第四十九話 白との邂逅【sideカーネリア】
第四十九話 白との邂逅【sideカーネリア】
カーネリアはニキスの街を散策しメシのタネを集めていた。
商人である彼女のメシのタネとはすなわち情報。
どの商品がどこの街よりも安く、ニキスの街では何の品物の質が良いのか町を歩きながらくまなく目を通す、必要ならば話もするし、金も出す。
知識こそが商人の武器であると彼女は自覚していた。
彼女は街を隈なく巡り、商人として何を買い、何を売るべきか、見定めていく。
その指標となるべきは移ろいゆく街の流行や伝統。
街に来たのならば時間をかけてでもまずそれらに目を通すべきだ。
それは彼女のポリシーであり、癖でもあった。
その癖がゆえに出会ったのがカーネリアが商品としている白銀の剣。
ただの鉄の剣と比べ格段に軽く、強度も同じかそれ以上の逸品だ。
カーネリアは、その存在があり方がとても気に入っていた。
王国の武器の市場は伝説の剣という存在で満たされていた。
手にすれば誰でもスキルが使える魔法の剣。
強い伝説の剣を手に入れれば、誰でもその剣の逸話のように強くなれるそんなインチキじみた武器。
職人たちは誰もその剣を超えようとはしなかった。
予備として鉄でできたナイフや剣を欲する冒険者はいるが、それ以上はいなかったからだ。
ふざけた話である。
停滞する市場は腐り発展は望めない。売れない商品を扱う商人なんていないからだ。
カーネリアもはじめのうちはそう思っていた。
だがその剣に出会ってしまった。
その剣を作った職人は10年がかりで王国各地から砂鉄や鉱石を集め、溶かし、混ぜ、研究を続けたという。
『鉄を鍛えるのと同じように、俺たちの技も不要を排し、洗練されている。
この剣はその証明。俺たちの積み重ねた技術が過去のやつらに負けるわけない』
そんなの無駄な努力だと、カーネリアには否定することはできなかった。
その職人の手から生まれた白銀の剣は、一線を凌駕する切れ味と軽さ、剣には聡くない彼女でも価値を理解できるほどに洗練されていた。
直感として、カーネリアは白銀の剣を山ほど買い付けた。
商人的に考えれば拡大する様子がない市場に殴り込むなんて馬鹿げていると周囲は止めたが、彼女は止まらなかった。
馬鹿げているからこそ、カーネリアは気に入ってしまったのだ。
幼いころから自身にそなわっていた力、先見の炎と名付けたその力は近しい未来を予見する能力であった。
その身に宿した炎が大きいほど、何かを成したときに大成し、至らぬ場合に大敗する。
彼女が見た成功者の中には馬鹿げたことをするものも何人かいた。
カーネリアはこの馬鹿げた剣を売ろうと決心にさせたのは、そういったものを見ていたからなのだろう。
(あたしは商人に向いていないとつくづく思うわ。
まったく―――)
なんだかなんだラルドのことを気に入っていたのは、やはり同じ経緯なのだろう。
唯一無二といってもいい合成魔術に、街から街を歩きわたるのに十分な戦闘力。
それだけあれば、どの町でもそれなりにやっていけるはずだ。
しかしそれをしないで誰も到達していないダモンドへたどり着こうとする。
(本当、馬鹿げている)
いつも同行している従者はタイズの街で別行動の後、この街で合流することになっている。
彼の到着を待って街を離れる予定だ。
「さてと、それまでどうしたものかしら」
町はリスタルの婚姻の話で持ち切りになっている。
祝福する声、ディアンの失態を知っており訝しむ声、期待と不満が半々ぐらいの評判だ。
(どこかのお嬢様かなとは思っていたけど、まさかこの街の領主の娘だったなんてね)
どうやら人の話を聞いていると結婚式は三週間後に行われるようだった。
(あいつも頑張っているんだろうなぁ……。案外ディアンを倒すつもりでいたりして)
タイズでのラルドの行動を思い出し、ありえそうだとカーネリアはくすりと笑った。
発破をかけたのは自分だし、それが間違えたとは思っていない。
ただ押したらどこまでも突き進んでいく馬鹿だとはさすがに思わなかった。
(さてと、この街は食料の需要が高め、特に保存食、水、塩、酒。
冒険者が多い街だから武器の需要があるかと思ったけど基本探索メインの連中が多いから自衛ができればいい、と来たかー。
替えの武器の需要はあっても修理でなんとかしようとして買いなおしはあまりなし、と)
さて、どう白銀の剣を売ったものかと、カーネリアは道を歩きながら考えを巡らせていった。
「ねえねぇ、おねぇさん。ちょっと聞いていいかなぁ」
よく通る間延びした声がカーネリアの背にかかった。
カーネリアは一度思考を切り替え、相手の顔を伺った。
「なに? あ……っ!」
振り返ったカーネリアは悲鳴を上げそうになる自分をギリギリでこらえる。
ラルドからもたらされた事前情報がなければ、少しばかり気にかけてる程度の反応だっただろう。
そこにいたのは恐ろしく白い肌、紅い瞳の魔術師風の女性であった。
「どぉしたの?」
「いや、なんでもないわ。それよりもどうしたの、私に何か用?」
ラズワードと知らされていた女性は小首をかしげながらじっとカーネリアを見つめてくる。
どこか値踏みされているような視線に対し、カーネリアは不快感を殺しながらじっと視線を返す。
「英雄級の剣を持つぅ、冒険者に会いに来たんだけどぉ、おねぇさん知らない?」
おそらくディアンのことだろう。
一瞬、情報を引き出すべきかカーネリアは思案した。
(おそらく、ラルドもラズワードが来ていることは知らないはず……けれど――)
しかし天秤にかけるべきはおそらく自分の命と悟り、彼女は頭を振り、考えを切り替える。
命をかけるべきはここではない。
「知らないわ。でも今度領主の娘と結婚する男がとんでもない剣を持っているって噂よ。あっちこっちで聞いたわ」
「ふぅん、なるほどぉ。結婚かぁ、面白いことするなぁ」
「なんでも突然の話で、三週間後この街の北にある教会で式を挙げるのですって」
「そっかぁ、うんぅん、いい話をありがとう、ゼンダイのおねぇさん」
「ぜん、だい……? それってどういう――」
話は終わったとばかり、くるりと機嫌よく踵を返しラズワードは人ごみの中にまぎれていく。
彼女の言葉に引っかかるものを覚えたものの、カーネリアもこれ以上は追うことはできなった。
ドッと背中から汗が噴き出す。
動悸が早まり、命の危機から脱したと安堵が広がる。
さすがにこの状態で詮索を続けようとは到底思えなかった。
(まったく、生きた心地がしなかったわ。すぐにラルドに――いや、一度ちゃんと考えをまとめたほうがいいか)
カーネリアはラズワードがもたらした少ない情報を整理しながら、もう少し街を巡ることにした。
(それにしてもゼンダイってどういう意味かしら?)
彼女が残した言葉がどこか胸につっかえながら――。




