第19話 レベル上げ
ゴブリンの頭は長い。
え、丸くなかったっけ? とお思いの方も多いだろうが、それは耳が長くて左右に幅を取ってる分フォルムが円形に近いからだ。注意深く見てみると、頭蓋骨の形が縦に長いことに気づくだろう。後ろから眺めるとよく分かる。
僕はゴブリンの背後に張り付き、その生態をつぶさに観察してい――あ、やっぱ無理だわ。コイツ等臭過ぎる……。
思わぬ精神攻撃に集中力が乱れ、周囲のゴブリンに発見されてしまった。くそっ、一時撤退だ!
僕たちは今、【埋没】と【迷彩】の検証に励んでいた。
追ってくるゴブリン達を撒いて細い通路に逃げ込み、豊成と合流する。
「……なるほどなァ。少なくともスキルが効いてるのは間違いねェか」
「発動が揺らいだ途端だからね。【迷彩】との違いは……どうだろう?」
ゴブリンはアホなのでスキルの検証にもってこいだが、アホ過ぎて何に反応してのるかよく分からない。
「そろそろいいか。じゃあ行ってくるぜェ」
ゴブリンはアホなので1分くらい間を空ければ、またスキルに引っかかってくれる。
幾度かの実験を経て、なんとなくルールが分かってきた。【迷彩】はあまり視界に入らない方がいいし、【埋没】は目立たず自然体を保つのが重要だ。例えば、【埋没】を掛けての移動中は武器は仕舞った方がいい、手ぶらのときと明らかに反応が違う。危険性も高まるけどそこは安心、インベントリさんならノータイムで取り出し可能だ。しかし【インベントリ】はそれ自体はもちろん、他スキルとのシナジーも大変なことになってるな。何に掛けても一段階引き上げてくれる、魔法のスパイスみたいな存在だ。
慣れとは怖いもので、検証の方法は段々と過激になっていった。
真正面に立つ。鼻の穴を覗き込む。耳に息を吹きかける。眼の前でパンをかじる。母親を罵倒する。股ぐらの間に寝転がる(これは直前で中止した)――
バレるものもバレないものもあったが、ゴブリンたちは毎回毎回、僕らを気さくに迎え入れてくれた。僕たちはもう、家族も同然だった。途中から仲間も増えてすっかり大所帯なってしまったのは、なかなかにスリルがあった。
「そろそろいいか。じゃあ行ってくるぜェ」
豊成はいそいそと鎧を脱ぎだし、服も収納すると全身タイツマンになってニヤリと笑った。
「これで【迷彩】が効くなら、コトだぜェ……」
地域の見守り情報に怪情報が飛び交いそうだ。こんなヤツに【迷彩】を与えたのは誰だ!?
【観察】についても試したかったけど、【埋没】と同時に発動しようとするとどうしても集中が乱れてしまう。上手くいっても数秒だし、もっと練習が必要だ。まあ、ゴブリンの毛穴が8K画質になっても困るので、何事も良し悪しだった。
豊成はゴツゴツとした岩や固まった溶岩で足元の悪い場所を、【踏破】を使って楽しそうに動き回っていた。
今までの「『水面走り』で【踏破】ちゃんレベルアップ計画」(即水没)よりは遥かに訓練になっているだろう。実際整備された屋内ではなかなか使用する機会がないのだ、壁走りをしてみたり、大浴場を走り回ってみたり(石鹸で転びそうになって禁止になった)、これまでのアイディアはろくなものではなかった。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「ん……?」
ふと、僕は違和感を抱く。何の変哲もない、いつも通りの日常。だけど、確かに何かが変わってしまった確信。これはもしや――
「やっぱりだ! レベルが上ってる!!」
ゴブリンを、倒し続けて20体。遂にこの瞬間がやってきた。僕は思わず拳を握り込んだ。
いやーせっかく友好関係を築いたゴブリン達とこんな形でお別れするのは辛かったけど、そうか、みんなはこうやって僕の中で永遠に生き続けてるんだ……!!
一般的なレベルアップの目安である10体目のときは盛大に肩透かしを食らったのは内緒だ。上級職や特殊職は必要経験値が多いらしいので、これで確定かな。苦労も多かったが、【草】の性能が約束されたようなものだ、大変喜ばしい。
「は? オイオイ、何でテメェだけレベルアップしてんだよォ。一緒にゴールしようって約束しただろォ?」
両手の数ではきかないほど交わした覚えがあるけど、履行した記憶は一度もないタイプのやつだ。
「はっはっは、すまないね豊成くん。どうやら曲がりなりにも戦闘職である君より多く敵を倒していたようだ。自分の才能が恐ろしいよ」
「ハッ。どうせクソ職だから必要経験値が少ないだけだろォ?」
クソとか言うな。草だ。
さて、僕のステータスは晴れてこうなった。
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【Name】赤石穂積
【Age】17
【Class】草
【LV】2 (+1)
【HP】110/110(+10)
【MP】 55/55(+5)
【STR】10 (+1)
【VIT】9 (+1)
【AGL】16 (+3)
【DEX】13 (+2)
【INT】12 (+2)
【MEN】11 (+1)
【LUK】13 (+2)
【スキル】
植物知識 :Lv.1
観察 :Lv.1
埋没 :Lv.1
ストレス耐性 :Lv.1
インベントリ :Lv.1
算術 :Lv.3
異界語(日本語) :Lv.5
大陸語 :Lv.4
【称号】
渡り人
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レベルアップによる上昇値は、平均して2に届かないくらいだろうか。サルバンさんがLv40のステータスが60ほどらしいので、25レベルで追いついてしまう計算だ。うーん、勇者強い。こんな才能だけのぽっと出がいたら、僕なら嫌になっちゃうね。豊成なら「クソゲー過ぎんだろォ!」って騒ぎ回ってる。
ステータスを紙に書き起こし、あらかじめ記録しておいたLv.1の数値と比較していると、豊成が興味深そうに覗き込んできて言った。
「勇者、えげつねェ強さだな。神ゲー過ぎんだろ!」
お前はそういう奴だよ。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「俺もレベル上げたい! レベル!!」
と豊成が急かすが、こういうときこそ危ない。僕は冷静に休憩を提案し、豊成も渋々従った。こんなマウンティングチャンス、易々と手放すわけにはいかない。引っ張れるだけ引っ張る所存だ。何ならキャンプに戻ってもいい。僕はやれ水が飲みたいだの、やれ腹が減っただの、やれ野糞をしてくるだの、ありとあらゆる手管を投入して出発を引き伸ばした。糞の臭いに釣られて迷宮ネズミの軍団が襲い掛かってきたときはもう駄目かと思った。
「いやー大変だったよ、急にネズミの大群が現れてね。レベルが上ってなかったら危なかったなあ!」
僕がすべてを終えて戻ってみると
「野糞……”入る”――!!」
壁にもたれて座っている豊成が、光を失った目で何かブツブツと呟いていた。僕は焦った。いけない、やりすぎたか?
「落ち着け、豊成……うんこは入るもんじゃなくて、出るものだ」
「うんこ……”出る”? うんこ……”入る”……うんこ…”出る”――」
いや、出たり入ったりもしない。僕は豊成の肩を揺すった。
「うんこ……”入――ハッ、俺は一体何を……?」
聞きたくないし知りたくない。
豊成はぼうっとした顔でインベントリから水筒を取り出すと、一口飲んでついでに顔も洗った。
「……ふう、何だか大きなものに包まれていた感覚だったが、あれは……――っ!?」
豊成は急に水筒を見つめ
「おお! 【インベントリ】のレベルが上がってんじゃねーかァ!!」
飛び上がりからの着地キャンセル屈伸ガッツポーズを決めた。
「は? どうして豊成だけ?」
僕は愕然とした。なんであいつのスキルレベルが上がって、僕のは上がっていないんだ? 僕の才能が劣っているわけではないはずだ。なのになぜ? どうして二人の道は分かたれてしまったんだろう? あんなに一緒だったのに?
だが、現実は残酷だった。肩を寄せ合い笑い合った、あの頃の二人はもう戻らないのだ。
「テメェがクソしてる間も俺は真面目にインベントリの訓練してたからなァ」
クソッ、連れ糞が正解だったか!!!!