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召喚されたら草だった  作者: 徳島
第二章
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第40話 敗走

「おい、どうしたんだお前ら」


 宿屋『転がる首』亭の店主は、僕らのなりを見るなり驚いて言った。


「いやー、調子に乗ってデカい奴に喧嘩売ったら、これが全然歯が立たなくてよォ」


 豊成が投げやりに応えた。僕らは汗と泪と泥んこと葉っぱにまみれ、ボロボロのぐちゃぐちゃだった。


「ハハハ! 調子に乗った駆け出しがホブゴブリンから命からがら逃げ出すのは通過儀礼みたいなもんだ、気にすんな!」


 おっちゃんは嬉しそうに大声で笑った。新規勢がショック受けてる姿を楽しむ古参みたいな物言いで正直ムカつくんだけど、都合よく勘違いしてくれてるみたいなので話を合わせておこう。


「次は絶対ぶっ殺してやるぜ、初心者ダンジョンになんて時間かけちゃいられねェ」

「というわけで一晩お願いしたいんですけど」

「その前に綺麗にしてこい」

「あー、裏庭借りますね」


 新しい服に着替えて汚れた服をタライにつっこみ、じゃぶじゃぶと洗う。降雪のおげで水が無料なのはいいけど、冷たすぎて手が死にそうだ……げっ、穴空いてるじゃん。まあ枝やら藪やら気にせず突っ込んだからなあ。


 三眼鬼からの逃亡劇は本当にひどかった。人里に引っ張ってはいけないので、ボルケスタに近づくルートは取れない。深夜の森を逃げるはめになったのはきつかったし、途中から雪が降り出したのも最悪だった。僕らの速度はそれなりだったはずだったが、三眼鬼との距離はまったく広がらなかった。


 焦った僕らは最終手段に手を出した。逃走ルートを変更し、深層を爆走した。三眼鬼に別の深層の魔物をぶつける、オペレーション・怪獣大決戦だ。都合よく巨大な一眼鬼(トロル)を発見、背後からその横をかすめるように通り抜け――成功だ! 背後から怪物どもが争う声が聞こえた。ハハハ、所詮は低能な魔物よ、争いの中で無惨に朽ち果てるがいい!!


 3分後、そこには2体の鬼に追いかけられて泣きながら全力疾走する僕らの姿があった。


 おかしい。なぜこんなことに。まさか、データを越えたというのか……!? 僕らは混乱したが、それも一瞬だった。すぐに僕らの脳内は「死」の一文字に埋め尽くされ、その後のことはよく覚えていなかった。


 気づけば見知らぬ平野に立ち、鬼の姿は見えず、天に登っていた月は太陽と交代し、体中は傷だらけで、足はきちんと2本あった。


 僕らは抱き合って涙を流した。体中から出せる水分は全部出し切ったと思ったけど、生物は不思議だ。ああ……生きてるって、素晴らしい。


 疲れ切った僕らがボルケスタへと帰り着いたのは、日も傾いたころだった。


 門番からは心配され、薬草を納品したギルドの職員には「……人数を増やせ」とだけ言われた。極度の疲労状態にあった僕らは新しい宿を開拓する気力もなく、結局この宿に戻ってきた。何でもいいから、とにかく飯を食って休みたかった。洗濯を終えた僕らは食事を所望したが


「晩飯? あと1時間待てや」 


 と言われ、部屋で休んでいたら昼だった。




◇◇◇◇ ◇◇◇◇




「ごめんくださーい」


 古いが手入れのされた扉を開けると、カランカランと鈴の音が鳴った。


 薄暗い店内には、薬屋特有の匂いが満ちていた。部屋の奥ではボコボコと鍋に満たされた怪しい液体が光を発しながら沸き立ち、棚には怪しい魔物素材や骨が並び、カウンターで怪しいおばあちゃんが怪しい本を読んでいた。


「ヒッヒッヒ、何の用だい?」


 おばあちゃんは本から目を上げると、怪しい笑いで僕たちを迎えた。鋭い目つき、しわしわの肌、白一色の頭髪。余りのそれっぽさに僕たちは(おのの)いた。悪い魔女という概念の具現化だ、三角帽子をかぶせてハロウィンのコスプレ大会に出したら連戦連勝だろう。


「(オイ、これ突っこんだ方がいいのか?)」

「(とりあえず礼節をもって対応し様子を見よう)」

「(だがよォ、これだけのボケをスルーするのも礼儀に反するぜェ)

「何をゴチャゴチャ言ってるんだい? 早く要件を言いな」


 異世界との文化的差異に惑う僕らに、おばあちゃんは言い放った。すごい、喋りも100点だ。


「これは失礼しました、御婦人(マダム)。実は買い取っていただきたい物がありまして」

「気味の悪い喋り方をするんじゃないよ、私のことはババアとでも呼びな!」

「おうババア、ちょっと買って欲しいモンがあんだけどよォ」

「失礼だよ、いくらババア本人がババアと呼べと言ってもババアにババアなんて言っちゃいけない」

「……なかなか生きのいいのが来たみたいだね」


 ババアは僕たちを軽く睨んで言った。


「で、これなんだけど」


 僕は一輪挿しの花瓶をカウンターの上に置いた。


「……へえ、『水面草』じゃないか」

「マジかよ!」

「ほら言っただろ! これでギルドの登録料が払えるぞ!!」


 僕は振り返ると、ひとしきり喜んでみせた。おばあちゃんは花瓶を傾けたり匂いを嗅いだりして、水面草を検品した。


「イオニ苔の匂いがする、西の森だね」


 僕の背筋は一瞬で凍りついた。あっぶねー、王宮ダンジョンの月下草出さなくてよかった!!


「おっと、採取ポイントは教えられねェぜ?」

「要らないね、水面草が同じ場所に生えることはない。あんた等も、無理して中層なんかにいくんじゃないよ」

「あ、はい」


 至極真っ当でありがたいご忠告に、僕らは背筋を伸ばした。


「……ふん、状態も悪くないね。やるじゃないか」

「ちょうどスライムの粘液収集の依頼を受けててね、運が良かった」


 水面草は月下草と同じ高換金性レア薬草だ。中層でのレベル上げ中に、偶然発見して採取しておいたのだ。こっちは抜いた後すぐに土を落として、根を水に浸さないといけない。陶器やガラスの容器が推奨される点が、月下草より採取難度を高しくしていた。


「これなら金貨15枚だね」

「おう、それでお願いするぜババア」

「移し替えるからそこで待ってな」


 おばあちゃんは水面草を持って奥に下がった。スーパー【植物知識】レベル上げタイムだ! 僕は店内を片っ端から【観察】して回った。おお、月下草の乾燥粉末だ。なるほどこうなるんだな……あ、『薬草大全』でしか見たことのない花が!!


「……何だいアレは?」

「動植物の死骸に異常な執着を見せる呪いに掛かっちまった哀れなヤツなんだ、気にしないでくれ」

「フン、それで水面草を持ち込んでくれるなら呪いじゃなくて祝福だね」

「ババア~、この細いの何?」

「それはムベンガの尾骨だよ!」

「うーん、銀貨3枚か……」

「素材はダメだよ、薬師ギルドか錬金ギルドの人間にしか売れない。調合済みのやつなら売ってやる」

「毒も?」

「アンタ達、冒険者ランクは?」

「星無しだけど」

「じゃあ無理だね、毒は最低星1つからだよ。どうしても依頼に必要なら冒険者ギルドに言いな」

「俺らに買えるのはポーションだけかァ?」

「買っておこうよ、どうせ必要だし。ババア、この低級ポーションはどのくらい効くの? 何本も飲んだらその分効果出る? 中級との違いは?」

「ハァ……こっちも忙しいんだけどねえ」


 僕らは店を叩き出されるまでおばあちゃんを質問攻めにし、後日晴れて星1となって再訪し最高に嫌な顔をされた。


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