わりにすると
「《追い風》!!」
と風魔法を唱える。
「おお! 進む、進むぜ!!」
「ちょっと! 止めてよ、水面が荒れるじゃないか!!」
「アァ~? いい訓練になるだろォ~、よォしスピードアーップ!!」
豊成が風速を上げる。荒れ狂う水面に足を取られ、上手くバランスが取れない! 僕は必死で足を閉じ、股と尻が引き裂かれるのを防ぐので必死だった。くそっ、あんなニンゲン・ハンセンに負けてなるものか!
スキル持ちの底力を見せてやる! 僕はインベントリから巨大たらい取り出して乗り込み、豊成のカヌーに鉤縄を引っ掛けて寄生虫モードへと移行した。お、こりゃ楽でいいわい。
「わあっ! と、豊成!!」
僕は抗議の声を上げた。
「ガハハ! 【追い風】! 【追い風】! 【追い風】!!」
「だから! いいかげん魔法を止めろ!!!!」
「【水遁】持ってんだから溺れても大丈夫だろォ!」
お前は持ってないけどな。
僕の快適なクルージングは、速度を上げすぎた豊成が海面に突っ込むまで続いた。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「おお、予定よりも大分早いな。次からもこれで行こう」
僕は32層の地図を確認しながら、水筒の水を飲んだ。35階層までは海にモンスターは出ないらしいので、大丈夫だろ。
「おいふざけるなよ。これじゃお前のスキルレベル上がらねェだろうが」
豊成はまだお冠だった。せっかく着替えてさっぱりとしたのに、ジメジメと後ろ向きな男だ。
「でも【風魔法】の訓練にはなる。運が良ければ【操船】とか獲得できないかな?」
「操ってるうちに入んのかねェ。お前は水蜘蛛で走れよ」
結局セッチン丸IIIに帆を設置 in し、豊成は弱追い風+帆+オールの三点セット、僕は水蜘蛛で進むことにした。確かに、これがなかなか訓練になる。35層を抜ける頃には、それなりの風速でも進めるようになっていた。
というわけで36層に到達した僕らは、噂に聞く「サメ漁」を試すことにした。手順は、以下の通りである。
適当な波打ち際(砂浜が望ましい)に新鮮な肉や傷だらけの魔物を投げ込む。すると血の匂いに誘われたオオヒレハイザメが海中からわらわらと押し寄せるので、とにかく殺す。そのとき流れた血で、また新たなサメが現れるのでとにかく殺す。
サメがサメを呼ぶ、サメサメパニックである。ここへ来てのサメ=ワニ説、完全南国ステージかと思ってたら思わぬ和風要素だ。
さて、僕らは2人だしアレンジが必要だ。先ず、島は大きすぎない方がいい。豊成の弓が端から端まで届くくらいが理想だ。島中の魔物を倒して綺麗にした後、木の上に基地を設置。僕がインベントリからヒクイドリを一体、海へと投げ込みすぐに撤収する。
「オウオウ、やって来やがったぜ」
「先生、お願いします」
灰色のサメがアシカみたいにヒレを動かし、ドスドスと砂浜を上がってくる。思いの外早いスピードで、確かに囲まれるとめんどくさそうだ。36層から登場するオオヒレハイザメは、海岸線で戦闘していると血の匂いを嗅ぎつけて乱入してくる、実に面倒くさい魔物だ。対抗策としては、海の付近で戦闘しないか、群れを倒せるだけのパーティーで挑むか、僕たちみたいに狙撃で叩くか。
豊成が片っ端から矢をぶち込んでいく。ほぼ島の反対側からの狙撃、【スナイピング】の乗った矢はサメの頭を軽々と撃ち抜いた。
「おい、どんだけ湧いてきやがんだよ!」
豊成は精度もそこそこに、速度優先で矢を放ち続ける。だが、倒すよりも増えるほうが早い。たちまち浜辺はサメの死体で一杯になった。ハイザメは一箇所に溜まり過ぎると暴走して島の中まで突撃してくるらしいので、それは防ぎたいところだ。最悪の場合は島を放棄して逃げ出す予定で、逃走ルートも確保してるけど。
「よし。まあ頑張ってくれ」
僕は壺を取り出して、【調薬】を始めた。残念ながら、誠に残念ながら、僕に手伝えることは一つもない。よし、ババの新レシピでも試そう。
「なんで毎回このパターンなんだよ!!」
豊成は怒ってみせるけど
「そりゃレベル上げの一番美味しいパターンが安全地帯から格上相手に最高火力を叩き込んで大量虐殺だからだよ。口を動かす暇があったら手を動かせ」
「動かしてるだろうが!!!!」
サメの勢いはとどまるところを知らない。豊成は射ちまくった。
「アアアアア!!」
豊成は射ちに射ちまくった。
「アアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
豊成は射ちに射ちに射ちまくった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!!」
「さすがにやかまし過ぎでしょ」
僕の抗議に
「いや、違うんだ」
サメの死体を砂浜に並べ終えた豊成が、こちらを見て言った。
「レベルが上った」