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召喚されたら草だった  作者: 徳島
第一章
33/136

EX-02 第73回勇者対策会議 


 オーランド城地下の、とある一室。


 防音や探知の魔道具が並べられた薄暗い会議室に、円卓を囲む男達の姿があった。


「……ふむ、彼等が国の高度な教育機関に所属している、というのは間違いないのではないか?」

「全員が算術を修め、国外の言語を学んでいる者も多い。かなりの教育を受けているのは確実でしょう」


 勇者召喚から3日目、面談や訓練を経て勇者たちの情報が集まりつつ合った。


 面接官や授業の担当者、連絡係、コック、大浴場の管理者、家政士。ありとあらゆる部門の代表者が集められ、勇者たちについて得られた情報のすり合わせと分析を行っていた。


「順調に行けばあの内の大多数が国の最も権威ある学院、最高学府へ進むそうだ」

「王国魔術院のようなものか」

「精鋭の集団ではないか!」

「まさか、そんな……」


 王国魔術院と言えば幾人もの大臣や魔術師団の団長を排出してきた、オーランド王国きってのエリート養成機関だ。驚きの声が上がるのも当然だった。


 穂積達の高校は、それなりに進学実績のある公立高校だった。多くの生徒が最高学府、つまり大学への進学を考えていたから、嘘はついてない。自分たちの身分が高いことを匂わせ相手の萎縮を狙う、これはクラス会議で決まった方針の一つだった。


「【棋士】は高度な知的遊戯を専門にする職業ですし、【司書】に至っては大量の書籍の存在が前提になります」

「【賢者】など、勇者様でもなかなか……」

「魔法系の職業は多いのも、教育ゆえか」


 もはや疑うべくもない、参加者達は確信した。彼らは知識層だ、場合によっては自分たちよりも。


「農民も2人ほどいるようですが……」

「……」

「……」


 いや、そうでない場合が無いこともないかもしれない。


「……あれは何なのだ?」

「本人の証言では農家の倅ということでしたが」

「農民というか、【草】と【芋】だろう?」

「【草】はいい、前例もある。だが【芋】は……」

「ハンコでも作るのか?」

「酒かもしれん」

「何っ、期待してもいいのか!?」


 何をだよ、と突っ込まれる代わりにその発言は無視され、会議は続いた。


「……近いうちに王の選定権を得ることが約束されている、と言うのは本当なのか?」

「何だと、完全に高位貴族の子弟ではないか!」

「そんな子どもたちを40人も強制的に召喚したとなると、完全に国際問題ですな……」

「……」


 全員が押し黙る。


 彼らは勇者だ、平民だからと言って失礼な対応をとるつもりはなかった。しかし貴族に連なるものとなると、対応一つ間違えられない。応接の計画を見直す必要があるだろう。


 そもそも、召喚などと言い繕ってもその実は誘拐だ、本当に貴族の子女なら今この時点で戦争になってもおかしくはない。暴発しても危険なだけだと判断しているのだろうが、彼らの理性的な振る舞いには助けられた。この世界からあちらの世界へ帰る可能性がある以上、無礼を働いてこの国を憎まれるのはまずい。次回召喚時の障害となるのはもちろん、最悪の想定としてこの世界への侵攻を考えないわけにはいかなかった。


 消すか――


 という発想が全員の頭によぎったのをお互い悟ったが、言葉にする者はいなかった。


「……そこはもう、我々が対応できる領域ではない」

「皇太子に丸投げするしかないだろう」

「勇者様が落ち着いていらっしゃるのは幸いです」

「こちらの境遇にも同情的に思えますしね」


 これまでの召喚では暴れ出す者も少なくなかったという。今代の勇者達は非常に友好的であると言えたし、幾人かは魔物の掃討に積極的ですらあった。強大な敵を倒し名を上げるのは、平民も貴族も同じだ。彼らがこの世界での栄達を望んでくれるなら、取り込むのも簡単だろう。


「要望は出るが不満をぶつけられているわけではい。まずは一安心というところか」

「これまでの勇者様は飯が食えるだけでありがたい、という方も多かったと聞きますが、今代の皆様は衣食住に困ったことは無さそうですね」

「食、住の詳細は分からないが、あの服はどうだ」

「見たこともない上等な材質だったな」

「凄まじい技術力の差を感じたぞ。材料も製法も皆目見当がつかん」

「服だけではない。髪も肌も、かなり手入れが行き届いている」

「前回の勇者様とは身なりも振る舞いも、何もかもが違いすぎるな」

「……やはり貴族か」


 派手さはないがひと目で高級品と分かる衣服に、王侯貴族でもなかなか見られない肌の色艶。出席者達は一様に彼等の服装を思い起こし、頭を抱え溜息をついた。


 そんな重い雰囲気の中、誰かが口を開く。


「……しかしあの、女子のスカートはいささか短すぎるのでは?」


 会議室に、沈黙が訪れた。


「おい……!」

「その話は……」

「……ですが、俎上に載せざるを得ぬでしょう」

「あまり固いことを言いたくはないが……あれではまるで娼婦ではないか」


 誰もが気まずそうに目を伏せた。

 極寒のオーランド王国では、下半身を露出するなど自殺行為に等しい。殊更に肌を晒すのは、そういった商売の者達くらいであった。


「目のやり場に困っていけません」

「あれではろくに戦闘も出来ないのでは?」

「だから、せんのだろう」

「戦う必要のない、安全な地位にいるからこその格好ということか?」

「だとしてもあの服装は……」

「それを言うなら男子のネクタイ? という首に巻いている布も謎だ。何の機能が?」

「あれではまるで奴隷の首輪ではないか」

「幾人かはしていなかったが、なるほど身分を表しているのかもしれん」

「調査対象だな」

「……文化の違いはどうしてもあるだろう。我々の姿が彼らにどう写っているのかも分からぬ」


 白熱し過ぎた議論を、諫める声が上がる。


「そうです。文献にある『チョンマゲ』などに比べれば、十分常識の範囲内ですよ」

「確かに……」

「『和服』でもありませんでしたな、我々の服に近い構造だ」

「あの服で『チョンマゲ』だったら、完全に理解の範疇を越えていた」

「どう対応すればいいか混乱していたでしょうね」

「そこは助かりましたな」


 笑いとも安堵ともつかない声がそこかしこから上がり、 


「正直、期待していなかったと言えば嘘になりますが……」


 発言は再び途切れ、誰かの咳払いだけが部屋に響いた。


「噂に名高い『チョンマゲ』、確かに見てみたかった……」

「我が国にいるファッションチョンマゲとは違う、本物の生『チョンマゲ』なんだぞ」

「実際目にしたら、ワシ拝んでたかもしれん」


 いや、さすがにそこまでは、と参加者の1人は思ったが、召喚が成功したときの光景を思い出し黙り込んだ。あの瞬間、皆が一様に(ひざまず)き、天に祈りを捧げた。それくらい、確かに神を感じたのだ。


 勇者は、伝説上の存在だ。そして『チョンマゲ』もまた、勇者と強く結びつく伝説の髪型だ。一時は王族の正装を『チョンマゲ』にしようという話も持ち上がったという。ときの王妃に猛反対され立ち消えとなったそうだが、実に残念なことだ。もしその実物を目にしたら、自分だって分からなかった。勇者様にあやかって真似を……いや、絶対にないな、男は考え直した。


「今回の勇者様方の髪型は、そう奇抜ではありませんな」

「かなり繊細に維持されているように見受けられました」

「ふむ、もっと腕の良い理容師を用意するべきか?」

「無理だ。セセン伯爵の息がかかっていない者を用意するのにどれだけ無理をしたか」

「髪型もそうだが、髪自体の質も凄まじい。あの艶を見たか?」

「我々も最高級の髪用石鹸を用意しましたが、あれだけの輝きは出せないでしょう……」

「そこはやむを得ん。今代の勇者様達の文明は、我々よりはるかに進んでいるのは間違いない」

「大浴場は好評だと報告をうけているぞ、よくやっている」

「食事の方も問題ないと聞いているが」

「人間、1週間は食べ慣れないものでも我慢できるものです。ですが、それ以上は保証出来ませんな」

「注文数は数えているのだろう? 人気のないメニューはどんどん入れ替えるしか無い」

「あとは聞き取りですな。不満が溜まる前に対応しないと」

「実現は無理でもいい、話を聞く姿勢をみせるのが重要だ」


 不満を溜め込まれて爆発されるのが一番怖い。ガス抜きの手段を選んでいられる余裕はなかった。


「それより、勇者様方の適応が想定より速いのが気になるのだが」

「我々の世界の知識があるようなところが節々にあるな」

「これまでの勇者様はステータスシステムを理解していただくのにかなりの日数が必要だったそうですが」

「これも教養の高さゆえか?」

「……考えたくないが、我々の情報が伝わっている可能性はある」


 暗い顔をした男が、低い声で言った。


「これまでの勇者様から?」

「我々も全ての勇者様の動向を把握できているわけではない」

「特に前回は……」

「勇者様が元の世界に戻り、こちらの話を広めたと」

「そうなると、彼らは我々の情報をできるだけ吸い上げたり、こちらと行き来する方法を探る使命を帯びているかも知れません」

「……そもそも送り込まれた、というのは?」


 薄ら寒い会議室の気温が、いっそう下がる。


「……いや、大丈夫だろう。召喚されたときの、あの驚きようは本物だった」

「どちらかというと、似たような世界を知っている、という雰囲気でしたね」

「かえってまずくないか?」

「もし、そちらとの移動手段が確立されているなら、我々の世界との航路を築く手段もあるやもしれません」


 ありえなくはない想定だ、誰もが渋い顔になる。


「……どうだ、勇者様の世界と戦って勝てると思うか?」

「無理だ」

「文明のレベルが違いすぎる」

「勇者様の世界には魔法が無いと聞くが、それでもか?」

「勇者様に媚を売って、侵略後の現地協力者の地位を狙うほうが遥かに分のいい賭けですね」

「むこうは人口が1億を超えるそうだぞ、こちらの100倍ではきかん」

「本物の生『チョンマゲ』が1億人も侵攻を!?」

「ワシ、拝んでしまうかもしれん」


 そんな事になったら――参加者の1人は想像し……なんと言ったか、あの伝統的謝罪法……DOGEZA? を真剣に練習するべきか検討を始めた。


「昔は勇者様の世界への侵攻も真面目に議論されたと聞くが……」

「今となっては夢物語にもならん」

「魔族を滅ぼす方が遥かに簡単だろうよ」


 ふーっ、と誰かの長い溜息が聞こえた。


「この話も、我々の権限を越えているだろう」

「皇太子案件か」

「今話し合うべきは、別にあるだろう」

「『チョンマゲ』か」

「それはもういい」

「しかしこうなっては、以前の勇者様の情報がどれだけ通用するのかも分からんな」

「この変わりようは異常ではないか?」

「我々とてこの150年の間遊んでいた訳では無いが……」

「勇者様の世界の進化が速過ぎるだけだ」

「つまり、150年分進化した『チョンマゲ』が……」

「いい加減諦めましょうよ」

「だが、これは希望だぞ」


 暗い顔の男はとんとん、と握りこぶしで軽く円卓を叩いて言った。


「勇者様を上手く取り込めれば、我々も150年で大きな飛躍を迎えられるということだ」


 全員が顔を上げ、発言者を見た。ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえた。


「150年……」

「とにかく、対立だけは駄目だ」

「前回の勇者様の二の舞いは避けねばならん」

「だが、皇太子は……」

「卿がうまく鈴を付けるしかない」

「責任重大ですな」

「無理だ……私には荷が重すぎる」


 その細長い男は顔を覆って言った。


「私に出来ることは、せいぜい勇者様に露出の問題をお伝えすることくらいだ」


 このプロジェクト、駄目かもしれない。


 男を除いた参加者はそう思い、うち半数がその日のうちにDOGEZAの練習を始めた。

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