第17話 方針転換
「なるほど、こらァ確かにキツいな」
ゴブリンを倒した豊成が、あごをかきながら戻ってきて言った。
あの後、休憩をとりながら一旦帰るかどうかを話し合っていたら、どこからかゴブリンが1匹迷い込んできたので豊成が出張ったのだ。
2、3回小突いて軽く動きを確かめた後、一振りでかたをつけていた。
「これなら女子が吐いてもおかしくねェな。マ、男子なら我慢出来るだろうが」
全くその通りだ。確かにくる物はあるが、健全な男子高校生なら耐えられないほどじゃない。ハハハ、ましてや【ストレス耐性】持ってて吐いちゃうやつなんているわけないじゃないか。
「穂積ちゃん女の子説きたな。実ァ召喚のときにバグって性別変わってたってのはどうだ?」
やめろ。
僕たちは車座になって休憩を続けた。
「大丈夫、やろう。みんなに迷惑は掛けられないし」
「うん、私も……」
男性陣は心配したけど女子2人が継続を主張したので、そのまま進むことになった。浜君が許可するなら大丈夫、ということにしよう。サルバンさんが敵を探しに向かう。
「あ、それなんですけど……」
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「見つけてきたぞ。この先に一体だ」
「あざす。美里、準備いいか?」
「う、うん」
サルバンさんの報告を受け、僕たちは静かに前進した。
僕はサルバンさんに、ゴブリン以外のターゲットをお願いした。
同じ生き物を殺すにしたって、動物であるか、人型であるかどうかは大きな違いだろう。ゴブリンはあれでも二足歩行、体格だけなら小さな男の子と似たようなものだ。理解はできないが喋りもするし斬り付ければ血も出る。冷静に考えると、ゴブリンって数いる魔物の中でもかなり最悪な部類のターゲットだな……。
そんなわけで方針の転換を相談したのだ、人型はアウト、動物もできれば避けたい。
「そうだな、一階はゴブリンばかりだがたまに迷宮ネズミやオオコウモリ、スライムなんかも出る」
「あ、スライム、スライムがいいです」
スライムなら無機生物だ、戦闘というよりも化学の実験のように退治できるだろう。血も流さないし、泣き叫びもしない、理想的な標的だ。
だから、僕は間違ってなかったはずだ。
それが現れたときも、僕はそう思った。
みんなの視線が僕に集まる。僕は逆ギレした。
仕方ないだろ、スライムがこんなに可愛いとは思わなかったんだ!!
仄暗い洞窟を慎重に進む僕たちとは対照的に、それは堂々と、ごく自然体で現れた。丸くて柔らかそうなやつが、ふるふると震えながらゆっくりと前進していた。
RPG界きっての超有名モンスター、スライムさんその人(?)だ。
この世界のスライムはアメーバやウィンナーではなく、水分多めでちょっとゆるい、グミみたいな姿をしていた。
つややかに光る、まんじゅう型の愛らしいフォルム。ついつついてしまいたくなる、魅惑のぷにぷにボディ。地面のくぼみを乗り越えるたびに、ぷるぷるぷる、と音が聞こえてきそうだ。限りなく透明なブルーのボディの中心部には淡く光るコア? が浮かんでいる。こいつを向こうの世界に持って帰れば、○ンバの代わりのお掃除ペットとして大ヒット間違いなしだろう。
「デフレが行き着いた結果ギリギリまで果物を減らされたフルーツゼリーみたいだなァオイ」
豊成が合ってるのかどうかよく分からない表現で例えた。
「……スライムって食べれるのかな」
「ど、どうかな……」
「ペロッ、これは悪いスライムの味だぜェ!!」
「ス、スライムをか!? 止めといたほうがいいぞ、こいつらのの死骸は溶解液として使われることもあるからな、胃に穴が開くだろ」
サルバンさんが本気で止めにきてるけど、ハハハ、小粋な異世界ジョークですよ。しかしスライムが当たり前の世界では、ゼリーに対する反応が僕たちと違って当たり前か。小森さんも普通に引いてるけど、彼女は歯ごたえのある食べ物が好きなんだろう。
スライムは物理攻撃が効きにくいし、武器は溶かされるしで人気のない魔物らしい。魔法があれば倒せるが、その魔力があればもっと実入りのいい敵が狙える。足も遅いし、仕事でも無ければ大抵は無視して進むそうだ。
確か錬金術の教科書にも素材として載ってたな、少しくらい持って帰ったほうがいいか?
実入りと言えば、ゴブリンでもスライムでも、魔物であれば魔石を持っている。貴重なエネルギー源として使われているらしいが、今回は訓練の目的外ということで放置したままだった。突発的な訓練のため解体の練習が間に合わなかっただけという気もしないではないが、これには助かった。ゴブリンの解体とかやらされたらいよいよ立ち直れない自身がある。
「……どうする?」
大学が野中さんと浜君にたずねた。
「……やるよ」
野中さんが答える。
え、殺っちゃうの……?
「うん、大丈夫だと思う」
杖を握りしめた野中さんが、浜君の顔を見ながらうなずいた。完全に2人だけの世界だ。小森さんはどこか羨ましそうに、サルバンさんはニヤニヤ顔でご両人を見守っている。
「おっ! 喪失したはずのエクスカリバーがインベントリの中から見つかるってのはどォだ?」
どォだじゃねえよ。
「聖剣……”入る”――」
入らねえよ。
浜君に背中を押され、野中さんが一歩前に出た。野中さんは【付与術師】、補助が得意な職業だが簡単な攻撃魔法も学んだらしい。
スライムはぷにぷにぷに、ゆっくり進む。あれなら接敵までに十分な余裕があるだろう。サルバンさんが作戦を告げる。
「いいか、スライムの真ん中にある光っている部分。あれがスライムの"核"だ。あれを撃ち抜けばスライムは形を維持できなくなって死ぬ。他の部分はいくら攻撃しても戻っちまうからな、狙うならあそこだ」
スラーリンは自分が狙わているなんてつゆとも思っていない様子で、マイペースに移動している。僕はもうこの間に耐えられない。くそっ、こんな悲しい別れになると知っていたら、うかつに名前をつけたりしなかったのに……!!
「なに、アイツは見ての通り足が遅い、外したって問題はないぞ。思い切りいけ」
野中さんはうなずくと両手で杖を構え、力を込めた。杖の先端に集まった淡い光は次第に大きなうねりとなり、そして収束した。
「《ウオーターニードル》!!」
洞窟内に光が広がる。杖の先端から伸びた光はスライムを貫き、背後の地面を削った。
「……殺ッたか!?」
人の失敗を望むような発言は謹んでほしい。
満を持して放たれた魔法は、しっかりと目標を撃ち抜いていた。右側をごっそり吹き飛ばされ三日月みたいになった核だけでは身体を維持することができず、スライムはその場にぶよん、と崩れ落ちた。スラチン、散り際も可憐だったよ……。
「よくやった」
「……うん」
浜君に背中を叩かれる野中さんの頬は上気していた。
その後小森さんも問題なくスライムを倒し、ノルマをこなして意気揚々と帰還した僕らを待っていたのは、クラスメイト達の憔悴しきった顔だった。