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召喚されたら草だった  作者: 徳島
第一章
32/136

EXー01 千草のとじまり 

「ええと……確か引っ越したんだよね……」


 住吉千草は、胸元のトレイを慎重に支えながらゆっくりと廊下を歩いていた。トレイの上には陶器のカップに入ったプリンが2つ、ふるふると震えながら運ばれていた。


 特別訓練が終わって3日が過ぎた。


 みんなが体を張って頑張っていたのに、委員長である自分は何も役に立たなかったどころか足を引っ張ってしまった。その事実が千草に重くのしかかっていた。

 気にするなと言ってもらえるが、このままではいられない。いつまでも引きこもっていてはだめだ、自分にできることは多くないけど、それをしっかりやろう。例えば――料理とか。


 「プリン! プリンが食いてェ!!」と騒いでいたクラスメイトの痴態を思い出し、料理研究部のあさひと一緒に厨房を借りた。材料さえ揃えばプリン自体は難しくないし経験もある。奇をてらわずに作った結果出来上がったのは、80点はあげられる正統派のプリンだった。この世界での調理に慣れていないにしては、なかなかじゃないだろうか? 厨房のコックさんが興味深そうに観察していたし、今はあさひが指導しているので近いうちにバイキングのメニューに加わるだろう。こうやって向こうの料理を増やしていけば、みんなのストレスを軽減出来るかもしれない――



「4人部屋の7号室だからこの先……あ、あれかな」


 千草は目当ての部屋を見つけると、ドアの前に立って深呼吸した。きっかけとなった2人には優先的に食べてもらいたいなと運んできたのだ。そういえば、男子の部屋に入るなんて始めてだ。そう思うと、急に緊張してきた。いや、届けるだけだから入らなくてもいいのか? なんにせよ、やましいことなどないはずだ。落ち着いて2度、ノックをした。


「……」


 反応がない。


「あれ、留守……なのかな?」


 千草は少しほっとした。帰ろうかな……いやいや、何のためにやって来たのか。


 もう一度ノックをする。と、その反動でドアが開き出した。


「わわっ……?」


 思わぬ挙動に慌ててしまう。鍵を締めていなかったのだろうか? 


「ふ、深谷くーん、赤石くーん……」


 扉越しに声をかけてみる。やっぱりいないのかな? よし、帰ろう、と思ったその時


「……大丈夫、お前ならいける……」


 と赤石の声が聞こえた。あれ、やっぱりいるんだ……。


「……やっぱ無理だろ、デカ過ぎて入らねェ……」

「……大丈夫だ、お前になら入る……」

「……いい加減ケツも痛くなってきたぜ」

「……諦めるな、一度入れば後は慣れだ……」

「……この黒光りのヤロウめ……」

「……もっと包み込むように……」

「……そうだ、俺になら入る!……」


「……?」


 千草は混乱した。一体、どんな状況なんだろう……? 入る……? お尻が痛い……?


「な、何やってるのかな……?」


 いけないとは思いつつ、そっと中を覗き込み――


 そこには、パンツ一枚で床に仰向けになり、逆さまになった机と床に挟まれているクラスメイトの姿があった。


「ヒッ……」


 思わず逃げ出そうとするが、恐怖ですくんだ足は動いてくれず、両目もほぼ全裸の痴漢からなぜか離すことができなかった。


「もっとイメージしろ! この机はもうお前のものだ!!」

「そうだ! これは俺のもんだ!」

「もっと机の重みを感じろ! ザラつきを、艶やかな光沢を感じろ!!」

「机、入る!! ウオオ!!!!」


 ほぼ全裸でサンドイッチの具になるクラスメイト。机の上に足を載せ、踏みしだきながら声援の声をかけるクラスメイト。


 なんだかよく分からないが、とっても盛り上がっていた。



 ……きっと、大事な訓練なんだろう。


 千草はそのままそっとドアを閉めるとプリンを持ち帰り、食堂の隅で2つとも食べた。





「あれ、今誰かいなかった?」

「ア? 覗きか? キャーッ、痴女よ!!!!」




◇◇◇◇ ◇◇◇◇




「ええと……4人部屋の7号室だっけ……」


 住吉千草は、胸元のトレイを慎重に廊下をゆっくり歩いていた。トレイの上には陶器のカップに入ったアイスクリームが2つ、冷気を発していた。


 「アイス! アイスクリームが食べたい!!」


 プリンが食堂のバイキングに並んだその夜、出どころを察知したクスメイトの赤石が千草に要望を伝えに来たのだ。わざわざバニラに似た植物も用意する気合の入り方だったので、つい承諾してしまった。あとなんか痴女がどうとか言ってたので聞かないことにした。


 料理研究部のあさひに助力を頼み、一緒に厨房に入った。材料さえ揃えばアイスクリーム自体は難しくないし、作った経験もある。ここは北国だ、氷の用意もたやすい。生クリームは手に入らなかったから簡易版になってしまったが、それでも80点は上げられるアイスクリームが完成した。厨房のコックさんが興味深そうに観察していたし、今はあさひが指導している。これでまた、バイキングのデザートが一品増えるだろう。



「7号室……そ、そう、この部屋……」


 千草はドアの前に立つと、深呼吸した。前回の記憶は千草を苦しめた。いや、あれは覗いてしまった自分が悪かったのだ。どんなハードなプレイも同意があれば問題無いのだ。健全な男子高校生なら、全裸で床と机に挟まれたがるものなのだ。千草の心の安寧を守るため、世の男子高校生の性癖は大きく歪められていた。


 落ち着いて2度、扉を叩く。


「……」


 反応がない。


「留守……なのかな?」


 千草は歓喜した。やった! 部屋にいないんじゃしょうがないよね、うん、しょうがない。


 踵を返して逃げ出そうとしたその時、ドアが勝手に開き出した。


 どこかで見たパターンだな、千草は思った。鼓動が早くなり、背中から汗が吹き出た。


「ふ、深谷くーん、赤石くーん……」


 やっぱりいないのかな? いないよね? お願い、いてもいなくなって!


「……大丈夫、お前ならいける……」


 だが、千草の願いとは裏腹に、赤石の声が聞こえた。聞こえてしまった。


「……いいか、お前は木だ、草だ、植物だ……」

「……そうだ、俺は植物だ……」

「……イメージしろ、太陽に向かって伸びる自分を……」

「……俺は、金のなる木だ……」

「……だいぶ大きく出たな……」

「……俺の果実を王族もこぞって求める、芳しきその……」

「……変な設定を作るな、ノイズになる……」

「……俺は、植物だ……」

「……よし、そのまま……【植物知識】!……くそっ、駄目だ、見えないぞ! もっと気合を入れろ!……」

「……オレハ ショクブツ……」


「? な、何やってるのかな……?」


 いけない、覗きなんてよくない。そもそも覗いてもろくなことがない。分かってはいたが、そっと中を覗き込んでしまった。


 そこには、パンツ一枚で両足を植木鉢に突っ込み、枝を咥えて両手を掲げるクラスメイトの姿があった。


「ヒッ……」


 思わず逃げ出そうとするが、恐怖ですくんだ足は動いてくれず、両目も痴漢から離せなかった。


「もっとイメージしろ! お前は野菜だ、果物だ、根菜だ!!」

「そうだ! 俺が、俺たちが世界樹だ!!!!」

「【植物知識】……まだ足りない!!」

「ウオオ! 輝け、俺の中の葉緑体!!!!」


 口に小枝、両手にも枝、パンツの中にも沢山の枝が差し込まれているクラスメイト。それを相手になにやら手から気を飛ばしたり手で眼鏡を作ってブツブツ唸っているクラスメイト。


 なんだかよく分からないが、とても盛り上がっていた。



 ……きっと、大事な訓練なんだろう。


 それか、高校生男子特有の熱い青春の(ほとばし)りだ。



 千草はそのままそっとドアを閉めるとアイスを持ち帰り、食堂の隅で2つとも食べた。



 この頭痛は、アイスを食べ過ぎたせいに違いない。きっとそうだ。千草は今日の記憶を心の奥にそっとしまい込み、扉を締めて鍵をかけた。

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