第5話 面談
「フカヤ・トヨナリ様……い、芋!?」
部屋中の視線が僕たちに集まる。大司教様も目を見開いてるし、王子様なんてなぜかこちらを睨んでいる。僕等に責任なんて無いし、最近の異世界人はキレやすくて困る。
「ええと、お二人のステータスはこちらで間違いありませんか?」
面接官が僕らの前に紙を滑らせた。おお、見たことない文字なのになぜか分かる。
「……はい、合っています」
「こっちも大丈夫です」
僕たちのステータスはこんな感じだ。
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【Name】赤石穂積
【Age】17
【Class】草
【LV】1
【HP】100/100
【MP】50/50
【STR】9
【VIT】8
【AGL】13
【DEX】11
【INT】10
【MEN】10
【LUK】12
【スキル】
植物知識 :Lv.1
観察 :Lv.1
埋没 :Lv.1
ストレス耐性 :Lv.1
インベントリ :Lv.1
算術 :Lv.3
異界語(日本語) :Lv.5
大陸語 :Lv.4
【称号】
渡り人
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【Name】深谷豊成
【Age】17
【Class】芋
【LV】1
【HP】100/100
【MP】30/30
【STR】12
【VIT】8
【AGL】8
【DEX】14
【INT】8
【MEN】11
【LUK】12
【スキル】
集中 :Lv.1
迷彩 :Lv.1
踏破 :Lv.1
ストレス耐性 :Lv.1
インベント :Lv.1
算術 :Lv.3
異界語(日本語):Lv.5
大陸語 :Lv.4
【称号】
渡り人
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「ふむ、【草】……【草】ですか」
中央のおじいちゃんが、その立派なお髭を撫でつけた。
この面談の基本方針は、情報をできるだけ引っ張り、相手には渡さない、だ。怪しまれない程度に質問し、質問には質問で返す、やらずぶったくりの精神で臨んでいきたい。
が、こちとら一介の高校生、何ならコミニケーションは苦手だし、相手はきっと海千山千のタフネゴシエーターを投入してきてるだろう。手のひらの上で転がされるのは避けられないとしても、クラスに迷惑を掛けるような情報流出は避けたい。
「……あの、【草】とはどういった職業なのでしょうか」
僕の質問に、左右の面接官が固まる。
とりあえず軽いジャブでも……のつもりが、無駄に大振りの質問になってしまった。何もかんもこの職業が悪い。
「そうですのう。詳しくは後日話があると思いますが、我が国では過去に幾度か勇者様のお力を拝借しております。その中にお一方、やはり【草】という職業の方がいらっしゃった、という記録がありますの」
おお、先輩がいたのか!
「この世界の者を含め今にも過去にもその方しか前例のない、大変珍しい職業です」
つまりSSRだってことだな。転職ガチャ、勝ってしまったか……。
「勇者様の多くは、一般の者たちよりも強力なクラスをお持ちになります。上級職、などと呼ばれておりますな。成長を遂げれば、まさに一騎当千の力を得られますでしょう。また、一部の方はこの世界では見当たらない、大変貴重な職業に就いておいでです。名前から類推し易ければいいのですが、そうでない場合、どのような力を持っているのかを一から探らなければなりません」
「なるほど」
「さて、【草】という職業については、お恥ずかしながら分かっていることが殆ど無いのです」
そう言っておじいちゃんは手元の資料に目を落とす。
「以前の勇者様はですな、その、召喚されてからかなり早い段階で、訓練中に魔物に襲われ亡くなったとされておりまして……」
パ、先輩……。
談話室を気まずい沈黙が支配した。なるほど、それでこんな微妙な空気になっているのか。
「……もちろん、これは我が国としても痛恨事でして、以降勇者様の育成にはより細心の注意が払われることとなりましたので、皆様にはご安心していただいて大丈夫です。なに、我々が全力を持ってお手伝いたしますからな、心配なさることはありませんぞ」
何か狙いがあってこの後ろ向きな事実を公開したのか、単純に隠しきれないと判断したのか、はたまた何も考えてないのか……判断がつかないけど、まあ貴重な情報を得られたと考えよう。勇者、普通に死ぬ。
「……それで、【芋】の方になりますが」
おじいちゃん話を切り上げた!
「こちらのクラスは……」
どうにも歯切れが悪い。面接官は分厚い本を高速でめくり、背後のローブ達も髪の束をひっくり返しててんやわんや、おじいちゃんは恋する少女のように人差し指でおヒゲをくるくる絡め取っている。
「……僕、何かやってしまったでしょうか?」
豊成が心配そうに尋ねた。
「いえ、いえ! 何も問題はございません。ただ、少し確認が必要でして」
面接官はぎこちない笑顔で応え、ローブ達は必死で羽ペンを動かし、おじいちゃんには後方からメモが回され、僕は唇を噛んで俯き笑いを堪えるのに必死だった。真面目に、やろうって話し合ったばかりじゃないか!! 真剣な場面なんだから実績解除を優先するの止めてほしい。
「今資料も当たらせておりますが、【芋】は初めて見ますのう。もちろん我々がこの世界における全ての職業を知っている訳ではないでしょうが、新しい職業として登録されることになると思いますぞ」
人類初の芋人間ということか、良かったな豊成!
「ただ、職業というのはこの世界の実態を反映し新しく増えていくものだというのが通説です。例えば水タバコという物が発明され広く流行した時代に、新たに【水タバコ士】という職業が現れたと言います。つまりこの王国以外で【芋】という職業が広まり、それによってこの地でも【芋】という職業が発見された、という可能性は残ります」
「なるほど……あ、この世界の芋とはどういうものですか?」
僕は会話に乱入した。豊成に任せているとどんな発言が飛び出すかわかったもんじゃない。
「芋は、食べられる植物ですな。色々な種類がありますが、基本的には弦や葉を持ち、地面の下に実をつけます」
「それは、僕たちの世界の芋と同じようですね」
「ほう、そうですか! 実に興味深いですな、ああ、後で実物をいくつか用意させましょう。しかし、そうなるとこの【芋】は植物の芋という可能性が出てきましたな。そう言えば、お二方の職業やスキルは似通った点も多いようですが」
おじいちゃんが顎髭をしごく。
「そうですね、僕は代々農業を営んできた家の生まれで、僕自身もその作業を手伝ってきました。育てていた作物には、見方によっては食べられる草や実のなる草とも言えるものがありますし、山に入って山菜や野草を収穫したりもしました。ですから、そういった活動を全て含めて、【草】という職業が選ばれたのではないでしょうか」
「なるほど。以前の勇者様もやはり農民の出で、食用や薬用の野草に詳しかったと言います。当時も『こちらの世界には無い植物を主に扱っていたため、食料を扱う農民ではなく【草】とされたのではないか』と議論されていたようですが、この推測が近いのかもしれませんな」
まあ父は普通のサラリーマンだけど父方の実家が農家なのは本当だし、農繁期に家族でじいちゃん家に帰って手伝うだけだったけど農業もしてたので、嘘は言ってない。つくしんぼも摘んだよ。
「私の方も彼と同様です。学生なので普段は学業が優先されますが、収穫の時期などは人手として駆り出されたものでした。また、小さい頃から芋類を育てたりしていましたから、その経験ゆえでしょう」
こいつは農作業やったのが面白そうだからと収穫を手伝いにうちの実家に付いてきてたときくらいのシティボーイで(人手はいくらあってもいい)、芋の栽培なんて保育園のときの児童農園の話だし、完全に詐欺師の物言いだ。
「ふむ、やはり【草】も【芋】も農業系の職業と考えられますな。お二方ともストレス耐性のスキルをお持ちですが、これは農民や産業系の職業にしばし現れるもので、辛い作業に耐え通常より長い時間仕事ができるとされております」
ブラックス御用達キルじゃん。
「アカイシ様の【植物知識】【観察】【埋没】は先代も同じスキルをお持ちだったようです。【植物知識】は名前の通りで、植物やその利用法に詳しくなるスキルですな。薬師などがよく持っておりまして、上級者になれば未知の草花についてもよく働くと言います」
おお、それって鑑定では? これで異世界3大チートのうちインベントリと鑑定が揃ってしまった。やれやれ、僕はやはり選ばれた存在だったようだ。
「【観察】は、山菜や薬草を発見するのに役立つスキルです。【埋没】は、他人に気づかれにくくなる、そこにいても気にされなくなるスキルと言われています。山で獣に襲われた農民が、このスキルのお陰で助かった例などがございます」
「なるほど、僕は存在感が薄いタイプだからかもしれませんね。誰かと一緒にいても、『あ、いたんだ』ってよく言われますから……」
再び部屋に沈黙が訪れた。ローブ軍団のうち、ある者は目をそらし、またある者は遠い目をどこかへと向けた。今日一空気が重くなってるのどう考えてもおかしいだろ。
「……ええと、フカヤ様の【迷彩】も、周囲に溶け込み相手に気付かれなくなるスキルで、やはり猟や漁で活用されているようですな。【集中】はその名の通り、集中力が増すスキルです。農業としては、手作業の効率が上がります」
ブラックス御用達キルじゃん。
「【踏破】は山や湿地など足元が良くない場所でも素早く移動できるスキルです。一見地味ですが、この国は冬は雪が深く積もりますので、有用な場面も多いでしょう」
おじいちゃんは場をフォローするように話を進める。
「【大陸語】は、この世界の言葉を理解できるようになるスキルです。それから【異界語】、これは勇者様の世界の言語の知識がスキルとして認識されたものと言われております。この2つはこれまで召喚された勇者様は皆お持ちのスキルです」
ふむ、もっと勉強頑張ってたら英語版も生えていたのだろうか。
「同じ儀式で同時に召喚された勇者様方は、共通のスキルをお持ちになると言われています。古くは鑑定や高度な剣術スキル、そして前回の勇者様は皆様が全魔法適正をお持ちで、その強大な魔力をもって王都に迫る魔獣を焼き尽くしたと伝えられていますな。今回は皆様【算術】と【インベントリ】をお持ちです。これまでの面談では【算術】は【異界語】と同じく、勉学によって後天的に獲得されたということでしたが」
「そうですね、まさに僕たちが勉強していた大きな理由の一つだと思います」
「すると、【インベントリ】が今回の勇者様の共通スキルとなりますな。異空間、というのはお分かりですかな? こではない別の世界への扉を開き、そこへ自分の持ち物を収納したり取り出したりできる、非常に有能なスキルです。世の商人から引く手あまた、少なくとも食いっぱぐれることはないでしょう」
数々の転生物で猛威を振るってきたインベントリ、この世界でもその有用性は大きいらしい。まあ強い要素しかないからね……。
「ふむ……スキル構成を拝見しますに、やはり【草】や【芋】は農民に近い職業のようですな。以前の【草】の勇者様も、やはり戦闘向きのスキルではないということで、【植物知識】を活かし薬師や錬金術師の技を学ばれたといいます。もっとも最低限の戦闘力を付けていただくための戦闘訓練中に命を落とされてしまったのですが……」
おじいちゃんはなにか言いたげにこちらを見やる。
「僕としても、みんなが戦っているのに自分だけ拠点で大人しくしているというのは望みません。ただ、前線に出しゃばって足を引っ張りたくもない。現場に出てみないと分からないことばかりとは思いますが、薬でみんなを癒やしたり、魔物に合った毒を用意したり、なんとか役に立つ方法を探せればと思います」
「僕も体だけは大きいですから、盾でも担いで何かできればと」
「……そう言っていただけると、我々も助かります。なに、勇者様方はステータスの能力値が非常に高いですからな、戦闘向きの職業でなくとも魔物退治に大きな貢献をされた勇者様は多いと言いますぞ」
おじいちゃんはそう言って笑った。