第11話 夜の特別授業
大浴場の湯船に肩まで浸かりながら、僕は考える。
人は、どうしてタイツじゃなくて全裸だから恥ずかしくないんだろう?
ここの湯船は20人入ってもまだ十分に余裕がある広さで、その開放感にあてられ当然のように泳ぐやつも現れる。気持ちは分かる、沈んだテンションを引っ張り上げるには、小学生みたいなムーブが必要だ――例えば、風呂場で泳ぐとか。
「ウヒョ~、広ぇ~!!」
だからって背泳ぎは止めてほしい。景観が最悪だ。こら、水しぶきを飛ばすな!
幻のUMA「プリンスギドラ」に続いてネッシーに遭遇した僕たちは、空きっ腹を抱えて夕食へと向かった。
食事はバイキング形式で、みんなトレイを持って好き好きに料理を盛り付けていた。厨房では人がひっきりなしに行き交い、次々と新しい料理が運び出されている。僕は音もなく食堂の隅へと移動した。
「……やあ、住吉さん。今日は何食べるの?」
「わっ!? あ、赤石君か……もう、びっくりさせないでよ」
「俺もいるぜェェェ」
「ひっ!?」
住吉さんの小さい身体がビクンと跳ねる。
「もう、何なの! 2人とも後ろから出て来て!!」
住吉さんはおこだ。僕は釈明した。
「いやね、僕ら【埋没】とか【迷彩】ってスキルがあるから、みんなの背後を取って回ってるんだ」
「普通に迷惑行為だよっ!!」
「でもスキルを鍛える手段が他に手段が思いつかないんだ、申し訳ないけど協力してくれると嬉しいな」
「あ、うん、なら仕方がないのかも……」
押しに弱すぎる。この世界でちゃんと生き残れるか、大変心配だ。
「委員長は背が小さいから隠れるのが大変だったぜェ」
「それは別にいいでしょ! 深谷君が大きすぎるだけ!!」
豊成は身長180を超えクラス最長、住吉さんは驚異の140前半でぶっちぎりの背の順最前列だ。
「倍くらいあるからなァ」
「そんなにはないよ!!」
「委員長ももっと食わねェとデカくなれねェぞ」
「別になりたくないんだけど」
住吉さんは一つため息をつくと、
「……それに、あんまり食欲もないし」
と視線をトレイに落とした。
「ヘイヘイ、こんな時代だ、身体だけが資本だぜ。喰わねェと保たねェぞ」
「そうだね、食事は大事だよ」
これ以上痩せると、本当に豊成のハーフサイズになりかねない(体重が)。
「まあ、旅先じゃどうしても食事の合う合わないは出るよね。僕たちも今はいいけど、そのうち飽きてきたら困りそうだし」
「俺ァもうジャンク成分が足りなくなってきてるぜ、飽食を極めた現代っ子だからよォ」
お前は欲望のままに生きてきたツケが回ってきてるだけだろ。
「うーん、ジャンクフードは無理でも、ポテトチップスくらいは堀之内さんに頼んだらどうにかならないかな」
「あ……! うん、そうだね。あさひちゃんなら色々作れるし……」
私も料理なら少しできるし手伝えるかも、と住吉さんは顔を上げる。
「向こうの食事を再現できれば、みんなのストレスも減ると思うんだ」
「女子はデザートの種類が少ないって、ローテに頭を悩ませてるよ」
「デザートか!!」
豊成が身を乗り出して猛然とアピールを始めた。
「プリン! 俺ァプリンが食いてぇ!!」
「プリンって顔か」
「顔は関係ねェだろォ!?」
「プリンって身長か」
「確かにな。茶碗蒸しにしとくか?」
「身長も関係ないよっ!?」
【食物鑑定】での料理チェックを終えた堀之内さんを捕まえた住吉さんと別れ、適当に料理を盛ってテーブルにつく。今日はお魚と……確かに、甘いものってフルーツの他はパイかごま団子くらいだ……いや、おいしいけどね、ごま団子。
「……しかしよ、あれは相当キテるぜェ」
豊成がお米っぽい穀物を書き込みながら言う。こいつ、少なくとも食事量は確実に住吉さんの倍あるな。
「委員長だから、みんなの役に立たないとって思ってるんだろうね。でも現状に戸惑うばかりで上手くいかない。ゲームとか詳しくないみたいだし」
「まだ2日目だろォ。気負いすぎだぜ」
「僕たちみたいなお気楽人間じゃないってことさ」
「確かに黄金タイツ闘士がどうとかで盛り上がる感じじゃねェもんな」
そりゃお前だけだよ。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「というわけなんだけど」
「あー、ごめんね。女子の方でフォローできればよかったんだけど」
富根さんは申し訳無さそうに言った。
夕食後は幾つかのグループに分かれて講義を受けることになるようで、僕たちは「錬金術班」として、指定の講義室に集まっていた。余裕の10分前集合だ。メンバーは
・薬草やポーションの知識を狙う、僕と豊成の【農民】コンビ
・【錬金術師】富根さんと、マブダチの【召喚師】平長さんペア
・消去法で参加した【鍛冶師】森山くんと、噂の【料理家】堀之内さん
の6名だ。
他にも近、遠距離戦闘班、攻撃魔法班、回復・補助魔法班がある。戦闘系の人たちはお風呂の後なのに大変だ。
「そっちも説明とかで忙しいとは思うんだけど」
「まあ、女子でこの手の知識がある子は少ないからねー」
富根さんと長平さんはオタク女子コンビである。女子では貴重な異世界知識持ちとして、解説役を仰せつかっていた。堀之内さんは考え込むタイプだし、他人のフォローまで任せるとキャパオーバーになりかねない。マイペースなこの2人に女子のサポートをお願いすることにしたのだ。
しかし、【召喚師】なの他の魔法講義でなくここに顔を出してる長平さん、マイペースに過ぎるな……。
「仕事を増やしてて申し訳ないね」
「いやー、たしかにこれは知識があるあたしらの担当だわ」
豊成が堀之内さんをブロックしてるうちに、富根さんと平長さんに話を通す。
「プリン、そうプリンだ! 後は鍋、鶏と魚入ってるやつな!!」
「材料は揃うと思うけど……」
……いや、あれは普通にたかってるだけだな。
「男子は大丈夫そう?」
「基本アホしかいないからね。堤君が気を揉んでるのと舞戸君が切れたナイフなくらい?」
「いつも通りだねえ」
「まあ何かあったら言ってよ。僕ら2人は【ストレス耐性】スキルがあるし、そこらへんは丈夫っぽいから」
「あ、後な、レバニラ! これは譲れねェ!!」
「……確かに」
「いい精神してる」
アレと一緒にされるのは忸怩たるものがある。
「おい、あんまり調子に乗って頼むなよ」
「違うんだよ。これはなかなか活躍の機会がない堀之内に仕事を与えてやろうという、俺の隠された親切心なんだよ」
「……やっぱりそう思ってたんだ!」
堀之内さんはおこだ。
「確かにケンカとか無理そうだし、どうしようかって思ってるけど!」
「おいおい、料理はまだいいだろォ。 俺たちなんか農業だぞ? 畑耕してどうなるってんだよ。さっきも『部屋で野菜とか育てたいんで、なんかいい感じの植木鉢お願いします』って頭下げに行ったんだぜェ?」
ちなみに種里くんも同行して、土だけのプレーン鉢を頼んでいた。
もやしとか簡単らしいよ? と堀之内さん。
「料理って、ゲームじゃキャラクターのステータスを一時的に上昇させるアイテムの定番なんだよね。多分あさひちゃんの作るやつ、結構大事だと思うんだ」
「元の世界の料理を食べられるだけでもかなり助かる」
女子2人が早速フォローに回ってくれている。森山君も話に加わってきた。
「料理研だろ? 得意分野だから十分期待できる。俺なんか【鍛冶師】だぞ? 工作なんて中学の授業くらいだ、なんでこんな職業なのか分からん。他のみんなはそれなりに理由があるらしいじゃないか」
「理由って言ってもねー、あたしは昨日錬金術のゲームやってたからってだけっぽいんだけど」
「私も召喚術のゲームやってた……」
神様適当説がどんどんと真実味を帯びていく。いけない、信仰心が下がって魔法の威力が低下しちゃう!
「俺がやってるソシャゲ、主人公が神なんだけどな。【神】にして送ってくれりゃいいのによォ」
「あれに出てくる小作なんじゃない?」
「NPCですらねェ!!」
収穫や台風で増えたり減ったりする内政パラメーターの一種だからな、農夫。
「まあ、あさひちゃんは食堂の人に頼んで、厨房借りるのがいいかもね」
「いっぱい作って、いっぱいレベルアップしよ?」
「プリン! 鍋!! レバニラ!!!!」
「それはもういい」
その後、黄金タイツの話をしたら滅茶苦茶盛り上がった。