第21話 継続
大学たちが先に休むことを選択したため、最初の夜警は僕ら2人だ。と言っても他のパーティーはもちろん警備の騎士さん達もいるので、危険なことなんてない。手順を体験させるだけのエア警備、気楽なものだった。
そう、本来はこんな感じの訓練になるはずだったのではないだろうか。
男子のはともかく、女子の2パーティーの警備担当、椅子に座ってはいるけどずっと下を向いて身動きもしない。1度は警備を担当することがノルマだ、交代してあげることも出来ない。どうしてこんなことに……。
懊悩する僕の隣で、豊成が澄みきった目を天井に向け、指をさして微笑んだ。
「きれいな夜空ですね」
どうしてこんなことに……。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
まさかこの症状がこんなに長く継続するとは……。
僕は頭を抱えた。その目に何の色も見えないのが恐ろしかった。
「見てください、星があんなに」
星どころか夜空も見えねえよ!!
「ああ、また消えてしまった……儚いものですね……」
一体何が見えているのか、僕は怖くて聞けなかった。
あれから、豊成はずっとこんな調子だった。きれいな豊成だった。いいえ、それは豊成ではありません。完全に人格が崩壊している。クリーン、なんて恐ろしい技術……。完全に表に出してはいけない邪法の類いだ。僕は絶対の習得を誓った。豊成が「また消えた……」と呟いた。こんなものキレイキレイするくらいなら、みんなのストレスを消し飛ばしてくれればいいのに……。
いや、グズグズしていても仕方ない。今はやることをやるしかない。
「よし、そろそろ例の実験を始めよう」
「例の、ですか?」
「そうだ。MP切れの検証だ」
僕は豊成の目をしっかりと見て言った。
MPは減少すると気分が悪くなったり体調を崩したりすることが知られている。その具体的な症状や安全なラインを探ろうという話だ。当然どっちが被検体になるかで侃々諤々の議論となり、結局棚上げされたままになっていたのだ。
「計画ではお前が魔法を唱えてMPを消費し、僕がその様子を記録することになっている」
「そうですか。よく覚えてはいませんが、穂積さんがおっしゃるならそうなのでしょう」
「そうなんだ。さあ、早速始めよう」
僕は目をそらしながら言った。
「どの魔法を使いましょう?」
「一番消費の少ない、生活魔法だな。お前は風属性だから《ウィンド》でいいだろ」
促されるままに豊成が《ウィンド》を発動する。
「MPが1減ってますね」
「よし、このまま20まで続けよう」
豊成の最大MPは32だ。20で一旦様子を見て、そこからは経過を観察しながらになる。
「15です……なるほど、少し疲労感がありますね」
「よし、10分休憩」
20時点で問題なかった豊成も、MPが半分を切ると違和感を訴えてきた。一旦MPの回復を待ち、半分に戻してどうなるか。
「16です……はい、大丈夫です。体調不良は消えたようですね」
やはり5割がボーダーか。
そのまま実験は続けられた。5割を切ると多少負荷を感じ、2割付近でははっきりと疲労が出てきた。これは慣れが必要だな。そして1割を切ると、全身が重く、吐き気が止まらないらしい。勉強になるなあ。
「よし、頑張れ。もうちょっとだぞ」
「……穂積さんからこんなに熱く応援されるの、小6以来ですね」
豊成が冷や汗を垂らしながら、懐かしそうに笑った。小6?
「あのときは確か、穂積さんがどうしても欲しいゲームがあるからお金を貸して欲しいと僕に相談してきて」
いかん、いらぬ記憶が蘇っている!!
「僕が断ると『バカヤロウ! 出来ないってのはな、嘘つきの言葉なんだよ!! お小遣いがもう無いなら来月のを前借りする、それでも足りないならお年玉も前借りするんだ!!』って、全力で後押ししてくれて」
結果上手いこと豊成から5千円を巻き上げることに成功した僕はそのまま量販店のゲームコーナーへと走ったんだった。あのゲーム、マジでびっくりするほどクソゲーだったなあ……豊成の金で買ったからとても穏やかな気持で笑っていられたけど、自腹だったら新聞沙汰だった。その後豊成の催促をのらりくらりと躱し続けて4年、ようやく逃げ切ったと枕を高くしていたところだったが、クソっ、これがクリーンの副作用か……!!
「僕も勇気を出して穂積さんのお母さんに事情を話し、穂積くんのお年玉を前借りして又貸したんでした」
初めて聞いたぞオイ!!!!????
「そういえばあのときの5千円は――」
「次! 0パーセント!!!!」
「す、すみません。さすがに気分が……少し休憩してもいいですか?」
「バカヤロウ! 出来ないってのはな、嘘つきの言葉なんだよ!! 吐き気が何だ、不快感が何だ!! 生活魔法くらい鼻をほじりながらでも出来る、頑張れ! とにかく頑張れ!!!!」
豊成はMPが0になるまで《ウィンド》を打ち続けると、糸が切れたように地面へと倒れ込んだ。ふう、実に危ないところだった。実験に危険はつきものとは言え、クリーン、恐ろしい魔術……。僕は地面に寝転がっている豊成を剣の鞘でつついた。起きる気配がない、なるほど、MPが切れるとこうなるのか。勉強になるなあ。
お、丁度交代時間だ。僕は休んでいる2人を起こすと、豊成をテントへと放り込んだ。テントが2つに人間が2人、実質個室なので開放的でいい。明日からも枕を高くして寝られればいいなあ。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
翌朝、僕たちを待っていたのは、このまま訓練を継続するという衝撃的な情報だった。
「よし、全員起きたな。本日は野営用具を撤収の後朝食、以降はパーティー単位でのダンジョン探索となる。では各自始め!」
隊長はそれだけ宣言すると、逃げるように山小屋へ戻った。あれだけ長かった演説もすっかりファストになってしまったな。
「続行? マジかよオイ」
豊成がどこからともなく取り出した鼻毛ばさみでエチケットをお手入れする。なんでそんなもん持ってだよ……。
「まさかとは思ったが……」
大学が大きく一つため息をつく。
「何にせよテントは畳もう。帰るときに邪魔になる」
テントを片付け、チェックをお願いする。OKを出したサルバンさんは、僕らの視線に対し申し訳無さそうに頭を振るだけだった。
「今日も、ダンジョン行くの?」
朝食はパーティー全員で取ることになった。野中さんが浜君にたずねている。
「どうする?」
「僕と豊成はそのつもりだけど」
「みんなの様子をみてだが、俺も行こうと思っている」
「あ、あのね、それでお願いが」
どうも女子の中にもダンジョン探索の希望者がいるらしい。ただパーティーが壊滅しているので、合流をお願いできないかと言う話だった。
「横沢と染谷の2人か。どうする?」
「じゃあ僕と豊成が抜けるから、みんなで行ってきなよ」
「いいのか?」
「(昨日のアレ、見ただろ……)」
昨晩の澄み切った豊成を思い出したのか、大学の顔が引きつった。
「(アレがいつぶり返すか分からない、今日一日くらいはこっちで様子を見たい)」
豊成は昨日の夜から記憶が無いらしい。「何か忘れてる気がすんだよなァ……」とあごを掻きながら唸っているが、まずは一安心というところだ。なに、いざとなればクリーンがある。
大学は無事納得してくれたようだ。
「それで、サルバンさんにお願いがあるんですけど」
「何だ?」
「僕じゃなく大学の方に付いて行ってほしいんですよね」
「他のやつを呼んじゃ駄目なのか?」
「臨時加入する女子、結構無理に戦わされたみたいでショックを受けてるんですよ。それで……」
僕は少し溜めを作り、心持ち上目遣いで言った。
「サルバンさんしか信用できる人がいないので……」
「……ハァ~、仕方ねぇな。わかったよ」
よし! サルバンさんの監視から逃れたぞ!!
「お前たち2人だけだろ? いいか、絶対に無理はするなよ。3層までは許す、だが4層は禁止だ。警戒を怠るな、やばくなったらすぐ逃げるんだ。くれぐれも事故るんじゃないぞ」
僕たちは朝食をとると装備を整え、4度目の迷宮へと向かった。