第3話 再会
ライン様は茫然としている私を横目に説明を続けます。
「俺は魔王が現れたあの日に女神様からの天啓を授かったんだ。この国に俺を含めて四人の英雄となる器にそれぞれ女神の加護を与えたとね。それは俺たち三人と、残りのひとりは君で間違いないだろう」
「女神様の加護? 魔王の呪いの間違いじゃなくてですか?」
「そう思うのも無理はないな。常時スキルを発動している状態なら君が今どのような境遇に置かれているのかは想像に難くない。しかしちゃんと練習をすればスキルのオンオフの切り替えや対象を自在に操られるようになるはずなんだ。君は練習をした事はないんだろう?」
「当たり前です。そんなスキルが存在するなんて考えた事もありませんから」
今までの辛い日々は一体何だったのか。
私は脱力してそのまま地面にへたりこみました。
ライン様はそれを見て苦笑いをした後、真剣な表情に戻って話を続けます。
「本題に入ろう。君のそのスキルは本来魔物と戦う為に生み出されたものだ」
「こんなスキルが何の役に立つんですか?」
「俺たちは今三人パーティーで戦っているが俺はともかくミノカとゼンジーノは僧侶と魔法使い。前衛職ではないから肉弾戦は苦手なんだ」
「そうでしょうね」
「しかし魔物どもはそんな事はお構いなしに襲いかかってくる。俺ひとりで二人を守りながら戦うのは本当に大変なんだ」
「ごめんなさいライン様」
「いつもお世話かけます」
ミノカ様とゼンジーノ様も自覚があるようでバツが悪そうに頭をかいています。
「そこで相談なんだが」
「ちょっと待って」
私はラインの話を遮りました。
猛烈に嫌な予感がしたからです。
しかしライン様は構わずに強引に説明を続けました。
「君にも思うところがあるだろうがまずは話を聞いて欲しい。君の【ヘイトマスター】のスキルは敵の攻撃を引き付ける壁役の為のものだ」
「やっぱり……」
ライン様の言いたい事は分かりました。
つまり今までナイフやフォークよりも重い物を持った事がないひ弱な私に勇者パーティーの盾になってくれという事です。
「はぁ……」
私は大きく溜息をついてライン様に問いかけました。
「でも私にそれができますでしょうか? 自慢じゃないですけど運動は苦手なのでゴブリンあたりに小突かれただけで戦闘不能になる自信がありますよ?」
「もちろんそこは俺たちが全力でサポートする」
そう言ってライン様は魔法の袋から全身を覆う分厚いフルアーマーを取り出して言いました。
「これは女神様の加護を受けた世界でたった一つしかない聖なる鎧でね。金属でありながら羽根のように軽く、物理攻撃だけでなく魔法に対しても耐性がある。更にゼンジーノとミノカが防御力強化魔法や結界魔法で援護するから並の魔物の攻撃などびくともしないだろう」
「つまり私は戦場の真ん中で魔物に向けて【ヘイトマスター】のスキルを発動させながらそれを着て立っていればいいという事ですか?」
「その通りだ。しかし危険である事は変わりがない。君が協力してくれれば助かるが、もちろん無理強いをするつもりはない。気が進まないのなら断ってくれても一向に構わない」
普通に考えれば無茶振り以外の何物でもありませんが、女神様が私にこのスキルを授けたという事はそれなりの理由があるはずです。
それに私にはもう帰る場所がありません。
事実上私に選択肢はありませんでした。
「分かりましたよもう。好きにして下さい」
「引き受けてくれるのか」
「……どうせこのまま死ぬつもりでしたから今更命なんて惜しくありませんし」
「死ぬ? それは穏やかではないな。良ければ事情を話してくれないか」
「あまり面白い話ではありませんよ」
私はこの森に来るまでの経緯をライン様たちに話しました。
ただ愚痴を誰かに聞いて貰いたかっただけでしたが、ライン様たちはまるで自分の身に起こった事のように親身になって耳を傾け、共に涙を流し怒りを露わにします。
今日初めて出会ったばかりの彼らは私が長く忘れていた人の心の温もりを思い出させてくれました。
今まで溜まりに溜まっていた感情を吐きだして落ちついた後でライン様は私を慰めるように優しく微笑みながら言いました。
「エナ、それじゃあまずは次の町に行く前に【ヘイトマスター】のスキルを使いこなせるように練習をしようか」
◇◇◇◇
こうして練習の末【ヘイトマスター】のスキルを使いこなせるようになった私は勇者パーティーの壁役として魔王討伐の旅に同行し、ついに魔王カガミーガは討ち果たされたのでした。
私は戦闘中は鎧に守られながらただ突っ立っていただけですが、ライン様が言うにはパーティーの貢献度は私が一番高いそうです。
王都に凱旋した私たちは民衆から熱狂的な歓迎を受けました。
王宮の謁見の間でライン様が国王陛下に魔王討伐の報告をすると国王は玉座から立ち上がり諸手を挙げてその功績を称え、侯爵家の宝物庫でも見た事がないような金銀財宝が褒美として与えられ、その夜は私たちの為に盛大な宴が催されました。
王国内でその名を知られた高名な王侯貴族や重臣たちが順番にやってきて私たちに挨拶をし称賛の言葉を並べます。
それは夢のような時間でした。
しかし夢はいつか覚めるもの。
ここにきて私は現実に引き戻されました。
宴が終われば勇者パーティーは解散となりそれぞれの故郷に帰っていきます。
でも私には帰る場所なんてありません。
それに気付いた瞬間私の心は深い海の底のような暗闇の中に沈んで行きました。
賑やかな宴会場の雰囲気が逆に私の心を抉ります。
「エナ嬢、勇者様と共に魔王を倒したんだって? すごいじゃないか」
その時私に声を掛ける人がいました。
「お前は我がタイター侯爵家の誇りだぞエナ」
「お姉様ならいつか大事を成し遂げると思っていましたわ」
「ゴート様……それにお父様とロミも……」
あの日屋敷を飛び出して以来の懐かしい顔ぶれが並んでいましたが、私は再会を喜ぶ事もなくあの虐げられた日々を思い出して身構えました。