第3話 ステータス・オープン!
祭壇向こうの重そうな金属扉が開かれ、光が差し込む中現れたのは三人の騎士だった。
全身を固めた白い鎧をがちゃがちゃと鳴らし、手にはハルバード。赤いマントを翻しながら威風堂々と歩いてくる。続いて豪奢な赤いローブの老人が一人。そして、眠れるお姫様をキスで起こしてそうな、絵に描いたような王子様が両脇に騎士を従え颯爽と登場した。
金髪サラサラヘアーに透き通るような碧眼。ゴブレットだったか、ファンタジー映画の王子様そのままの服に細剣を腰に刺し、白タイツは下半身にぴっちりと張り付いて、白毛の競走馬みたいに盛り上がった筋肉の形をくっきりと現していた。筋肉以外の部位も、盛り上がりをくっきりと現していた。……いや、このタイツ張り付き過ぎだろ。血管まで浮き出てるぞ。これだけ形が顕わになってると、もはやタイツとしての意味をなしてないのでは……?
僕の脳内に「合法露出」「薄型でもしっかり安心」「タイツじゃなくてボディペインティングだから恥ずかしくないもん」等の言葉が飛び交う中、王子様は祭壇前まで歩み出ると、優雅な足さばきでターンしこちらに向き直った。
あの瞬間、僕らの視線はただ一点に集中してたと思う。
「私はオーランド王国第一王子、エドアルド・エス・オーランドである。諸君は突然の事態に驚いているだろうが、我々は味方である。安心してほしい。詳しい説明は部屋を改めて行う」
王子様はよく通る声でそれだけ言うと、その身を翻し出口へと向かったが、僕らの頭には全く入ってこなかった。幾人かの女子は両手で顔を覆っていた。
「皆様、あちらに温かい部屋を用意してございます。お聞きになりたいことは多いでしょうが、まずは場所を変えましょう。我々がご案内しますので、後に付いてきてくださいませ」
と後を継いだ赤ローブが促し、僕等の周囲に騎士が展開した。
「(口調は丁寧だが完全に強制だなオイ)」
「(大人しく従おう)」
あのぬらぬら光る穂先を見て、喧嘩を売ろうと思えるはずもなかった。舐めろと言われれば靴でもケツでも舐められる。
「みんな、行こう」
大学が出口に向かったのを皮切りに、みんなも恐る恐る移動を始めた。僕も目立たぬよう集団の真ん中やや後方に位置取り、歩調を合わせて進んだ。
騎士とローブ達に囲まれて歩く僕らは、まるっきり護送される捕虜だった。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「私がオーランド国国王、アランネス・デスト・オーランドである」
(おいおい、いきなりラスボスか)
到着した先で姿を現したのは、この国の国王様その人だった。
僕たちが通されたのは豪華な教会のような部屋だった。二列に並べられた長椅子の中ごろに、みんなで固まって腰を下ろした。ふかふかで上等そうな手触りだったのに、妙に座り心地が悪く思えた。ローブ集団の姿はいつの間にか消え、残った騎士達が僕らを監視するように散らばっていた。
少しして奥の扉が開くと、警備担当であろう壁際の騎士以外が一斉に膝を付き、頭を下げた。僕らは一瞬戸惑ったが、誰かが椅子から下り跪くと、次々とそれに習った。椅子と椅子の間だから狭いな……。
「私がオーランド国国王、アランネス・デスト・オーランドである」
そのまま頭を下げていると、低音の効いた耳当たりの良い声が部屋に響いた。さっきの王子様といい、為政者としてしっかり訓練されているのを感じる。
「異世界の勇者達よ、こうして会えたことを嬉しく思う。ああ、面を上げ、椅子に座ってほしい」
そんなことを言われても、平民の僕達には無理な相談だった。しばらく沈黙が続き、これは千日手で再試合かと心配し始めたころ、誰かが立ち上がり椅子へと座った。おお、どこの誰だか知らないが、村一番の勇者じゃて! さっきと同じように、みんなも着席した。
王様は、王子様同様に王様としか言えない人物だった。年齢は50前後だろうか、白い長髪を後ろに流し、頭には王冠。手にした錫杖に散りばめられた宝石や、豪奢なローブを彩る金糸が灯りを反射してきらきらと光る。後方には、王子と赤ローブも控えていた。
「まずは諸君らを突然召喚したこと、謝罪させてほしい。こちらにも事情があるとはいえ、別の世界へと無理矢理に連れて来るような行為は、到底許されることではない。オーランドの国王として、誠に申し訳なく思う」
そう言うと王は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「この国は今、魔族の侵攻に晒され大変に厳しい状況にある。皆には平和を取り戻すため力を貸してほしい。このとおり、お願いする」
王は再び頭を下げた。
冷静に考えると「何言ってんだこいつ」の一言なんだが、騎士がずらりと跪いている中で日本でもなかなかお目にかかれないような見事な礼を一国の王からされると「そこまで言うなら……」という気になってしまうな……いや、よく考えるとこいつ僕たちより3段くらい高い場所にいるし、椅子もこっちのよりはるかに豪華だし、口調は上から目線だし、普通に失礼だな……フランクな他国ならいざ知らず、一億総マナー講師の国の民がこの程度の礼儀で満足するとは思わないで頂きたい!
と思ったけれど、もちろん口には出さなかった。武装した騎士に囲まれて、言えるわけがなかった。礼節とは暴力の類語であった。
王様は頭を上げると
「詳しいことはエドアルドとワックマン大司教から説明する」
と言って椅子に座り、代わって赤ローブが進み出て
「私めがワックマン、オーランド王国の国教であるマリス教の大司教を努めております。皆様、宜しくお願い申し上げます」
と軽く一礼した。僕は「固有名詞がたくさん出てきて覚えきれないな」と思った。
「王のお言葉にもございましたが、先日守りの要である砦が魔族の激しい攻撃により陥落、我が国だけでなくこの地方全体が大きな危険に晒されております。そこで王家は民を守るため幾つもの国宝や神器を供物として投げ打ち、皆様をお喚びしたのでございます。皆様は我が国だけでなくこのサンルーン地方、いえ大陸全土の希望でありまして、是非とも私達にお力を貸していただきたいのです」
ゆっくりと穏やかに、しかし真剣な目で大司教は続ける。
「とは言え、唐突に魔族を退けてほしいと言われてもお困りでしょう。魔族は強大にして狡猾、激しい訓練を受けた騎士団ですら真正面からぶつかれば無事ではすみません。しかし、異世界から召喚された皆様には、その力があるのです」
お、この流れはもしや!?
「下腹に意識を集中し、「システムウィンドウオープン」と唱えてみて下さい。神より与えられた力が、皆様にも見えるはずです」
おおお、ステータスシステムはあるのか!! これで多少展望に期待が持てるな、ファンタジー系ファンタジーは遠慮したかったからなあ。「そっちかよ!」というリアクションを取った奴らは全員要注意リストに加えておいた。
「そっちかよ!! だがまァ、これで多少は生存確率が上がりそうだな。現地の軍人が勝てない相手にノープランで特攻させられなさそうで良かったぜ」
隣の危険人物が早速腹に力を込め深呼吸を始めた。
「あとはギフトガチャで当たりを引くだけだな。昨日は散々なドロップ運だったからよォ、今日は揺り戻しがあるはずだ。流れは来てる」
もはや哀れ過ぎて突っ込むのも躊躇ってしまう。
「あら、穂積サンは昨晩レアドロ引いたんでしたっけ? それはまた……」
「馬鹿を言え、あれは波でもせいぜい三合目よ。そしてまさに今が頂点を迎える瞬間。この完璧な調整を見よ!」
僕は下腹に両手を当て、顎を引いた。
両目を閉じてゆっくりと長く鼻から息を吸う。けつの穴をきゅっと締め、首をストンと落とす。頭頂から伸びる一本の軸を想像する。口からゆっくりと息を吐く。両手が熱くなる。自分の身体に掛かる重力を感じる。心臓が体中に血を送っているのを感じる。
イメージしろ、最高の自分を。
下腹が熱くなる。
イメージしろ、神に愛された自分を。
精神が凪いでいく。
イメージしろ、七色に光る宝玉を!
まばゆい輝きを放つカードを!
長い長いローディングを!!
文化的で健康的な最低限度の生活を!!!!
「システムウィンドウ・オープン!!!!」
瞬間、僕は確かに世界と一つだった。
頭の中には極彩色の光が飛び交い、瞼の裏にはミジンコの波がひっきりなしに押し寄せ、星々がものすごいスピードで接近しては遠ざかった。ゲーミング世界だった。
「(完全に確定演出だ。これはすごいギフトを引いてしまったな)」
僕はやりきった達成感と皆への多少の申し訳無さを抱えつつ、眼前に現れたそのウィンドウに目をやった。
「(これが、ステータス……)」
--------------------------------------------------------------------
【Name】赤石穂積
【Age】17
【Class】草
【LV】1
【HP】100/100
【MP】50/50
【STR】9
【VIT】8
【AGL】13
【DEX】11
【INT】10
【MEN】10
【LUK】12
【スキル】
植物知識 :Lv.1
観察 :Lv.1
埋没 :Lv.1
ストレス耐性 :Lv.1
インベントリ :Lv.1
算術 :Lv.3
異界語(日本語):Lv.5
大陸語 :Lv.4
【称号】
渡り人
--------------------------------------------------------------------
って草じゃねーーーーーーーか!!!!!!!!!!!!!!!!
いやいやいや、待って下さいよ。
言わんとすることは分かるよ? うん。
でもね、草は無いでしょ? さっきのバキバキな演出は何だったの? 脳内物質が見せた幻覚だったとでも言うの? 何がどう草なの? wwwなの? 僕がインターネットなの? これクラスチェンジするたび【核爆】とか【暗黒微笑】とかになるの? 人の職業を笑うな!!!! これがほんとの草職系男子ってやかましいわ。
「(よォ、どうだったよ)」
「(バグだろ絶対!! 運営出てこい!!!!)」
「(自分の引きが悪いからってお上にクレームとか、哀れ過ぎて突っ込むのも躊躇ってしまうなァオイ)」
くそっ、そんな憐れむような目で僕を見るな!!
「そう言うお前はどうだったんだよ」
豊成に突っ掛かってはみたが、内心は恐れでいっぱいだった。
万が一こいつが【勇者】だったりしたら、僕は立ち直れない。
「俺か?」
豊成はずいと一歩踏み出し、僕を見下ろしながら自信満々に言った。
「俺は【芋】だ」
ぎゃはははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!