第五十一話 対決ディアン
第五十一話 対決ディアン
教会の中は壇上への道を譲るように長椅子が配置されていた。
参列者たちは異議を唱え入ってくる僕に怪訝そうな視線を送り、そのあとで僕の腰に吊るされている剣を見て驚き席を立ち譲らなくてもいい道を譲っていく。
目の前の壇上には純白のウェディングドレスを着たリスタルと、正装の代わりだろう、紅い鎧を着用したディアンが立っている。
僕の姿を確認したディアンは一歩壇上から降り、僕に向かい歩みを進めてきた。
「いいぞ、いいぞぉ、ラルドぉ、お前は必ず来ると思っていた。この俺に異議を申し立てるか。この俺の盾突くつもりか!」
「そのつもりだよ。その剣がいくら強くたって、お前は僕の剣には勝てないからな、ディアン!」
話を聞く限りディアンが自信をつけているのは、自身の技術以上に彼が腰に吊るしている剣の存在が大きいそうだ。
ならば話は簡単、それ以上の剣がここにあるとディアンに言い放てば彼は必ず僕を攻撃してくる。
後は僕がディアンを返り討ちにすればいい。
「くくく、あはは! がーはははは! お前の剣が俺の剣より強いだと!」
ディアンは愉快そうに紅い剣を抜き、二歩、三歩と壇上を降りこちらへ近づいてくる。
挑発に乗った。そう確信し、僕も左右の剣を抜く。
「そうだとも、嘘だと思うのなら試してみるがいいさ」
互いの距離は20歩弱、距離がある分、初動の見極めがしやすい距離だ。
(まずは回避。それから情報を集め、対策を立て反撃する)
リスタルから教わった基本を反芻し、僕は白銀の剣を構える。
「良く吠えた。なら死んでもらおうか!! そうしてお前が持っているものをすべて奪いつくしてやる!!」
ディアンも赤い剣を振りかぶり、僕をにらみつけてくる。
がやがやと参列者たちは突然の展開に戸惑い、どよめき始めている。
おそらく何が始まるのだと僕らの様子をうかがっているのだろう。
だが、彼らには悪いが、僕は剣を構えたディアンから意識をそらすことはもうできない。
(気を抜いた瞬間、僕は瞬く間に殺される。あの剣はそう予測しなければならない――)
視線の先のディアンの紅い剣は異質な存在感を放っていた。
「来賓の方々は――――」
僕の背からファイの声が聞こえてくる。
状況を見て式場の人たちを僕らから遠ざけるように誘導を始めたのだろう。
これならば、周りに気にしなくても戦えるはずだ。
一歩僕は前に出る。
回避するなら後ろに引くべきなのだろうが、後ろに体重がかかってしまうと反撃にわずかなスキが生まれてしまう。
一つ避けて一つ返す。一方的に相手に攻撃を続けさせると僕自身の技術ではディアンの攻撃をさばききれないかもしれない。
徐々にでいい、敵の手札を引き出し、それに対処していく。
「【炎竜招来】【絶炎刀】……まずはこいつらからだ、苦しみながら死んでいけ!!」
ディアンの構えた剣が一瞬揺らぎ熱風が僕に吹き付けてくる。
ゴウという低い音と同時に縦に振り下ろされたディアンの剣、さらに遅れてその剣の軌跡を引き伸ばしたような炎が、僕に襲い掛かってきた。
天上にさえ届く炎の太刀筋は射程も何もあったものではない、さらに炎という性質上ギリギリで避けるわけにもいかない。
僕はとっさに大きく横に跳び、長椅子に隠れるように炎を回避する。
「隠れてんじゃねぇよ!」
ディアンの罵声と共に再び天井から炎が振り下ろされる。
「【風の太刀+】っ!!」
僕は左手の白銀の剣のスキルをマルチスキルで両手の剣で発動させ、炎に対して二刀の剣を振りぬく。
両手の剣から飛び出した突風が炎を消し散らし、僕は長椅子を乗り越えディアンに接近する。
【風の太刀】は剣の動きに合わせて風を発生させるというスキルだ。
+になった現在では相手の動きを制限させる程度の突風を発生させることができる。
ただし、実質的なダメージは皆無に等しい。
だが、炎や射撃武器相手にはその限りではない。
「【剣術神髄】【火竜招来】【絶炎刀】!!」
僕が接近するより早くディアンは剣を超高速で横に薙ぐ。
それに合わせるように炎が追従、先ほどよりも早く炎の斬撃が横なぎに僕に迫ってくる。
(だけども、それはもう僕には効かない!)
発動中の【風の太刀+】を継続し、右の剣を下から上に振るい炎を受ける。
同時に突風が発生し炎を散らす、視界が一瞬炎で覆い隠され、僕は思わず足を止める。
同時に炎のそばだというのに寒気がした。
一度防がれた攻撃をもう一度する愚行をディアンが選ぶだろうか。
その予感にかられるように僕は床を蹴り体を捻りながらに右に跳ぶ。
ガシャンと僕のそばの長椅子が破壊される音。
炎が引き視界が戻ってくる。
スキルの効果だろうか20歩弱の距離をディアンは一瞬で詰め、僕のいた地点に斬撃を振り下ろしていた。
「うまく避けたな」
「……」
予感に従っていなければ、僕は切断されていた。
ごくりと唾を飲み込み、乾きかけた喉と心を落ち着かせる。
強い。
予想をしていたよりも数段――。
けれども、僕は負けるつもりはない。
リスタルを渡すつもりは、ない!
「このっ!」
僕はディアンの勢いに飲まれまいと声を上げ、彼の体勢が戻る前に一歩接近し、左の剣を振るった。
彼の鎧に僕の剣が接触する。
同時に右手剣のスキル【岩石断ち++】【切れ味極大】で貫通力を向上させ、さらに足止めを期待し左手剣の【毒付与+】を乗せる。
それはまるでパンでも切るような軽い手ごたえだった。
僕の剣先がディアンの鎧を切り裂き、彼の脇腹に浅い傷をつける。
「ぐ……がはっ……」
毒が回ったのかディアンは足を止め僕をにらみつけた。
口からはよだれを垂らし、目は充血させ、顔色は徐々に青白く、目の下のクマが広がっていく。
マウンテンウルフさえも数秒で殺した毒をさらに強化したものだ。
体内に入ればそれだけで致命傷のはずだが……。
「小癪なあぁぁ!!」
ディアンの叫びと共に剣を構えた。
やはり【自然回復強化】系のスキルがあるのだろう。
一瞬で顔色が戻り、傷がふさがったところを見ると相当上位の回復スキルのようだ。
僕はディアンの反撃を警戒し、一歩後ろに距離を取る。
「【空切断】」
全く見当違いの距離でディアンは剣を振った。
同時に僕の腕にと胸に鋭い痛みが走る。
(何を!? いやそれよりも【自然回復強化+】を起動、傷に対処だ)
切られたと自覚した瞬間、痛みがより鮮烈なものとなり、一瞬、体が固まる。
幸いにも剣を握り続ける程度には傷は浅い。
だが、位置が悪い。僕の後ろには長椅子。これ以上は後ろに下がることができない。
動きを止めた僕を見て、ディアンは追撃しようと再び剣を振るう。
一か八か、僕は体の力を抜き、床に転がった。
ガタンという衝撃音、床に転がって状況は目視できないが、僕が背にしていた長椅子が見えない斬撃を浴び吹き飛ばされたようだ。
(斬撃を飛ばしているのか――いや、違う。初撃の風音から察するにあれは斬撃をずらすスキル……!)
だとすると厄介なことこの上ない。
どれだけの射程があるのか、把握しないと先ほどのように不意打ちを受けかねない。
「無様だな、ラルド! お前は床ではいつくばっているのがお似合いなんだよ!」
ディアンはまだ余裕があるのか、床に転がる僕をケラケラ笑いながら仕切り直しとばかりに僕から離れていく。
もしかしたら僕に近づいて、再び毒を受けることを嫌がったのかもしれない。
「先に僕に切られたくせに……強がるじゃないかディアン」
僕はゆっくりと立ち上がりながら、もう一度両手の剣を構えなおす。
(しかしこの状態はまずい――)
現状把握しているあの剣のスキルは【火竜招来】【絶炎刀】【剣術神髄】【自然回復のスキル系】【空切断】の五つ。
瞬時にこちらに近づいてきたものもスキルだとすると六つだが、ファイの件もあるしディアンの技術の可能性もある。
ディアンはこれらのスキルを駆使し遠距離も近距離も自在にこなし隙の無い攻撃を仕掛けてくる。
恐ろしいところはやはり突き付けられる選択肢の多さ。加えてどのスキルも強力なものばかりと来ている。
(どう戦うべきか――)
体の状態を確認する。
【自然回復強化+】の効果で傷はふさがり、痛みも引いている。
(……これまでの戦い方じゃ厳しいか。だとするとまだ完全ではないけど、アレをやってみるしか)
一度呼吸を吐き、心を落ち着ける。
敵が慢心している今だからこそ、僕はその隙をつかなければならない。
壇上のそばに戻ったディアンに視界を合わせる。
その時視界の端にもう一人、女性が映った。
リスタルが静かに僕を見ていた。
心配して声を荒げるわけでもない。
じっと静かに。その結果を目に焼き付けるように。
それは信頼なのだろう。
ディアンを倒すと宣言した僕への。
(なら、負けるわけにはいかないーー)
僕が今どんな表情をしているのか。
視界の端にのリスタルが少しだけ微笑んだ気がした。
「何をヘラヘラと! 【極大化】【空切断】っ!!」
ディアンが怒号と共に剣を振りかぶる。
先程見たスキルは二、三歩ほどの射程で掠めたが、ディアンのことだ、当ててくるに違いない。
僕は彼の太刀筋を予測し体を捻りながら横に飛ぶ。
風切り音、前髪が切り飛ばされ、その斬撃は背にした教会の壁をも破壊した。
あちこちから悲鳴が上がる。
とてつもない威力に心が竦みかけるが、そうは言っていられないと心を殺し、ディアンを見据え立ち上がる。
(攻撃をこちらの予測に誘い込む! まずは――)
長椅子で足元が隠れていることを確認し、あえて左膝を軽く折り、少し体をふらつかせる。
「くそ! 死ねえ!」
それを隙だと認識したディアンが縦振りの斬撃を放つ。
予定通りの行動に動いてくれたディアンの斬撃に、力を残しておいた右足で跳び回避、体勢を立て直した僕は一直線にディアンへ向かう。
距離を半分ほど詰めたところで、もう一撃を誘うように、体勢を少し上げる
「このドくそがぁっ!」
そこ誘いに乗ったディアンが横薙ぎに剣を振るい始める。
同時に僕は床を蹴り、飛び上がる。不可視の横薙ぎの斬撃を体を回転させるように飛び越える。
おそらく、宙に浮く僕の体を狙い縦の斬撃をディアンは繰り出すだろう。
空中で自由に動ける人間はいない。
それこそ、鳥か、風でも扱えない限り。
「馬鹿が」
おそらくディアンは縦に振る。そう予測を立てて僕は左手の剣を逆手に持ち替えの剣先を自身の脇に向ける。
「【風の太刀++】―――ぐぅ!!」
そして軽く剣を振り、自身に突風をぶつけることで強制的に軌道を変える。
同時にガシャンという破砕音。回転する視界の中でとらえられたのは壇上から扉まで床がめくれ上がった通路。
着地と同時に体制を立て直し僕はディアンのすぐそばまで詰め寄る。
お互いに剣が届く一歩手前の距離、このまま詰め切る――!!
「来るな!! このちょこまかと!!」
「これで!!」
おそらく彼の【空切断】は斬撃をずらし中距離まで対象を切れるスキル。
それを【極大化】のスキルで効果を増幅、あれだけの破壊を生み出したのだろう。
だが、距離をゼロにしてしまえば、それはどうだろうか。
これで6つ、ディアンの剣のスキルは割れた。
僕にトドメを指すとき以外の接近戦を避けている所から接近戦のスキルはおそらく【剣術神髄】ともうひとつあるかないか。
「【極大化】【剣術神髄】――【英雄化】っ!」
一瞬スキルの効果からかディアンが一回り大きく見えた。
最後の最後、ディアンは奥の手をきっちりと用意していた。
接近戦の選択肢を取らざるを得なかったとは言え―――。
(これは――避けられない!)
ディアンの構えから、予測するその太刀筋はおそらく最速の振り下ろし。
僕は両腕を交差し、それを支えにして左手の剣で受けに回る。スキルを発動―――する間がない!
「見誤ったなラルドぉぉぉ!! 死ねぇぇぇぇぇ!!!」
「っ!!」
ガギャン! と金属同士がぶつかり合う音。
強烈な衝撃が手を襲ったのはほんの一瞬だけだった。
「へ……」
ディアンから素っ頓狂な声が漏れる。
ディアンが僕の剣にたたきつけた英雄級の剣は、彼の力に耐えきれず折れたのだ。
ごとりと床に刀身が落ちる音がむなしく響く。
「……どうやら、僕の勝ちみたいだね」
「ひっ……!」
すかさず彼の喉に剣先を突き付ける。
英雄級の剣があるときならばいざ知らず、それが破損し満足にスキルが使えない今の状況で毒を受けたらそれこそ死んでしまう。
先ほどの毒を受けたときの恐怖がぶり返してきたのか、ディアンは奥歯をがちがちと鳴らしながら、自らの体の震えすら隠そうとしなかった。
「た、助けて――――」
「……剣を手放して。ディアンには負けとリスタルとの婚約破棄を宣言してもらう。いいね」
「わ、分かった……」
ディアンは剣を手放し力なくうなだれた。
カランと床に敗北の音が響く。
勝敗は決したのだ、と。
「いやぁ、すさまじい戦いでしたな」
壇上の講壇からひょっこりと神父が顔を出してきた。
(見ないと思ったらそんなところに隠れて居ていたのか)
「ふむふむ、なるほど、このような結末にぃ、ねぇ」
さらさらと神父から砂のこぼれてくる音がする
僕とリスタルは訝し気に彼を見た。
彼の顔からは砂となった皮膚がさらさらと零れ落ちていく。
「っ!!」
それは外皮がはがれ中身の骨が露出したようでもあった。
忘れはしない、その白い肌、赤い瞳……。
「ラズワード……!」
「あははは、なかなか楽しかったよぉおにぃさん。それじゃぁね」
いつの間にかラズワードの手には赤い刀身とその柄が握られていた。
「お礼に一つ、教えてあげよぅ」
こちらに飛びかかってくるラズワードに対し、思わず僕は飛びのいた。
だが、彼女の狙いは僕ではなった。
「ぐわああああああああ!!」
ラズワードはディアンの胸に赤い剣を突き立てた。
絶叫と噴き出す鮮血が教会を支配する。
僕は彼女を警戒し、目を離すことができないでいた。
ディアンから噴き出す血をぬぐうことなく頭だけを傾けてラズワードは僕を見つめてきた。
「ところでどうして伝説の剣はスキルを持っているか。おにぃさん知ってるかい?」
「……」
あまりの光景に考えがまとまらない。
どうして伝説の剣にスキルが付いているのか。
それがなんだというのか
「あんまりぃ考えたことないかなぁ。じゃあ見せてあげるよぉ、融合……!」
「や、やめ、から……だ……が………」
英雄級の剣がまるで意思を持ったかのようにディアンに潜り込もうとしていく。
ばちりと電気が走り、モンスタースキル【ゴーレム】を使ったときのように床下から砂が徐々にディアンに集まっていく。
「むかぁし、むかしぃ、女神に祝福されスキルを身に宿した人たちがいました」
ラズワードは立ち上がり、まるで演劇のように大げさに腕を広げ周り始めた。
鮮血に染まる壇上が、劇の舞台だとすればそれはあまりに混沌であった。
「しかしあるとき、魔王を殺された腹いせにボクが女神を粉みじんにしてしまいました」
粉みじんにされた女神、確かガネットを破壊したときにもラズワードはそのようなことを言っていた。
なら、こいつの正体はなんだというのか。
――まさか神とでもいうつもりなのだろうか
「そのためぇ、人々からスキルを持つものは徐々に減っていき、人の形をした器だけが生まれるようになりましたぁ」
戯言というには、否定できる材料もなく。
僕は彼女を止めることができない。
「あ……あぁ……」
集まる砂がディアンを飲み込もうとしている。
彼を助けようにも今は下手に動くことができない。
ラズワードの独唱は続く。
「そうしてぇ、彼らは前代の人間はスキルを後世に託し、あわよくば器を乗っ取ろうとぉ、自身を伝説の剣にすることにしましたぁ。と、いうわけでぇ」
そうしてディアンは砂に埋もれ、盛り上がった砂の中から一人の男が立ち上がってきた。
千の魔物を撃退できるだろう強靭な肉体、魔王にも立ち向かうだろう勇ましい顔立ち。
その人物はディアンの面影などなく、それはまさに叙事詩にて語られる英雄の姿であった。
「じゃぁーん、英雄モルガナでぇす。わー、ぱちぱち」
ディアンだったものを見て、ラズワードは満足気にそれに拍手を送った。




