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第五十二話 英雄

第五十二話 英雄


 赤い鎧の男が一人、僕の目の前に現れた。

 ディアンよりも一回り大きく引き締まった体。金色の髪を長く垂らし、仁王立ちのまま目をつぶりじっとしている。

 英雄モルガナ、この男を生み出したラズワードはそういった。


 それを冗談だと笑い飛ばすことなどできない。

 事実、彼女の言葉を裏付けるように凄まじい存在感とプレッシャーをその男は放っていた。


(伝説の剣の正体が人だった。そして僕らを乗っ取ろうとしている? そんな馬鹿な)


 正直、否定はできない。

 僕は自分の意思を持っている剣を知っているからだ。


 ただあの相棒のような剣が虎視眈々と人の体を乗っ取ろうとしている姿はあまり想像できなかった。

 僕は考えを切り替え、目の前の男に注視する。


 ラズワードの口車に乗るのは目の前の脅威を排除してからだ。


「とはいえ、ボクはぁ、こいつが大嫌いでねぇ」


 ひとしきり拍手を終えたラズワードはゆっくりとモルガナから離れていく。

 何をする気なのだと、僕は警戒を引き上げた。


「だからぁ、一つ『毒』をぉ、仕込ませてもらったよぉ」

「毒?」

「うん、嫌いなもの同士が潰しあってくれるのはぁ、なかなかにぃ愉快だよねぇ――モンスタースキル【サイレントウォーカー】ぁ、すべてを蹴散らし増殖せよ!」

「ぐああああああああああああああああああああ!!」

 

 その身の毛のよだつ言葉に僕は男から一歩後ろに跳び、両手の剣を構える。

 同時に僕が立っていた場所の床が爆ぜ、建材がばらまかれる。

 目を空けたモルガナが一投足で距離を詰め素手で床をたたき割ったのだと理解する間に僕はさらに接近してきたモルガナに脇を蹴り飛ばされ、長椅子を巻き添えながら壁にたたきつけられた。


「がはっ……!」


 長椅子が勢いを殺してくれたおかげで、壁に叩きつけられた痛みはさほどでもない。

 幸いにも鋭いところでの攻撃ではなかったため、今の攻撃でケガを負い毒が体に入ってくることはなかった。

 だが、このまま戦い続けるのならば状況は圧倒的に僕の不利だ。

 

(ディアンの対策として相手を予測に誘い込むを習得したけど、それはある程度、攻撃に理性がないと有効にならない、だがこいつは――)


 隙を見せれば隙を狙うわけでなく、確実に迎撃される状況でも攻撃を仕掛けてくる。

 サイレントウォーカーの攻撃は知恵や工夫はあるが、その攻撃に理性はない。

 そのランダム性が存分に発揮されると、思わぬ形で不意を突かれ攻撃を受けてしまう。


 それでも対応できるのはサイレントウォーカー自体の動きが緩慢であるからだ。


 だがこいつは違う。

 おそらく何かしらのスキル――ディアンが使った【英雄化】あたりだろうか、自身の身体能力を強化し襲い掛かってくる。


 何とか立ち上がり、剣を構える。


「……」


 僕を蹴り飛ばしたモルガナは今の一撃で決まらなかったことに何を思っているのか、じろりと値踏みするような視線を送ってくる。


「これは……どうしたものか」


 肩がきしむように痛む。腕もダメージからか思うように上がらない。

 足はまだ使えるが、動くたびに蹴られた脇が悲鳴を上げるように痛む。


(【自然回復強化+】起動――ただ、これは気休めにしかならないかな)


 それでも、やるしかない。

 逃げ出してはこの後この街でどのような被害が起こるか想像がつかない。


(サイレントウォーカーと同じならタイズと同じようにできるはず――)


 僕はタイズでのロードクロとの戦いのように意識をモルガナに集中させ、魔力素の動きを探る。

 腕に一つずつ、足に一つずつ、そして胸と腹に二つ、頭に大きくなった二つ分の反応――。


(タイズの時も頭に入り込もうとしていた。おそらくそこに【サイレントウォーカー】があるはず。それを壊すための手段はある)


 あの動きは人から外れたものだ。

 ならばその動きでこちらが圧倒される前に勝負を決める。


 そう考えをまとめ、僕は右手の剣をモルガナに投げつけた。

 モルガナが避ける挙動を見せたのならその隙に距離を詰める算段だったのだが――。


「あああああああああああああああ!」

「なっ……!」


 僕の攻撃に反応したモルガナが身をかがめこちらに一目散に駆け寄ってくる。

 偶然か、狙ってかその動きは見事に攻防一体となり、僕の剣を避けたモルガナはそのまま僕の腹部に右肩からラリアット気味に体当たりを仕掛けてきた。


「ぐっ……」

「うおおおおおおおおおおおおお!」


 足が地面から離れ、壁に押し付けられながら、僕はもがく。

 挙句、右腕が巻き込まれ上にあげることができない状態だ。

 これではモルガナの頭を狙い合成術を使うことができない。


「あははは、良いざまだねぇ。おにぃさ―――わわっ」


 僕の姿を見たラズワードは嘲笑するが、その笑いはすぐさま先ほど投げた僕の剣によって阻まれた。


 リスタルだ。

 僕が投げた剣を手に、ラズワードに切りかかっている。


「あなたにラルドのことは笑わせない」

「怖い怖いぃ。空っぽの器風情が邪魔しないでよぉ」

「余裕ぶって……!」


 二度三度、ラズワードの伸ばした腕をリスタルが払い落とす。

 何度かラズワードと打ち合っているからか、相手の基本行動を把握しているリスタルはやや押し気味にラズワードを封じ込め始める。

 しかしラズワードも何かまだ切り札を用意している可能性がある。

 長期戦は不利。それに僕がやられてしまえば、リスタルはラズワードにモルガナまで相手にすることになる。


 それは絶対に避けなければならない未来――。


(――一か八か……!!)


 僕は【自然回復強化+】を継続して起動し続けつつ、モルガナの肩に左の剣を突き立てた。

 だがサイレントウォーカーであるモルガナは痛みで止まるようなことはなく離れることなく僕を壁に押し続ける。


(やはり効果がない……だけど、準備はできた)

 

 今は耐える……僕が想像するチャンスは必ず来る。


 ぐぐぐと背中が壁に押し込まれていく。

 全身が圧迫され息が詰まる。

 視界がちかちかと白みがかかり始める。ぎりぎりのところで意識が持っていかれないように、僕は奥歯をかみしめた。


(合成魔術……分解!)


 右手で壁を触り、壁の一部を素材そのものから魔力素を抜き取り砂に返す。

 その崩壊は一瞬だった。

 背中からの圧迫感が突然消え、僕とモルガナは教会の外に飛び出した。


 低い体勢で力の限り壁に僕を押し付けていたモルガナはつんのめるように体勢を崩す。

 僕は突き立てた剣に掴まり、体を持ち上げ体勢を変え右腕を自由にする。

 そのまま僕は右手をモルガナの頭へと添えた。


「うわああああ!」


 それは僕の叫びだったのか、モルガナの叫びだったのか。

 僕はモルガナの頭部に眠るスキルに対し合成魔術が発動させた。

 ぽとりと青い水晶と赤い水晶が彼の頭から零れ落ちる。

 

 合成魔術により【サイレントウォーカー】が抜きとられたモルガナはびくりと痙攣を起こし地面に倒れた。


 どさりと重いものが倒れ込む衝撃音が響く。

 僕はモルガナから距離を取り、彼の様子を確認する。


 彼を構成していた砂は徐々にほころびはじめ、人の形ではなくなっていく。


「はぁ、はぁ……これで……」


 さすがに体が重い、傷というほどの傷はないが、無茶をしたせいで、体の骨などにはあちこち損傷が起きているのではないだろうか。

 吐き気がするほどの激痛が体を刺激する。


「――――ルド……!」


 遠くで声が聞こえる。

 教会のほうを見ればボロボロのウェディングドレスに身を包んだリスタルの姿があった。

 周囲からもがやがやと不協和音のような声が聞こえる。


 最後にこれはやらないといけない。

 僕は左手の剣を振りかぶり、地面に転がった青い水晶へたたきつけた。

 軽い手ごたえの後砕け散る水晶を確認し、僕は膝をつく。

 もう立つのも厳しい状態だ。


 僕が肩で息をしていると、綺麗な靴の男が近づいてきた。

 もはや立ち上がる気力のない僕は顔も上げることが出来ずその男の顔を見ることは出来なかった。


 男は砂の中から、折れた赤い剣の刀身と柄を拾うと、僕の前に見せてきた。


「これは……君が?」

「……ええ。ディアンは僕が――――」

「ありがとう……はこの街の英雄だよ」


 英雄、それが誰に向けた言葉だったのかはわからない。

 英雄は地に伏し砂と還ったはずだ。


「ラルド……! お父様!」

「ああ……――――」


 リスタルを聞き、僕はまとまらない思考の中、この戦いの終わりを悟った。

 彼女が無事ということはラズワードは去ったのだろう。


 緊張の糸が切れた僕は眠るように意識を手放した。


先日大量の誤字報告を頂き、ありがとうございました。

表現が変わらない部分でおおよそ使わせてもらいました。



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