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召喚されたら草だった  作者: 徳島
第一章
31/136

第31話 雨



 その日は、雨が降っていた。




◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 森林階層には、空があり、太陽があり、そして天候の変化がある。もちろん雨も降るんだけど、今日は珍しく強風も吹いているらしい。


「ちょっと進んだだけでびしょ濡れになってよ。なんか萎えちまったし、今日はもう帰ろうぜって」


 ダンジョンから戻ってきた田中君がそう発言し終えたとき、豊成は既に椅子から立ち上がっていた。


「ちょっと畑の様子見てくらァ」


 あ、これ死んだわ、との田中君パーティーのセリフを背中で聞きながら、僕は豊成を追った。


 王宮ダンジョン『レネス・ガバ』の第5層、階段から北東に進んだ先にある高台に築かれた緑あふれる畑。僕らがダンジョンに作った植物の王国、その一つがこの天空農園だ。

 

 ここは険しい崖の上に位置し、僕みたいに身軽であるか豊成みたいに【踏破】スキルでもないと到達するのが困難だ。生息していたトレントを全て排除した結果、ダンジョン内なのに魔物も人もおらずたまに普通の鳥が飛んでくるくらい、そんなのどかな場所となった。植物を育てるには絶好のロケーションだ。


「おお、アリエス、ベルベット、クリスティーン、ドロテア。みんな無事だったかい? 今助けてあげるね」


 豊成が防風用のネットを立て始める。最初っから張っておけばこんな雨の中設置しなくてもいいのに、「狭くてみんなが可哀想だろ!」と顔を真赤にして断固拒否したのだ。哀想なのはお前だ。ネットを張り終え、土寄せをし、支柱を立て、ベタがけし、排水用の溝を掘り直し、とりあえずの作業は完成だ。


 畑を見回し満足げに頷くと、ずぶ濡れの髪を掻き上げ豊成は言った。


「よし、川の様子を見に行こう」

「自殺志願者か?」



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 川、河……やっぱり川かな? 


 というか、谷底だ。


 第6層の大瀑布は、いつもと変わらず爆音を立てながら水しぶきを撒き散らしていた。50mほど下を流れる川も、心なしか水量が多い気がする。5層の天候が影響しているのだろうか? 何にせよ、足を滑らせれば二度とは上がってこられないだろう。


 滝のすぐ側には、4つの植木鉢が並べられていた。「おお、アボガド、ブロッコリー、チョコレート、ドンガメ、元気だったかい?」と豊成が話しかけているが、あからさまに後半の名付けにやる気が無くなっている。ネーミングハラスメントだ、真面目にやってほしい。


 どれも湿度に強い、というか湿度がないと育たない植物なのでここの環境にはぴったり、名前にかかわらずどれもすくすくと成長している。問題はこの階層に出現するリザードマンがたまに蹴倒したり毟っていったりすることで、そのたびに豊成の長剣と第6階層の大地は赤に染まった。


「おー、よちよち。お゛前゛は゛め゛ん゛こ゛い゛ね゛ぇ゛~」

「お前は心底キモいな……」


 すっかり孫を愛でるおばあちゃんと化した豊成は鉢植えの前にかがみ込むと、肥料を撒き、脇芽を剪定し、葉から余計な水滴を拭い――背後から振るわれた刃を躱しきれず脇腹を切り裂かれた。


「……あ゛ぁ゛?」

「豊成っ!?」


 僕は全力で駆け寄ると腹を押さえうずくまる豊成の前に立ち、インベントリから短剣を取り出して襲撃者達を見回した。


 騎士の格好をした男が3人……全員手練だ。

 

「階段だ!」


 戦力的にも数的にも不利だ、僕は豊成を庇うように下がる。


「逃がすかヨォッ!!」


 先頭の赤髪が斬りつけてくるのを、取り出した盾で捌く。クソっ、速いっ!!


「何なんだ、お前らっ!?」


「この鎧を見りゃ分かるだろうがヨォォォ!?」


 ヤバイ、豊成のようなファッションヤンキーじゃななくてガチもんのヒトだ。積極的に関わり合いになりたくないタイプの人種……いや、それより――


(赤い短髪……こいつ、もしかして……)


 特別訓練で住吉さんのパーティーを崩壊させた張本人か!?


「オラオラオラァ!! こんなもんカァ? 勇者様なんだロォ!?」


 赤髪は嬲るように剣を振るい、僕の盾を斬りつける。


 横沢さんから聞いた特徴と一致するけど、なるほど、これなら納得だよ!!


「まさか……国が!?」

「上から命令が出てんだヨォ、役立たずの農民は見せしめにしろってナァァ!!」

「ぐっ!」


 力任せの斬撃に吹き飛ばされた僕は一回転して立ち上がると、インベントリからじょうろを取り出して投げつける。


「チッ」


 赤髪は飛び退ってそれを避けた。中の液体が地面にぶちまけられる。ハハハ、怖かろう、ただの水だけど。


「お前らは国に見捨てられたんだヨォ、最後くらい迷惑かけずにさっさと死ねや!!」

「くっ、このまま5層まで逃げるぞ!」


 僕は身を翻すと赤髪を無視して階段へ走った。


 すでに階段を登り始めている豊成は、インベントリからポーションを取り出して蓋を外し


「豊成!!」


 階段の奥から、襲撃者が飛び出してくる!!


「ぬおおォっ!?」


 豊成が上体そらして斬撃をギリギリ(かわ)した。ポーションの瓶が断ち切られ、中身がこぼれだした。


「クソッタレ!!」


 瓶の残骸を投げつけ、豊成は後退する。僕がカバーに入ると、襲撃者はまた階段の暗がりへと消えていった。


「最初から階段に追い立てるのが狙いだったのか……っ!」

「ご名等だゼェ。しっかし、今のよく躱せたな。さすが勇者様ってとこかァ!?」

「どうする? 階段は1人かも知れねェ、突破するか?」


 そう言う豊成の息は荒い。走って逃げ切れるか……?


「……クソッ、穂積ィ! 階段だ! お前だけでも逃げろ!!」

「豊成!?」

「ヒヒヒ、麗しい友情だナァ。笑っちゃうゼ!!!!」


 行かせるわけネェだろォ! と赤髪が僕に追いつき剣を振るう。


「ぐぅっ!!」

「オラオラオラ、いつまで持つかナァ!?」


 心底楽しそうに刃を叩きつけてくる赤髪。豊成も苦しそうな顔で襲撃者と剣を交えている。


 僕らはじりじりと階段から遠ざけられ、滝壺の方へと追い詰められた。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 たったあれだけの戦闘で、僕はもう肩で息をしていた。訓練とは比べ物にならない疲労感だ。これが本気の殺し合いなのか……。


左手の階段は赤髪に封鎖され、右手は崖、正面は騎士と豊成がやりあっていて、もう一人の襲撃者はその向こうで後詰、完全に手詰まりだ。


「オイ……このままじゃジリ貧だ。勝負をかける」


 限界なのは豊成も同じだった。


「喰らえ、《エアブレイド》!!」


 豊成は襲撃者に魔法を放つと、それを追うように飛び出した。魔法と剣撃の1人時間差だ。僕もそれに続いて走る。


「ウオオオオオォォォォォ!!!!」

 

 そのまま急接近し、エアブレイドが襲撃者に直撃する寸前、豊成は急激に進路を変えて崖に向かう。後ろに控えていた襲撃者が進路を塞ごうとするが、


「《エアブレイド》!!」


 もう一発魔法を撃って牽制すると、さらに大きく迂回して崖沿いを走り、足を踏み外した。


「……えっ?」


 襲撃者はあっけにとられ、落石とともに豊成の姿が崖下に消え


「ウオオオオオオ!!!!」

「何っ!?」


 たかと思うと、そのまま側面を走り出した。足癖の悪い【踏破】の応用だ。


 そのまま襲撃者をやり過ごすと崖から上がり


「穂積!」


 と僕を振り返って手招きし――右肩を撃ち抜かれた。


「ガッ!?」

「豊成ッ!?」


 半身だけ身を乗り出した階段の襲撃者が、クロスボウを構えていた。


 豊成はそのまま崩れ落ちると、崖下へと転落する。


「豊成ッ!!??」


 僕は思わず届かぬ手を伸ばし、赤髪にはその一瞬で十分だった。


「へへへ、これでオレも勇者殺しだナァ……!!」


 背後に迫っていた赤髪の、手元が(ひらめ)く。


 全力で横へ飛んだが間に合わなかった。脇腹が横一文字にひどく切り裂かれ、

舞い上がった血しぶきと滝の上げる水しぶきが混ざり合い、汚い花を咲かせた。


「ぐっ……こ、の……」


 戦闘継続の意思とは裏腹に、よろめいた身体は豊成の後を追うように崖下へ投げ出され、大きな水柱を立てた。



 僕らは流木のように濁流に揉まれ、浮かび上がることも叶わずどこまでも流されて、やがて暗い穴ぐらへと吸い込まれた。




◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 



「委員長、それ余り?」

「だ、だめだよ。このプリン赤石君と深谷君のやつだから!」

「でもあいつ等5層の畑に行ったよ?」

「よし、今ならバレねえな」

「だ、駄目だから……あっ!?」

「うおっ!?」

「カップにヒビが?」

「しかも2つ同時とか」

「あーあ……」

「死んだわこれ」

「惜しい奴らだったな……」

「も、もう! 縁起でもないこと言っちゃ駄目だよ! ……でも、火にかけ過ぎちゃったのかな……」


(もう、男子が変なこと言うから、不吉なこと考えちゃったじゃない。こんな、カップにヒビなんて……)



「(……赤石君と深谷くんに、何かあったわけじゃないよね……?)」



◇◇◇◇ ◇◇◇◇




「ボケがァ!!」


 豊成は水から上がると、びしょ濡れの手袋を全力で叩きつけた。


「あのクソ野郎、思いっきり斬りつけやがって!! 腹のミートがグッバイして中のソーセージがコンニチワするところだっただろうがよォ!!」


 僕も湖から這い出すと、周囲を確認して一息つく。


「よし、ここまで泳げば大丈夫だろ。ちゃちゃっと逃げるぞ」

「おうよ。こんな国こっちから願い下げだぜェ!」


 僕らは準備を開始した。まず全身にクリーンを掛け汚れや水分と飛ばす。次に怪我の確認だ。パンツ一枚残して装備を全部インベントリに突っ込み、腹の傷を確認する。


「流石に完治とはいかないね。でも、これくらい治ればマラソンには十分だ」

「虎の子のハイポーション、2本も使っちまったぜ。だが、問題無ェ」


 インベントリ換装で着替える。さっきまでの勇者装備でなく、錬金術の実験をするための、汚れてもいいボロ服だ。さらに上からレインコート代わりのローブを羽織る。召喚されたときに履いてたスニーカを補強して作られた、森山くん謹製の改造ブーツを履いて、最後に


「豊成、これ」

「おう。リンスみたいになじませりゃいいか?」

「毛先までしっかりな。しばらくは付けたままでいろよ」


 変装用の髪染め薬だ。ぐしゃぐしゃと頭髪に揉み込む。


「おっと、コイツも外しとくか」


 眼鏡をしまう豊成に


「警戒しておいてくれ」


 と言い残して手近な木に登り、周囲を確認すると飛び降りた。


「今はセンラーム湖の左、この辺だな。小雨が降っててよく見えないけど、大きくは外れてないはずだ。西は青の森、湖沿いに南に下るとバフバン、そこから西にむかってロロイ。ここからならプランAも十分狙えるが、どうする?」


 プランAは蒼の森を突っ切って、そのままくびれ手前の街ロロイに直行ルートだ。


「いいんじゃねぇの? くびれのこっち側なら森の魔物もそんなに強くないんだろ。15層のクソ共よりマシなら問題無ェ」


 これで方針は決まった。僕は腰紐を締め直し、気合を入れた。


「ああ、ウィンディ、サンディ、ヨーコ、ゼルダ……これでお別れだ。さらば、俺の上を通り過ぎていった女達……」


 半分くらいはお前の中を通り過ぎた上尻の穴から排出されただろ。


「じゃ、行くか。【水遁】!」


(クソ王国め、ぜったい帰ってくるからな!!)


 念のため上陸した辺りを洗い流して、僕らは西へ出発した。


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